第二十三話 祭りの終わりに
町を賑わしていた熱気は静まり、今は厳かな空気だけが一帯を満たしている。
北星祭最後の儀式。
僕らは再び民家の二階を借り、教会前広場の儀式を見下ろしていた。今は大煌なる位の聖職者が祭壇の前に立ち、祈りの言葉を述べているところだ。
ルルはと言うと、大煌の後ろに並べられた椅子に両親共々腰かけて儀式に臨んでいる。汚れていた服はしっかりと着替え終えていた。あんな大事の後なのに、疲れの表情すら見せないのは本当に大したものだ。
「で、どうしてあなたまでいるんですか?」
「いいじゃないか。一緒に見よう」
ララの辛辣な指摘に、フロド王子は動じず答えた。今は僕とララ、そしてフロド王子の三人並んでルルを見守っている。
「こんなことなら最初から一緒に来ればよかったよ」
「それは僕も不思議に思っていました。ルルさんにはあなたが付いてくるものだとばかり」
僕の呟きに、フロド王子が言った。
「僕はついて行こうとしたんだけど、ララが甘やかすなってさ」
「そんなことを……」
「それがお姉ちゃんのためなんです」
「君は本当に変わったね。学院にいたころはルルさんのことなんて一切話さなかったのに。それに、王都での戦いも全然容赦が無かった」
「いや、ララは変わってないよ」
僕が口を挟むと、フロド王子とララが同時にこちらを見る。ちょっと図々しかったかもしれないが、話し始めた以上は言おう。
「あの時は、あれがララにとっての最善の方法だったんだろ? 今とは正反対のことをしてるように見えても、ララの行動は一貫してるよ。ララはルルを両親のところに帰したくないんだ」
僕が戦いを挑んだ時は叩きのめして追い返すつもりだったろうし、今回は旅の手伝いをしないことで帰省を妨害するつもりだった。結局、ルルが一人で飛び出してしまったのでどうにもならなかったわけだが。
「当たり前ですよ。あんな家。戻るべきじゃありません」
「なんだ、そんなことなら簡単な解決策があるじゃないか」
「……なんですかそれは」
「僕のところに嫁げばいい」
僕もララも、瞬間的に硬直する。
すっかり忘れていた。フロド王子の目的はそれだった。
「殺してやりましょうか」
「曲がりなりにも一国の王子に向かって、よくそんな口の利き方ができるね……。しかし、僕はそんなに魅力がないかな?」
「ありません」
ララはきっぱりと言い切ったが、僕はそうは思わない。命を張るほどの誠意を目の前で見せられたのだから。僕の口からそれを言ってやれないのが辛いところだ。
「そんなにハッキリ言われると傷付くな……。でもまあ、安心してくれ。それは既に失敗したからね」
「なっ――」
「に――!」
一体いつの間に。
驚く僕らを横目に、フロド王子は話を続けた。
「さっき、麦畑で襲われたときにね。でも、見事に断られてしまったよ」
そう話すフロド王子の視線は、儀式に列席するルルへと注がれていた。
「……どうやって?」
ララが問うた。僕も少々気になる。
「聞きたいかい? まあ、終わったことだ。話そう――」
*
時は遡り、ダイヤモンドボアを見事に退けたばかりの麦畑にて。
「……フロドさん」
「はい」
嵐のような戦闘が過ぎ去った麦畑で、ルルが真剣な顔でフロドの名を呼ぶ。半ば沈みかけた夕日に照らされたその顔は、普段の愛らしさとは少し異なった不思議な魅力を放っていた。
麦穂の揺れる音だけが響く中、フロドは固唾を呑んで返答を待つ。
「ごめんなさい」
「えっ」
「そのお話、お受けできません。ごめんなさい」
ルルはそう繰り返し、頭を垂れた。
「そ、そっか。そっか。はは……」
少しのショックと、気恥ずかしさをごまかすように、フロドは頭を掻いて自嘲気味に笑った。しかし、ルルはそんなフロドの様子を笑うことなく、真剣な表情のまま待っていた。
「……理由を聞いても?」
落ち着いたフロドが問う。みっともないところは見せてしまったが、最後はきっちりと成すべきことを成したと思っていたし、今日一日を通して、なかなか良い調子だとフロド自身は感じていた。
「実はわたし、今回のお話について全く聞かされないまま呼ばれたんです。わたしが両親とうまくいっていないのはフロドさんも知っていますよね? わたし、急に帰ってこいって言われて、それでも両親と仲直りできるチャンスだと思って、それで帰ってきたんです。フロドさんのことを聞かされたのは、こっちに着いてからで」
「そうだったのか……」
ルルは頷き、続ける。
「それで、フロドさんから結婚の申し出があるから、必ず受けるようにって。受けなければ家からは今度こそ追い出すと、そう言われました」
「何だって!」
フロドは怒りを感じ、声を上げた。自分の名前をそんな風に使われたことに腹が立ったし、なによりもルル自身の意思を蔑ろにする言葉に強い憤りを覚えた。
「それで、わたしはお話を受けようと、そう思いました」
「えっ? じゃあなんで……」
「さっき、フロドさんが命がけで守ってくれたので。あんなに真剣に、わたしのことを大切に思ってくれてる人なのに、そんな理由で受けるのはとっても失礼だと思ったからです」
ルルの目はフロドの目にしっかりと向けられている。
「家に戻りたいというのは、わたしの個人的な事情です。フロドさんの真剣な覚悟とは釣り合わないですし、利用するようなことは絶対にできません。だから、ごめんなさい」
一気に語り終えると、ルルは再び頭を垂れてフロドの返事を待った。
「そっか……。わかったよ。ありがとう」
フロドは一気に肩の力が抜けた気がした。まさか覚悟を見せたから断られてしまうとは。しかし、不思議と悪い気分ではなかった。すべてを出し切った充足感に、思わず笑みがこぼれる。それを見たルルも相好を崩した。
「しっかりした返事を聞けて、僕は嬉しい。そんな理由なら、むしろ誇らしいくらいさ」
「あはは、なんかすみません……」
「さあ、もう日が沈む。一緒に町へ戻ろう。町までしっかり僕が守るから」
「はい」
*
フロド王子の話を聞き終え、僕は思う。
なんてこった、僕が妨害しなければ婚約は成立していたのか……!
見れば、ララも驚いた顔のままこちらを見ていた。茶番だとこき下ろした僕の芝居が劇的に結果を変えていたとなれば、それも当然だろう。あれが無ければララの望まぬ結果になっていたということだ。
「まあ、そんなわけだから、僕はいま満足しているんだ。ルルさんから本心を引き出したんだからね。偽物の返事で婚約しても、きっと幸せな未来はなかった。これでよかったんだよ」
眼下のルルへと注がれるフロド王子の視線が慈愛に満ちたものに思えてくる。やはりフロド王子は本物だ。ただ単にルルを手に入れたかったわけではない。本心からルルの幸せを願ってくれている。
「もちろん、これで諦めたわけじゃないけどね。きっと実力で振り向かせて見せる。ルルさんとはまだ知り合ったばかりなんだ。本番はここからさ」
フロド王子は言い切る。ララですら茶々を入れることはなかった。
広場での儀式が終わったようだ。
大煌が祭壇から退き、列席している者たちも順次退場してゆく。その時、ルルが去り際にこちらへ少し視線を向けた。フロド王子が目立たないように少しだけ手を振った。
「さて、僕は一足先に屋敷へ行くことにするよ。僕への返答を知ったルルさんのご両親が、ルルさんに何を言うか分からないからね。僕がいる限り、酷い真似は絶対にさせない。約束するよ」
その言葉はララへ向けたものだったろうか。
僕らが何か言う前に、フロド王子は颯爽とその場を去った。
「ララ」
「はい」
「やっぱり、あの王子は良いやつだぞ!」
「……」
いいじゃないか、見栄っ張りでも。魔法の才能が無くても。重要なのはそこじゃない。
ララも特に批判を返してこない。ララをここまで黙らせたんだ。これはもう公認に近いだろう。
僕は心の中で願う。
近い将来、フロド王子が本当にルルを振り向かせてくれたらいいな。
儀式を終えた広場に、とびら座の光が降り注ぐ。
星座の魔法が、ルルと王子のことを幸せにしてくれますように。
王子の求婚編 完
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