学都に遊びに来ませんか?(六)

 朝。

 ララは全身に慣れない凝りを感じながら起床した。抱き枕状態からはいつの間にか開放されていたようで、桃花はララと反対側を向いたまま眠っている。

 普段のララは朝までルルをホールドしたまま眠るので、桃花のほうがマシと言えるかもしれない。


 ララは桃花を起こさないようにそっと寝床を出ると、テキパキと着替えを済ませて身支度を整えた。そうするうちに桃花も遅れて目を覚ましたようで、のそのそと起き上がってきた。


「ふぁぁ……おはよ……」

「おはようございます」


 あくび混じりな挨拶に淡々と返事をしながら、ララは荷物をまとめてゆく。


「あれ、もう帰っちゃうの?」

「列車が午前中ですからね。支度だけ済ませとこうかと。モモカさんこそ授業はいいんですか?」

「今日はお休み」

「そうですか」


 その後、桃花も寝床から出てきて朝食をとった。眠気覚ましのコーヒーを淹れ、買い置きしてあったパンにベーコンを挟んで二人で齧る。寝起きの桃花は饒舌さがどこかへ出かけているようで、とても静かな朝食であった。マグカップから立ち上る湯気の向こうにある顔はまだ眠そうだ。


「そうだ」


 桃花は短く言うと席を立った。しばらく部屋の隅で棚を漁った後、小さな紙袋をララに手渡した。


「これは?」

「ノブヒロさんにお土産。スマホの充電器。手回し式だから、ちょーーーー大変だけどね。無いよりはマシだと思って」

「何だか分かりませんが、言えば伝わりますか?」

「うん。よろしくね」


 その後、街に出た二人は道すがらに土産のお菓子を買いつつ駅へと辿り着いた。ホームは列車の出発を待つ人々で賑わっている。列車では荷物の積み替え作業が行われており、終わり次第出ることになるだろう。

 二人は空いていた待合室の椅子にかけて待つことにした。桃花は列車が出るまで付き合うつもりらしかった。


「家まではどのくらいかかるの?」

「船と馬車の乗り換え次第ですけど、三日くらいでしょうか」

「うっへえ……。遠出って大変だね」

「ここらみたいに車が走り回ってることもないですからね」


 学都周辺はその他の六大都市と比べても、インフラの発展度合いが頭二つ三つ飛び抜けている。六大都市近郊からも離れている小さな町の様子など、この辺りから出られない桃花には想像もつかないことだろう。


「ちなみになんだけど、ララちゃんは工都って行ったことある?」

「一応ありますけど、突然どうしたんですか?」

「いや、今度行くことになるかも知れなくてさ」

「えっ、でも桃花さんは学都を離れられないのでは……」


 工都は王国六大都市の中でも最北に位置する、国内最大の工業集積地だ。学都から遠く離れた降雪地帯であり、当然ながらスターゲイザーの力が及ぶ範囲ではない。


「まだ確定じゃないから詳しいことは言えないんだけどね。ゆくゆくは出歩けるようになるかも知れなくて。その実験的な感じかな」


 その時、ホームの人々に乗車を促す汽笛が響いた。どうやら荷物の積み替え作業が終わったらしい。待合室にいる人たちが続々と荷物を手にして列車へ向かってゆく。話の続きは気になったが、ララも荷物を手に立ち上がる。


「また手紙出すよ」

「はい、待ってますよ。お姉ちゃんも楽しみにしてると思います」

「うん。ルルちゃんとノブヒロさんにもよろしくね。また会おうねって伝えといて」

「ええ。では、また」


 ララは列車に乗り込み、二人は互いに手を振って別れた。また会える機会はあるだろう。次はルルと信弘も一緒に会えたら良いと、ララは思った。


          *


 長旅の末、家に帰り着いたララの前にはすっかり風邪から回復したルルと信弘がいた。


「ララ、おかえり!」

「ただいま」


 桃花から預かっていた土産の充電器を信弘に渡すと、さっそくスマホに繋いで手回しのハンドルを回し始めた。スマホに小さな灯りがつくのを見て感激しきりだったので、良い土産だったのだろう。

 ちょうど夕食の頃合いだったので、食後には土産に持ってきた菓子を全員で頂いた。桃花からよろしく言われたことを伝えると、ルルは行けなかったことを大いに悔やんでいた。


 その夜、いつものように床についたララとルル。ララが長旅をしてきた疲れもあって少しだけ早めの夜だった。


「おやすみ」


 横になって毛布を被ったララの隣で、ルルが驚きと困惑の入り交じった様子で固まっていた。


「ララ、どうかしたの?」

「何が?」

「えっと、いつもみたいに抱きついてこないから、ちょっと驚いちゃっただけ」

「まあ、そういう時もあるよ……」

「ふーん。まあいいや、おやすみ」


 ルルはララの方に背を向けて眠り始める。その背を見ていると、ララの脳裏に桃花の顔と大変寝づらかった夜の記憶がよぎった。そして気づいたときには身体が勝手に動いていた。


「えっ、えっ?」

「やっぱりこの方が落ち着く」


 急に後ろから抱きつかれたルルが二度目の困惑を向けてきたが、ララはお構いなしだ。ルルの背中に顔を押しつけたまま眠ることにした。


「もう……。ララの甘えんぼさん」


 呆れつつも慈愛の込められた声を向けられつつ、ララはやはり抱きつかれるよりも抱きついて寝る方が遙かに落ち着くと自覚しながら眠りにつくのだった。

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