第二十一話 ララってどんな子?
「ごめん」
アカデミーの医務室。
僕は目の前に立つルルに頭を下げた。
「今度は何があったんですか?」
ベッドの上には、またしても包帯に巻かれたララが横になっている。学都に来てからというもの、ララは毎日医務室の世話になっている。連日血みどろになって医務室に駆け込んでくる少女のことを、ここの人間はどう思っているのだろうか。
「ララと魔物退治に行った」
「それは分かりますけど……」
ルルはそう言うと、小さくため息をついてララのほうへと目を向けた。対するララは枕の上で不貞腐れたように顔を逸らす。
しばしの沈黙。ルルはしばらくララの横顔を見下ろしていたが、一度目を閉じてから、何かを振り切るようにして視線を外した。
「おじさま、行きましょう」
「えっ、あぁ」
ルルがさっさと医務室から出て行ってしまったので、僕も後を追う。部屋の扉を閉める時にベッド上へと目をやったが、ララは僕らから顔を逸らしたままだったので、表情を見ることはできなかった。
僕はルルの背を追いながら言う。
「もっと怒るかと思ったよ」
「……実を言うと、ちょっと怒ってます。でも、わたしもララのこと言えないので」
「どういうこと?」
「わたしのわがままのせいで、ララには長いこと寂しい思いをさせてしまったので、これはそのお返しと思うことにします」
「なるほど」
家の方針に逆らったことか。コネの力によって王立魔法学院に在籍することに納得できず両親に逆らった結果、家を追い出されたルル。ルルは自身の正義を信じてやったことだが、結果的にララはとても寂しい思いをしていたのだと思いを打ち明けてくれた。形は違えど、今のララがやっていることもまた、自身の正義に基づくものという点では同じだろう。
「ちょっとわがままがハード過ぎる感じはあるけど、ルルがそう言うなら」
「でも、さすがに命にかかわるのは心配ですけど」
「問題はそこだよな」
ララがこんなことを続けているのは、ララでなければ対処できない問題だからだ。学都周辺の魔物は強い。しかし、学都はそれを倒さないどころか増やしている。もちろん、リンデン氏の計画を考えるならば不思議ではないのだが。
「学都が今のままだと、ララはずっと戦い続けるつもりなのかな。師匠の家に帰っちゃえば、さすがに毎日来るわけにはいかなくなるだろうけど」
「それはリンデンさんの計画を聞く前の話です。わざと魔物を作ってると聞いた今、ララが納得して帰ってくれるでしょうか」
「どうかな。ララの中でも葛藤はあるんだろう。長い目で見たらリンデンさんの方法は有効だってララも分かってる。でも、そのために誰かが迷惑を被る今の状況は許せないのかもしれない」
「それ、わたしも同じです。ララが戦わなくてもよくなったらいいなって思いますけど、それだとモモカさんが……」
ルルはそう言って、少し顔を伏せる。
そうだ。犠牲になっているのは学都近郊の人々ばかりではない。リンデン氏のシステムは、その中枢たる桃花の自由と引き換えに成り立っている。同じ世界からやってきた者として、桃花がアカデミーで受けている扱いには関心がある。
「リンデンさんはモモカさんを出すつもりが無いって、本人に伝えたほうがいいんでしょうか。わたし、どうしてもモモカさんが気の毒で」
「それを聞いても、桃花ちゃんにはどうしようもない」
「でも、そんなのズルいですよ」
「とは言ってもな……」
そもそも桃花を外に出せない理由ってなんだ? 中央棟の屋上にはすでに設備が用意されているのに、肝心要の桃花がそれに触れないように管理している。
「一度リンデンさんから理由を聞いた方がよさそうだな」
*
午後、僕らは桃花のところへ行った。
ルルはララを連れてこられなかったことを少し残念がっていた。
「ごめんなさい。今日はララも連れてくるって言ったのに」
「いいよ。また今度で。ゆっくり休ませてあげて」
今日も桃花は相変わらずの様子だ。二年以上、この部屋で相変わらず。
桃花は今の自分の状況を、やむを得ないと信じているのだろう。ルルが言ったように、外に出られる準備があるにもかかわらず、故意に閉じ込められていると知ったらどうなるのだろう。やはりリンデン氏に対して反抗するだろうか? しかし、それでリンデン氏が方針を曲げるとも思えない。すると、結局はリンデン氏が言った通り、希望を与えるだけ酷ということになるのか。ただ客として招かれているだけの僕に、桃花を開放する手段はない。そうすると、やはり事実を伝えるのは無責任に思えた。
「ねえ、ララちゃんってどんな子なの?」
「ララはね、魔法がとっても上手で、とっても強くて、でも実はちょっぴり甘えん坊なんですよ」
「それで、寝相が悪いんだよね」
「はい」
桃花は少し笑ってから続けた。
「ルルちゃんの話を聞くと、リンデンさんの話と違ってて面白いな。なんだか思ってたよりも年相応の子っぽくて安心しちゃった」
「どんなふうに聞かされてるんですか?」
「なんか、王立魔法学院最強の魔法使いだとか、戦闘狂で有名だとか、そんなことばっかりだよ」
戦闘狂。僕は今朝の戦いを思い出した。
「そんなことないです! 確かにララは強いですけど、魔物と戦うのはみんなを助けるためなんです。だから、本当は優しいんですよ」
ルルはそこまで一気に言った後、勢いを無くしたように少し声を落とした。
「ララはただ自分にできることで頑張ってるだけなんです。でも、それは周りから少し違って見えるのかもしれません」
「……ねえ、ララちゃんよりも強い人っているの?」
「えっ?」
唐突な質問にルルは呆気にとられたようだ。
「わたしの知ってる中ではいません。あ、でもお師匠さまならどうかな……あとはおじさまとか?」
「僕は負けたじゃないか」
「でも、だいぶ惜しいところまでいきました」
あれは僕の力というよりも、ルルの力なんだけどな。
「もし、ララちゃんよりも強い魔法使いが魔物を倒してくれたら、ララちゃんはとっても楽になると思わない?」
「それは、そうですけど……」
ララより強い魔法使い。果たしてどれだけいるのだろうか? 学都にならばいるのかもしれない。そもそも、魔物を狩れればそれでいいのだから、ララよりも強い必要性はない。しかし、都市の方針として誰も積極的に魔物を狩らないから、ララだけが戦いに出ているというのが実情だ。
「まあ、それができたら苦労しないよね……。ごめんね、変なこと言って」
「いえ……」
*
桃花の元を出た僕らは、一度医務室へ寄ってから宿舎へ帰ることにした。
「おじさまは、ララのことどう思いますか?」
「どうって?」
「戦いが好きな子に見えてるのかなって……」
「さっきの話か」
僕は戦い以外の場面でララをみている。当然、戦闘狂だなんて思っていない。今朝の戦いは少し危なかった気もするが、あれは決して戦いが好きだから暴走したわけではない。
「そんな風には思ってない。きっとそれはララのことを情報でしか知らない人の意見だよ。リンデンさんは僕らのことをよく調べていたみたいだけど、ララの人となりを知ってるわけじゃない」
「そうですよね。そう言ってもらえて安心しました」
僕らが医務室に到着すると、ララはぐっすりと眠っていた。ルルが隣にいないせいか、筒状に丸まった布団に抱きついている。
「おねえちゃ……」
布団に顔を押し付けながら、そんな寝言を呟いていた。
「ほら、これのどこが戦闘狂なんだか」
僕がそう言うと、ルルはくすくすと笑った。
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