第十話 幼い巨人たち
昼の真っ盛り。学生食堂の賑わいは最高潮だ。
食堂内部は三階層吹き抜けの構造になっており、南館の大部分を占めていた。吹き抜け中央を巨大な南国風の植物が貫き、まるで建物に密林を閉じ込めたかのようだ。南は一面ガラス張りで大変に明るく、上階層は大洋を臨む絶景ポイントだ。
混雑の中、ララとルルはなんとか空席を見つけることができた。
マリンがやってきたのは、そのすぐ後。席に着く二人に手を振りながら駆け寄ってきた。
「ごめんね。待たせちゃった?」
「いえ、私たちも今来たところです」
「そっか、よかった。じゃあ、早速何か食べようか。ごちそうするからね」
全員分の料理を受け取って席に戻ると、早速マリンが話を始めた。
「どう? 学院内は見て回れた?」
「はい! とっても楽しかったです!」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。私もこの学院好きだから」
ルルの返事に満足した表情を見せるマリンに、ルルは早速質問を投げかける。
「さっき、マリンさんが戦ってるのを見ました」
「えっ。実習のことかな。なんか恥ずかしいなあ」
「でも、とっても強かったです。あの魔籠は自分で作ったんですか?」
「これ? そうだよ。自信作なの」
マリンは指輪を外してルルの前に出した。
涼やかな水面を思わせる薄青の金属素材で作られており、マリンの小さな手には少々武骨で大きな指輪だ。表面から内側に至るまで繊細な紋様が刻まれ、高度な水の魔法が埋め込まれていることが読み取れた。
「あれだけ戦えるなら、襲われても何とかなりそうに見えましたけど」
ルルが魔籠の観察をする間、ララが会話の空隙を埋めるように話題を出した。しかし、マリンはそれを聞いて顔を曇らせる。
「私も自信あったんだけど……」
マリンは言い辛そうに飲み物で一度口を湿らせてから続けた。
「いざそういう場面になってみたら、もう全然ダメ。怖くて、わけがわからなくなって、足がすくんじゃって動けなかった。実習ならあのくらいは出来るのに、本番ってうまくいかないんだね。他所から来たハル君は戦ってくれたのに、情けないよ」
「そんなものですかね」
「ララちゃんも、そういう場面に巻き込まれたらきっと分かるよ。もちろん、巻き込まれないのが一番だけど」
マリンは腕を組んで目を瞑ると、神妙な面持ちで言った。対するララは少しだけ考えてから、慎ましく答えた。
「……訓示として、ありがたく受け取っておきます」
魔籠を見終えたルルが顔を上げた。
マリンに指輪を返しながら、さらに質問を重ねる。
「とっても面白いです。カネナリさんも水の魔法を使っていましたけど、あれもマリンさんが作ったんですか?」
「うん。基本はこれとほとんど同じだけど、ハル君は物凄い魔力を持ってるから、私のやつよりもっと強い出力が出来るようにしてるんだよ。ルルちゃんは魔籠に興味あるの?」
「はい。なので、魔籠の専攻がある魔法学院に入りたいと思ってるんです」
「それなら、研究室の見学もしてく? 工房も使わせてあげられるかも」
「いいんですか!」
マリンの提案に、ルルは立ち上がって興味を示した。願ってもない申し出である。入学もしていないのに一流学院の工房を使わせてもらえるとは。この機会を逃す手はないだろう。
目を輝かせて身を乗り出すルルに、マリンは若干気圧された様子を見せつつも肯定した。
「うん。大丈夫……だと思う! まあ、私に任せておいてよ。しっかり教えてあげるからね!」
*
案内された工房は非常に充実したものだった。さすがは海都名門学院の研究室である。
学院内の見学で授業向けの工房をいくつか見て回ってきたが、やはり専門の研究室とされる場所は単なる学習スペースとは一線を画す。
高価な素材や道具が所狭しと並び、魔籠の関連書籍も多く積まれている。道具類の配置が少々乱雑な様は、ここが現役で稼働中の工房であることを強く感じさせた。
早々に素材を物色し始めたルルの隣で、ララが念押しするように言う。
「本当に使っていいんですか?」
「大丈夫、大丈夫。この研究室、私と先生の二人だけなんだ。それにしては広すぎるし、道具も何もかも持て余してるの。ほら、ララちゃんもどう?」
「私は、どちらかといえば魔籠を使う側なので」
「そっか。そしたら、外の試験場はどう? 作った魔籠をすぐに試せるように併設されてるんだよ」
そう言ってマリンが外を指し示す。窓辺に近寄ってみれば、研究室から少し離れた位置に広々とした芝地が設けられていた。魔法の標的とするためか、いくらかの木偶が並べられている。
「なるほど」
「ね? ララちゃんもやってみなよ」
ララは思案する。ルルは研究室がお気に召した様子だ。ルルが作る魔籠にも興味はあるが、しばらく自由にさせておくのがいいだろう。
「では、少しだけ」
「よしきた!」
魔籠に夢中なルルを研究室に残し、ララとマリンは試験場へ歩いた。
マリンは軽快な鼻歌を響かせながら、ララを先導する。
「楽しそうですね」
「まあね。さっきも言ったけど、研究室の学生が私だけだから、後輩にいろいろ教える経験ってのが無くてね。実はいま結構嬉しいんだよ」
「後輩というには、私はちょっと年下すぎますけど」
「いいのいいの、気分の問題だから。ちょっと先輩面させてね」
「そうですか。それじゃ、マリン先輩には色々教えてもらわないといけませんね」
「まかせて! ふふっ、先輩だって。ふふふっ」
零れ落ちそうな笑顔のマリンを見て、ララの中には少しばかりのイタズラ心が湧き上がっていた。良き先輩には、デキる後輩が必要だろうから。
ララとマリンは試験場の芝地に立つ。
「魔籠は私のを貸してあげるね。初心者向けの簡単なやつもあるから」
そう言ってポケットを探り始めたマリンを、ララは手で制した。
「いえ、自分のを持っていますので」
「おっ? そうなんだ」
ララは愛用の杖を取り出して、木偶に対峙する。
意識を集中。魔籠に流れ込んだ魔力が光となって、空中に線を描き出す。光の線は恐るべき速度で複雑さを増し、ララの周囲に緻密で奇怪な紋様と魔法陣を完成させていく。
隣でにこにことしていたマリンは、ララの只ならぬ様子を見て徐々にその顔を険しくしていった。その変化に若干の愉しさを感じながら、ララは魔法を発動した。
標的となる木偶の上に、突如として火球が出現した。
マリンの背丈を倍にしたほどの大きさだろうか。ごうごうと不気味な音を立てて周囲の空気を食らい、頬がひりつくような熱波を周囲にまき散らす。
ララの隣で、マリンが茫然としていた。世界の終末に立ち会っているかのような顔を見て、ララはあと一息の仕上げに入る。
より多くの魔力が注ぎ込まれ、火球は急速に輝きと大きさを増した。木偶をあっさりと飲み込み、それどころか地面にまで浸食し、周囲の芝を焼きはじめる。空気は一層震え、高熱の暴風が巻き起こってマリンのスカートを激しくなびかせた。
小規模の太陽が現出したかのような光景に、マリンは火球を仰いだまま膝をついた。ここらが限界だろう。あまり遊ぶのも可哀そうだ。
ララが魔法を終了させると、制御されていた火球は正しく消え失せた。後に残ったのは焼け焦げた芝地と、すり鉢状に抉られた巨大なクレーター。そしていまだ心ここにあらずのマリンだった。
「どうでしたか? マリン先輩」
ララが平然と問いかけると、マリンは今まさに出かけていた魂が戻ってきたかのように肩をびくりと震わせた。
「えっ、あっ、あっ、あっ……」
しばらくワケの分からない呻き声をあげた後、辛うじて答えた。
「私に教えられることはありません……」
腰の抜けたマリンが元気になるまでしばらく待った後、二人は研究室へと戻った。
「ちょっと、ララ!」
「何? お姉ちゃん」
「さっきのララでしょ」
ララは研究室の扉を開けると、即座に詰め寄られた。やはりというべきか、ここからもララの魔法は見えていたようだ。当たり前であるが。
「まあ、ちょっとやりすぎたかも……?」
ルルは一際大きな溜息を吐いて、続ける。
「ララってば、おじさまをいじめるようになってから性格ちょっと変わったよね」
「い、いじめてなんかないけど」
思いもよらぬ非難の言葉に、つい焦ってしまう。確かに日々の鍛錬に付き合ってもらってはいるが、そんなことは考えたことも無かった。
「ララの普通に付き合うと、大体そうなっちゃうんだから。ちょっと加減しなきゃ。おじさまは慣れてるみたいだけど、マリンさんすごいことになってるじゃない」
そう言われて改めて見れば、マリンは少々可哀そうなことになっていた。熱風にもみくちゃにされた髪の毛がハネまわっているし、制服もなんとなくヨレて見える。戦場から帰ってきたかのように蒼白な顔面は、見てきた光景の壮絶さを物語っていた。
「私のことは気にしないでいいよ。あははは……」
マリンはぎこちない笑顔を見せながら、ルルへと歩み寄った。
「ルルちゃんの方も見てあげなきゃね。まずは簡単な魔籠の作り方から教えようかな」
「あっ、マリンさんたちが練習に行ってる間に、一つ作ってみたんです。短い時間でパッと作っただけなので、ちょっと仕上げが甘いかもですけど」
そう言って、一つの腕輪を取り出した。マリンはそれを受け取って眺める。
「マリンさんの魔籠を参考にしてみました。どうですか?」
魔籠を見るマリンの顔が、どんどんこわばってゆく。目を見開いて隅々まで観察し終えたマリンは、ルルの前でいきなりくずおれると、魂を吐き出すようなかすれ声で呟いた。
「私の魔籠の上位互換……」
ララとルルに挟まれ、そして見下ろされながら言う。
「君たち何者……?」
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