第十一話 先に帰ってて
その後、工場内のいくつかの場所を回って設備の紹介が続いた。関係者の人たちはそれなりの知識があるのだろう。説明を興味深く聞いていたし質問も活発で、彼らにとって有意義な催しなのだと感じた。ただ、僕から見ればどの設備の説明も大差なく、よく分からない状態が続いた。ララに指摘されてからというもの、僕の意識は剛堂さんの説明よりも、何故僕が呼ばれたかを考える方へと傾いていた。
「――では、他にご質問は?」
剛堂さんが関係者の人たちを見回して、他に質問が無いことを確認した。どうやら見学は一通り終わったようだ。
全員揃って生産エリアを抜け、ぞろぞろと元いた部屋へ戻った後、関係者の人たちは剛堂さんに挨拶をしながら退出していった。催しもこれで終わりなのだろうか。結局、最後まで僕が呼ばれた意味は分からなかった。
興味深いものを色々と見ることが出来たのだろう。ルルは満足げな顔で僕とララの所へ戻ってきた。
「面白かったね」
「まあ、お姉ちゃんが良かったならいいけど」
ララは若干不服そうな顔で言った。
「何はともあれ、これで終わりなら宿舎へ戻りましょうか。モモカさんが観光をしたいと言っていましたし、少し街を見て回りながらでもいいですが」
ララがそう言っている背後で、桃花とエリウム先生が話しているのが見えた。その隣では剛堂さんが鐘鳴君に何らかの指示をしているようだった。
帰るにしても二人を置いていくわけにもいかない。話が終わるのを待っていると、桃花がこちらへ歩いてきた。
「ごめん。ちょっと仕事ができちゃって。先にみんな戻っててもらえる?」
僕たちへそれぞれ目配せしながら申し訳なさそうに言う桃花。元々仕事のために呼ばれていたのだし、仕方がない。
「すみません俺もです。ちょっと後片付けをやらなきゃいけなくて」
後ろからやってきた鐘鳴君が言った。鐘鳴君は魔籠技研の正式な従業員だ。仕事があるのも当然のことだろう。
「分かった。二人ともお疲れさま。先に戻ってるよ」
「頑張ってね。ハル君」
二人に挨拶をして僕らがその場を離れようとしたとき、剛堂さんの声がかかった。
「良ければ今川君も彼らの仕事を見学していかないかい? 今後うちに入るかどうかの参考になるかも知れないよ」
僕は立ち止まって考える。
どうせ僕らだけで戻っても出来ることはない。桃花の観光に付き合う約束だが、肝心の当人がいないわけだし、見学していくのも悪くないのではないか。なんなら、手伝えることもあるかもしれない。そう思い、ララへ相談しようと顔を向けると、まるで先回りするかのように剛堂さんが言った。
「ララちゃんがいれば、二人の帰り道は大丈夫だろう。今川君は後で僕が車で送るよ」
「それもそうですね。じゃあ――」
「いえ、ノブヒロさんは私たちと一緒に戻ります。私も工業区に来たのは初めてですから、道中に少々不安があるもので。やはり大人の目がある方が安心できます」
ララが僕の言葉を遮って前に出たので驚いた。
剛堂さんはしばらくララの目を見ていたが、やがて僕の方へ顔を向けて言った。
「だそうだが、どうする?」
「……ララがそう言うなら、僕も戻ろうと思います」
「分かった。仕事の手が空いたら後で街の案内でもしようか。気をつけて戻ってくれ」
剛堂さんはそれだけ言うと、鐘鳴君を伴って部屋を出て行った。その後にエリウム先生と桃花も続いたので、部屋は僕とルルとララとマリンさんだけになった。
静まりかえった部屋で、ララが大きく溜息をついた。
僕はララに小声で尋ねる。
「ララなら二人を案内できたんじゃないか? 僕がいても大差ない気がするけど」
「すみません。あのまま行かせたらよくない気がして。本当なら二人も止めたかったんですが、さすがに理由が見つからず」
「どうかしたの?」
何の事情も知らないであろうマリンさんが尋ねてきた。ララが剛堂さんを危険視しているから引き留められたなんて言うわけにもいかない。今のところララの直感以外にそれらしい気配はないのだから。
「いや、ララも心配性なところがあるんだなと思って」
「イマガワさんがララちゃんを大人に見過ぎなんですよ。大人の目があるほうが安心ってのは間違いじゃないです。だよね?」
「まあ……そうですね」
ララの受け流すように返事で、マリンさんは納得したようだった。
「じゃあ、先に戻ろうか」
とにかく、ここに居ても仕方が無い。僕らは一足早く魔籠技研の宿舎へ戻ることにした。
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