第十六話 問い詰める昼食
午後の鐘の後、リンデン氏はすぐに研究室へやってきた。
研究の手伝いは昼休みの後にして、まずは昼食にしようとのことだった。よりによって、リンデン氏が行こうと言ったのは中央棟最上階の学生食堂だ。ほんの数分前に、桃花が行ってみたいと言っていた憧れの学食。それを、行きたくても行けない本人の目の前で堂々と言うものだから冷や汗ものだった。
ルルが気を利かせて、スターゲイザーに取り寄せてもらって、ここでみんなで食べようと提案したのだが、リンデン氏は「ぜひ一番見晴らしの良い学食をお見せしたい」などとのたまうものだから、僕もルルも閉口した。どうしてこの場でそんな台詞を吐けるのか、甚だ疑問だった。
気まずくなって桃花を振り返ったが、彼女は笑顔で「行って感想を聞かせて」と言ってくれた。いい子過ぎる。
そして僕らは桃花一人を残して中央棟学食へと向かった。
*
僕の予想に反して目的の学食は混雑していた。少しくらい遠かろうが見晴らしのいい場所で食べたいという人が多いのかと思ったが、単に中央棟の上層階で講義を受ける学生たちで混んでいるだけのようだ。
その盛況な中央棟学生食堂の中でも、屋上の南端にある席が四つ空いていた。どうやらリンデン氏が確保していたらしい。
席について思う。確かに見晴らしは抜群だ。上にも横にも、視界を邪魔するものが何もない。閉ざされた壁の中とは違う、綺麗な風が吹き抜けていった。
「ララ嬢の席もとっておいたのですが……」
残念ながらララはまだ来ていない。僕らが研究室へ向かったことは宿舎に書置きしてきたし、桃花は僕らがここに来たことを知っているから、追ってくることはできるだろう。
「まあ、私たちだけでいただきましょうか」
僕とルルは同じパスタのような麺を、リンデン氏はパンとスープがセットになった料理を選んだ。対面に座っているのがリンデン氏でなければ美味しくいただけただろう。
「どうですか、学都は」
「まあ、すごいですね」
深く考えず、反射的に言った。自分で言っておいて発言の意図がよくわからない。あえて何がすごいか考えるならば、ララを酷い目に遭わせた学都の闇だろうか。
「そうでしょう、そうでしょう」
リンデン氏は僕の返答に満足したようだった。この程度の話でいいなら適当に流して昼休みを終えよう。その後のことを考えると気が滅入るが、仕方がない。
「……あの、リンデンさんに質問なんですけど」
「ルル嬢、なんですかな?」
「モモカさんが研究室から出られるように出来ないっていうの、本当ですか?」
「ええ。なぜそう思うのです?」
「アカデミーのあちこちで見かける魔籠に仕込まれている同じ魔法。あれって、スターゲイザーとの連携をとるための仕組みなんじゃないですか?」
「……」
「ルル、分かってたの?」
僕は驚いた。ついさっき、研究室の前では分からないと言っていたはずだが。
「さっきスターゲイザーを見ていて気付きました。確証はないですけど、あれはスターゲイザー側が持っている断片と合わせて初めて機能するんじゃないかと」
そういうことか。
「驚きました。まさか現物を見るだけでそこまで読み解けるとは。貴女のような天才が今までよく埋もれていたものだ。……確かに、おっしゃる通りです。アカデミー内のあらゆる魔籠はスターゲイザーと連携しています。より正確には、スターゲイザーの機能を拡張していると言っていい。連携した魔籠はスターゲイザーの一部として、スターゲイザーからのコントロールが可能となります」
「あの魔法は今も正しく機能していました。つまり、研究室の外にあってもそのコントロールは効くということです。それなら、モモカさんの病気を抑えている機能を研究室の外にも配置すれば、出歩けるようになるはずですよね。違いますか?」
ルルの口調が少し詰問めいてきた。珍しく怒っているのだろうか。
「……ええ。可能です」
「どうして嘘をついたんですか?」
「嘘ではありません。技術的な問題とは実は別の理由で、モモカには出歩いてもらっては困るのです。モモカの前で詳細な説明は難しかったので、あのように答えました」
「それなら理由を話して本人の許しを得るべきだと思います。スターゲイザーを動かしているのはモモカさんなんですよ」
「確かに、一理ありますな」
リンデン氏はそう言って顎をさすった。
一理どころじゃないだろう。さすがに僕もだんだんと腹が立ってきた。
「しかし、了解が得られるとは思えませんな。はっきり言ってしまうと、モモカを外に出すつもりはありません。そうなると、余計な希望を持たせる方が酷だと思いませんかね」
「その理由ってなんなんです?」
今度は僕が問うた。人を一人閉じ込めなければならないほどの理由とはなんだ。
「あれをご覧ください」
そう言ってリンデン氏が指さしたのは、屋上の東端であった。そこには学食に似合わぬ祭壇のようなものが置かれている。祭壇の周囲には魔法陣のようなものも描かれている。
「儀式魔法」
ルルが呟いた。
儀式魔法。確か、魔籠が生まれる前は、基本的にすべての魔法はその形だったはずだ。魔籠の形をとらない、正当な魔法の姿。
「はい。モモカが外に出ることで、万一にでもあの魔法とスターゲイザーがつながらないようにしているのです。魔籠の形に短縮せず、儀式魔法のままなのも、不意に連携してしまう事故を避けるためです。少々学食には似合わない設備ですが、ここは学都の中心地であり、また最も高い位置にある。儀式魔法を置く条件としては完璧でしたので」
「あれはなんの魔法なんです?」
「あの魔法は、スターゲイザーの拡張性が有効な範囲を一気に広げるための物です。今はアカデミー内部に収まっているスターゲイザーの能力を、都市全域、ひいては周辺地域全てで使えるようにする。ありとあらゆる魔籠を連携し、都市のインフラすべてをスターゲイザーが集中制御する。これにより、理想的で効率的な都市が出来上がるのです」
「では、なぜ魔物まで連携しているのですか?」
背後からの声に驚いて振り返る。
「おや、ララ嬢。お待ちしていましたよ」
ララは僕らの席に近寄ったが、椅子には座らずに話をつづけた。
「この魔籠」
ララが取り出したのは湖の魔物から回収してきた魔籠だった。石板の形をしたそれを乱暴に机上へ置き、リンデン氏のスープが揺れて少しこぼれた。
「魔物の研究を行っている学科の学生に聞いてきました。彼らは魔籠を使って戦闘能力の高い魔物を作り出すというふざけた実験を行っていたそうですが、ある時期から、魔籠に特定の魔法を組み込むように指示を受けるようになったと言っていました。それがスターゲイザーとの連携機能ですね?」
「……」
「答えてください。それとも、魔物も都市のインフラなどと抜かしますか?」
ただならぬ様子を感じ取ったのか、僕らの周囲で食事をしていた学生たちの何人かが、こちらを見ていた。席の間隔が少し開いているので詳しい会話の内容までは聞こえていないと思うが、剣呑な雰囲気は伝わっているだろう。
リンデン氏はふぅと一つ息を吐くと、静かに答えた。
「魔物が魔籠に完全に馴染むと、その次世代の子は生まれながらに魔籠を持つようになる。この現象はご存知ですかな?」
昨日、ルルが教えてくれたことだ。僕の良く知るエメラルドグリズリーなどの魔物は魔籠に完全に馴染んでいるため、生まれたときから魔籠を持っているのだと。
「はい」
僕が答えると、リンデン氏は頷いて続けた。
「では予想がつくでしょう」
スターゲイザーとの連携機能を持った魔籠で魔物を作り出す。その魔物が魔籠に馴染んでゆけばどうなるか。
「これから生まれてくる魔物をスターゲイザーの支配下に置く……?」
「その通りです。そのための準備を行っています」
「あなたは、魔物の軍団でも作るつもりですか?」
ララが強く問い詰める。本当にそんなことが可能なら、それは恐ろしいことだ。魔物がそこらじゅうを跋扈するこの世界で、魔物を支配する。それは人間すべてにとっての敵であったものを、味方として独占してしまうこと。もはや誰も学都に逆らうことはできない。まして、より戦闘能力の高い魔物などというものを作る研究までしているというのだから、いよいよ手に負えない。
「人聞きの悪いことを言わないでいただきたい。魔物を制御できるということは、魔物と戦う必要もなくなるということ。昨日のララ嬢のような危険を冒さなくてよくなります」
ララが昨日何をしていたかも知っているようだ。こいつらの実験の後始末に付き合わされたというのに、悪びれる様子もない。
リンデン氏はナプキンを手に取り、机上にこぼれたスープを丁寧にふき取りながら続ける。
「貴女は考え方が古い。進歩が無い。最年少のハンターアデプトなどと持て囃されるのは結構なことですが、それ自体をおかしいと言う者がなぜいない?」
ララは答えない。ただ挑むような視線だけはリンデン氏から外さずに立つ。
スープを拭き終えたリンデン氏は、ようやくララへと目を合わせた。
「貴女のような子どもが最前線で戦っていることこそが、旧来の方法に余裕がなくなっていることの証左です。貴女に特別な戦いの才能があるから任せられていたのだと思いますか? 違う。才能さえあれば子どもだろうと最前線へ送らなければならないほど人材に困窮している。これが真実です」
リンデン氏の言うことには理があるように思えた。いかに天才と言えど、普通はこの歳の子どもに強力な魔物退治の仕事など回ってこないだろう。才能が劣ろうが、本来ならば正規の部門が対処すべきことだ。
ララは、回ってきた仕事をこなしているうちに、いつのまにかハンターアデプトの称号を貰っていたと言っていた。ララでなければ対処できない仕事がそれだけあったということだ。
「それでも今のまま魔物を狩り続けるおつもりかな? 近い将来、それがいつかは分かりませんが、そのまま滅ぶのがお望みであればそれもよろしい。我々はそのようなことは御免ですので、今のうちから手を打っているのです。実験の邪魔をして、我々まで道連れにするのはご勘弁願う」
リンデン氏はナプキンで口元を拭くと、話は終わったとばかりに立ち上がる。
「ノブヒロさん、研究室で待っていますよ」
それだけ言い残すと、リンデン氏は階下へと去っていった。
ララはリンデン氏が去った後も、その椅子から目を離さずに立ち尽くしていた。その表情からは何もわからない。しかし両手は固く握りしめられているようだった。
「ララ……?」
ルルが恐る恐る声をかける。
「正しい」
「え?」
「正しいの。あの人が言ってること」
絞り出すような声だった。
口に出したことで実感が増したのか、その表情も崩れ、悔しさのようなものが滲み出ているのが分かった。ララがずっとやってきたことだ。一番わかっているのはララなのだろう。
「でも、私にできることは……」
いつしか周囲の学生たちはほとんどいなくなっていた。
かける言葉もないまま時間が過ぎ、やがて昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
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