第三話 要注意人物、ルル

 平和な午後。

 今日は魔物退治の仕事もないし、師匠の仕事も今日は午前中で済んでいる。外は寒いし、特に出かける用事も無い。ルルは奥の部屋でさっそく魔籠の改造に取りかかっているが、僕に手伝えることはない。

 僕とララと師匠は暖炉のある居間でお茶を飲みながらゆったりと過ごしていた。用事の無い休日は大体こんな感じだ。日本に居た頃なら、そこかしこから飛び込んでくる情報が頭の空隙を常に埋め尽くして止まなかったが、ここにそんな物はない。言葉の勉強がてら簡単な本を読むことはあるが、その程度だ。


 いつかの日に剛堂さんから受けた忠告を忘れたわけではない。この国は僕が住んでいた日本ほど安全ではなく、いつ命を落とすとも知れない危険に満ちている。

 僕が今無事に生きているのは、いくつかの幸運が重なった結果であることは間違いない。しかし、生活基盤を安定させた今となると、どうにも実感として危険を意識することはなくなってきた。魔物退治という仕事はしているが、この町の周囲で活動している限りは危ない場面はほぼ無くなったと言っていい。ルルが用意してくれた高性能の魔籠とララの戦闘指南、そして恵まれた高い魔力による恩恵はもちろんあるが、一番大きな要因は慣れだろう。

 忠告を頭では理解していても、実感が伴わなければ行動は変わらない。学都や海都の件など、イレギュラー的な危機は何度かあったものの、あんなものは本当に希有な例だし、こちらから危険に首を突っ込んだ部分もある。

 こちらから何かしなければ命を狙われるなんてことは無いはずだ。


 お茶も飲み終えた僕らがうつらうつらし始めた時、戸を叩く音がした。扉に一番近かったララが立ち上がって向かう。

 しばらく応対する声が聞こえた後、戻ってきたララが言った。


「手紙です。二通ありますね」

「師匠の仕事のかな」


 師匠はあまり外に出ないので、各地の魔法学院と手紙でやりとりすることが多い。うちにくる手紙の多くは師匠宛てだ。


「いえ、お姉ちゃん宛ですね。二通とも」


 緊張が走る。ルル宛の手紙で朗報が持ち込まれたことは無い。ララもよく分かっているようで、表情に僅かな懸念が見て取れる。


「どこから?」

「二通とも王宮からです。しかも片方は北星教会と連名ですよ。これは……」


 王宮から? 教会と連名? しかもルルに宛ててとはどういうことだろうか。思うことは僕と同じか、ララの顔は真剣味を増していた。


「とにかく、ルルを呼んでくるよ」


 奥の部屋で作業中だったルルを呼び出し、全員揃って机上の手紙に目を落とす。どちらも印の押された封蝋でキッチリと閉じられている。ララによれば押されている印は王宮の物で間違いないそうだ。


「じゃあ、開けますね……」


 僕らの注目を受けながら、ルルが緊張した面持ちで封を切る。まずは王宮と教会が連名で送ってきた手紙からだ。手紙を広げたルルが内容を読み上げる。


「ルル殿。貴女の多大なる功績を認め、セレスティアルアデプトの称号を授与する……。えっ?」

「えっ?」


 釣られて気の抜けた声が出てしまった。アデプトの授与だって? 僕も手紙を覗き込む。ポラニア後を勉強中の僕でも分かるほどに短く事務的な通知文は、確かに読み上げられたとおりの内容だった。


「アデプトだって。すごいじゃないか、ルル!」

「ええっと……はい」

「ルルの実力がようやく認められたんだな」


 正直、いつかは貰えるものだろうと思っていた。ルルの実力は間違いなく達人級。ただ、誰もその才能を見つけていなかっただけなのだから。これが何を示すアデプトかは知らないが、きっと魔籠に関わることに違いない。


「でも、わたし個人的に魔籠を作ってるだけで、結果を残すようなことは何もしてませんよ……。一体何が認められたんですか?」


 ルルが怪訝な表情で言う。

 言われて考える。ルルの実力も活躍も隣でよく見てきた。しかし、公に活動した実績はというと思い浮かばなかった。一応、その実力を王都で披露したことはあるが、評価される内容の活動だったかというと違うだろう。王宮主催のコンペに魔籠を出した経験もあるが、結局それは採用されなかったのでこれも違う。

 疑問に思い、知識人に尋ねてみようとララと師匠の方を向く。すると、二人とも強ばった顔でルルへと目を向けていた。手紙を開く前よりも緊張感が増しているような気すらする。


「面倒なものを貰いましたね」

「ああ……」

「面倒って、アデプトの称号が?」


 アデプト。魔法の分野において多大な功績を残したと認められるものに授けられる称号だ。うちではララがハンターアデプトという称号を持っており、師匠に至ってはなんと全種類のアデプトを持っているのだと聞かされている。ララは飾りのようなものだと言っていた気がするが、国から公式的に実力者だと認められる栄誉には違いない。何が問題なのだろうか。


「そのセレスティアルアデプトっていうのは少し特殊なんですよ。北星魔法や星座に関する研究について評価された人が貰うものですからね。教会が連名で送ってきたのもそのためです」

「北星魔法? でもルルはそんなこと……」


 ルルも何が何だか分からないという顔をしていた。ただでさえ評価された理由が分からない上に、受け取ったアデプトの内容もルルの行動と全く合致しない。これはどういうことだろうか。


「そもそも北星魔法は教会の秘密です。だから教会外部の人間がこれを貰うことは通常無いんですよ」

「でも現に貰ってるし、師匠も持ってるんですよね?」

「ああ。恐らく、ルルがこれを貰った理由も、ワシのときと同じだろう」


 師匠の言葉にララが頷き、続ける。


「これは脅しみたいなものですね。お前が北星魔法の秘密に触れたことを、教会は知っているぞ。と言うことです」

「ワシも星座の象徴に関する研究でいくつかの大きな発見をしたことがある。そして、結果がまとまった頃に同じものを受け取った。研究結果を世に出す寸前にな」


 思いもよらない授与理由に驚愕する。こんな遠回しな脅迫の仕方ってありなのか。でも、そういう事情ならば今回の件、理由はハッキリしたな。


「海都のあれか……」

「間違いないでしょうね。さすがに目立ちすぎましたか」


 よりにもよって十三星座の神を喚び降ろしてしまった。とはいえ、あの時は本当に他の方法が無かったのだからしょうがない。お上に目を付けられることになったが、背に腹は代えられないだろう。


「でも、師匠も同じもの持ってるわけだし、実害は無いんですよね?」


 今日まで普通に暮らしているし、教会関係者がここを尋ねてくることもない。それに、迫害や処刑があったという昔はともかく、今は教会もそんなことはしないと聞いている。秘密を知ったから何だというのだろう。


「まあな。ただ、北星教に絡むような研究はそれ以後一切やっとらん。取って食われるわけでは無いが、やはり教会を敵に回すと色々と動きづらくなるからな」


 なんだかんだ言っても、国民の心の拠り所。蔑ろには出来ないわけだ。攻撃されなきゃそれでいいというわけにはいかないらしい。


「おじさま。心配しなくても、あんなことはきっともう無いですから、大丈夫ですよ」

「確かに」


 あんなこと何度もあってたまるかという感じだ。そして、ふと思う。この件、関わったのは僕らだけではない。


「これ、鐘鳴君たちのところにも届いてるのかな」

「どうでしょう……。私やノブヒロさんに宛てて来ていないということは、実際にあの魔籠の内容を解き明かしたのが誰かという所まで見抜かれてるのかも知れませんね」

「それは怖いな」


 教会の本気度が伝わってくる。時代が変わったとはいえ、触れてはいけないものはあるようだ。


「嫌なことばっかり言いましたけど、教会が無視できないところまで到達したという点では、ある意味で実力を証明してくれる称号ではありますね。教会関係者以外で持ってる人は少ない方だと思います」


 不安そうな表情のルルを見て、ララが気休めみたいなフォローをしてくれた。でも、確かに自慢にはなるかもしれない。


「授与式の案内も一緒に入ってましたよ」


 ルルが同封の紙を取り出して見せると、師匠がそれを見ながら言う。


「やめておけ。ワシの共同研究者は嬉々として出席したが、教会関係者に取り囲まれて質問攻めにあったそうだ。研究内容を既に誰かに見せているか、他に共同研究者や関係者はいるか、研究内容はこれで全部か、資料はどれだけあって、どこに置いてあるか……。すっかり憔悴して帰ってきおった。出てもろくな事は無いだろう。出ようが出まいが、称号は消えんしな」

「は、はい。やめときます……」

「とにかく、これ以上目立つことしなければ良いんだよね。それなら大丈夫でしょ」


 散々ビビらされたけど、結局はそれだけだ。同じアデプトを貰った師匠もピンピンしているし、北星魔法の研究は元々ルルの領分ではないから不便は無いはず。海都の事件みたいな超々レアケースを引っ張り出してくるのは杞憂だ。

 そして、ようやく一件落着したところで、次の一件。


「手紙、もう一通あるよね」


 僕らは揃ってもう一通の手紙に目を落とす。どうか良いニュースであってくれと心底思う。こんなことが続いたら気力が持たない。

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