学都に遊びに来ませんか?(三)
辿り着いたのは湖に面した小さな村だ。ララも信弘と訪れたこともある場所である。前回訪れた時はボロボロの建物が見受けられたが、今はそれも修復されていた。そういった余裕が見えるのも、桃花がもたらした守りが行き届いていることの表れに思えた。
車を降りた二人は村で一番大きな家の所へと向かった。
「ごめんくださーい!」
玄関から桃花が元気な声で呼びかける。しばらくすると、近づく足音と共に男性が玄関へ出てきた。
「はい、はい。お待たせしましたね」
男性の名はシルバ。学都との諸々のやりとりを担当している村の代表者だ。信弘と来た時も顔を合わせているし、ララとは馴染みである。壮健なようでララも安心した。彼のような代表者が元気でいることは、村が上手くいっている一つの証拠だ。
「ああ、モモカちゃん。いらっしゃい。それにララちゃんまで! 何だか久しぶりだね。遠いところ、ありがとうね」
「お久しぶりです。最近どうですか?」
「特に異常は無いよ。お陰様でね。モモカちゃんは、あの子の様子も見ていくかい? 今は丁度ここに来てるから」
「はい、是非!」
「案内するよ」
シルバは家を出ると、ララたちを先導してどこかへ歩き始めた。
「どこへ行くんです?」
「この辺を担当してる子のとこだよ。やっぱたまには顔見せておかないとね」
ララが問うと、桃花が答えた。どういうことか分からずついていくと、答えはすぐに分かった。
「なるほど、そういうことですか」
辿り着いた先、村の外れに佇んでいたのは巨大な鳥の魔物だ。仄かに虹色の輝きをまとったその魔物にララは見覚えがあった。
桃花の制御下にあるのだろう、虹の鳥は大人しく翼を畳んで座っている。傍には村の子供が集まって、ふかふかの翼を撫でたり身体をうずめたりして遊んでいた。虹の鳥は落ち着いた様子でそれを眺めている。
「すっかり子供たちの人気者だよ。こうやって村の近くに飛んでくると、いつも子供に群がられているね。仕事の邪魔になっていなければ良いんだけど」
「仕事になったら構わず飛んでくので大丈夫ですよ」
桃花はそう言った後、ララに補足してくれた。
「地域ごとに担当する魔物を割り振っててね、この辺はこの子が担当してるの。危ない魔物を見つけたら戦いに出るんだよ」
「今は休憩中って感じですか」
「まあ、そんなとこ。敵を探すのはもっと小さい鳥の魔物が二十四時間交代制で見張ってるから、学都の周りは常にほとんどカバーできてるね。戦う必要が出た時だけ出動するのがこの子の役目。それ以外の時はどこかで休んでるか、学都に戻って調整とかしてるかな」
ララが思うよりも遙かに早く魔物退治の仕組みは構築されているようだった。むしろ、ララ一人で見回りしていた頃よりも遙かに安全だ。
この調子なら遠からず有害な魔物は狩り尽くされるかも知れないとララは思った。そうなれば学都と周辺地域の関係性も今よりずっと良くなるだろう。
「この子は結構人気あるみたいで良い感じだね。ほら、あのめっちゃでっかい蜘蛛の魔物いたでしょ。あの子が担当してる所じゃ誰も寄ってこないから……」
桃花が両手の指をわしゃわしゃと動かして虫の脚っぽさを表現しながら言った。
「……それは、そうでしょうね」
ララは巨大な眼球と蠢く多脚を持った強敵を思い出す。学都のどんな趣味を持った人間がデザインしたのか分からないが、いくら大人しくて味方だと説明されても近寄りがたいビジュアルだろう。もっとも、魔物はそんなこと気にしないだろうが。
「魔物からすれば粛々と仕事ができていいんじゃないですか?」
「そうかもね。なんか一人でいるの好きそうな感じだし」
しばらくの間、二人で子供たちに群がられている虹の鳥を眺めていると、虹の鳥が頭をもたげてキョロキョロと周囲を見回し始めた。少し前までの気の抜けた雰囲気から一変、その目つきは狩人のものになっていた。
「様子が変わりましたね」
「担当のどこかで魔物が出たっぽいね。仕事の時間かも」
虹の鳥は身体をブルブルと震わせて子供たちを優しく追い払った。細かい配慮が行き届いていてララは感心した。上手に躾けられているのか、それともスターゲイザーの制御なのだろうか。
「折角だから仕事してるところ一緒に見に行こうか」
「いいですよ。どこへ向かうんでしょう。車で追いつけますか?」
「そんなことしなくても、この子に乗ってけば速いでしょ!」
「は?」
桃花はララの手を取って駆けだした。虹の鳥に近寄ると、桃花の意思が伝わっていたかのように身を屈めて二人が乗りやすいようにしてくれた。
「ほらほら乗って!」
「本気で言ってますか……」
桃花の陽気な勢いに押されるまま、虹の鳥に跨がる。柔らかな羽毛がララの軽い体重をうけとめた。幾百もの凶暴な魔物を撃退してきたララでも、凶暴な魔物に騎乗するのは初めての経験だった。
桃花はララの後ろに乗ると、何らかの魔法を発動した。桃花の指先から光の紐が現れ、二人を虹の鳥にしっかりと結わえ付けた。
「それじゃ、出発!」
桃花が号令と共に空を指さす。
虹の鳥が翼を広げるのを、村の子供たちとシルバが笑顔で見上げながら手を振っていた。この落ち着いた対応を見るに、よくあることなのかもしれない。
ふわりと浮き上がる感覚に身を委ねながら、ララは改めて桃花には敵わないなと思い直すのだった。
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