第五話 学都防衛

 僕らはリンデン氏に連れられるまま壁の内部に入った。水都にあったものと同じようなエレベーターに乗り、上を目指す。


「警報発令中は屋上へ出られない規則ですので、その一つ手前の展望階層までになります」


 警報発令中に、魔物がいる側のエレベーターに乗ることができるのは規則が緩い気もするが、黙っていることにする。

 辿りついたのはかなりの上層階だった。壁の外側に向けてガラス窓が設けられており、緑豊かな平原が大パノラマで見渡せた。


「あれを見てください」


 リンデン氏が指さす先に魔物はいた。ムカデのような姿で、巨体をくねらせて歩きまわっている。特に暴れている様子もなく、街を襲いに来たというよりは、ただ近くを通りかかっただけのようだ。


「線路のすぐそばですよ」


 ルルが不安そうに言う。

 確かに魔物のすぐそばを線路が通っている。僕らの列車が襲撃されなくてよかった。

 線路と比較すると魔物の巨大さが際立つ。列車とほぼ同等ではないだろうか。


「ええ、それで警報が出たのでしょう。何もない地点であれば、魔物は無視されますから。わざわざ駆除などは行いません」

「えっ、駆除しないんですか?」


 僕は驚いた。都市の真横に魔物が来ていたら、いくら何でも倒すだろうと思っていた。


「実害がないならしません。たいていの魔物にこの壁は破れませんし、駆除に出るだけ物資と労力の無駄というものです。線路や街道の維持は国王から課せられた都市の義務ですので、最低限度に絞って行われていますよ」


 当然のように説明するリンデン氏。

 確かにこれだけ強固な壁があれば逐一駆除する必要もないだろうけど、ララから教わったことを考えると少し複雑な思いもある。これらの魔物は元をたどると都市が生み出していると思われるからだ。


 周囲の様子を見て気づいたが、僕ら以外にも展望窓から魔物を見下ろしている人々が見受けられた。魔物を指してはしゃぐ子供たちもいる。魔物駆除もエンターテイメント化しているのだろうか。

 ちらとララの様子を見ると、不機嫌そうに大ムカデを見下ろしていた。ララが学都を嫌いだという理由が少しずつ分かってきたような気がする。どうも発展に伴う代償に対して責任感が無さすぎるのだ。


「ご覧ください。ゴーレムが出てきました」


 壁に沿って歩く大ムカデを挟み込むように多くのゴーレムが現れた。この高さから見ると、獲物に群がるアリのようだ。


「人型じゃないんだ」

「人型である必要性が無いですからね」


 ルルのつぶやきにリンデン氏が律義に返す。

 確かに。人と同じ作業をさせるわけでもないなら、そのほうが効率的だろう。今、大ムカデに群がっているのは車輪のついた大砲のような物だった。

 大砲ゴーレムから一斉に光弾の魔法が発射される。突然攻撃を食らった大ムカデは体を振り回して大砲ゴーレムを攻撃し始めた。襲い来る群れを強靭な顎で引き裂き、巨体で押し潰す。さらに、これはあの魔物の魔法だろう、全身から炎を吹き出し、周囲に取りついていた大砲ゴーレムをまとめて焼き尽くした。

 個体としては大ムカデのほうが圧倒的に強大だ。だが、破壊された分のゴーレムは次から次へと投入されてくる。多勢に無勢。大ムカデは細い針でじわじわと刺されるように弱っていき、ついに動かなくなった。


「すごい」


 感嘆の声を出したのはルルだった。ルルのこういう顔は前にも見たことがある。魔籠の構想を練ったり製作に没頭しているときがそれだ。


「終わったようですね。ご覧になったように、ゴーレムを使えば危険な作業も安全に遂行可能となります。あの規模ならば、おそらく術者は三人か四人程度。安全な位置から魔力の供給と攻撃を命じ続けるだけで、操作のコツや熟練の技能は必要ありません。攻撃の仕方はゴーレムが自律判断しますからね。加えて、シンプルな構造のゴーレムは安価に大量生産が可能です。もし、魔法使いを直接戦いに出そうとすれば命の危険があるだけでなく、相当な熟練者でなくては、あの魔物の相手は務まらなかったでしょう」


 ゴーレムがあっさり倒してしまったので実感がわきにくいが、今の魔物はかなり強かったはずだ。ただ巨大なだけでなく、炎の魔法まで扱った。ララのように卓越した魔法使いならともかく、僕では逆立ちしても勝てなかっただろう。


「現在、ポラニア王国の多くの街では、強力な魔物への対処を戦闘に長けた一部の魔法使いに頼り切っています。しかし、これはよくない。個人の技能に依存する体制というのは、その個人の離脱で簡単に崩壊しかねませんから。ですよね? ハンターアデプト・ララ嬢。いま王都の防衛はどうなっているか、気になりませんか?」


 突然ララへ話題を振るものだから、僕とルルが驚いてララを見る。しかし、当のララは動じる様子もなく応えた。


「いいえ。強い魔法使いは私一人だけではありませんから。それに、大都市には軍が駐留しています。いざというときは彼らの仕事でしょう」

「そうですか、そうですか。軍がねえ……」


 何がおかしいのか、微かに笑いを浮かべるリンデン氏。お互いの言葉は丁寧なのに、言外の圧がものすごい。間にいる僕は水の中にいるような息苦しさを感じた。


「私からも質問なのですが」


 今度はララのほうから口を開いた。


「なんなりと」

「破壊されたゴーレムや魔物の魔籠は回収しないんですか?」


 少し責めるような目をリンデン氏に向けながらの言葉。質問というよりは、詰問であった。


「基本的にはしませんね。安価な使い捨てのゴーレムを使用していますから。魔物については、学術的に有用な個体であると判断されれば、必要とする機関や団体が自ら回収を申し出ることはありますがね」

「ですが、あれらの魔籠を放置すると、また強力な魔物が生まれるかもしれませんよ?」

「それについても問題ありません。今回同様の処置をとるだけですので」


 何が疑問なんだと言わんばかりの回答だった。ララは何も言わない。最初から答えを知っていて聞いたんじゃないだろうか。


「さあ、見学も済みましたし、アカデミーへ参りましょう」


 窓に背を向けて歩き始めるリンデン氏。周りで戦闘を見学していた人々もぞろぞろとエレベーターに向かっていた。


「おじさま、すごかったですね」

「えっ、ああ……そうだね」


 最後に少し不穏な気配はあったが、ルルにとっては刺激的で楽しい体験だったようだ。ゴーレムについては今まで勉強ができなかったと言っていたし、未知の魔籠のことともなれば、まさに水を得た魚だ。


 確かにすごかったし、安全で効率的な戦いは推奨されるべきなのだろう。だが、技術開発に対する学都の方針の一端を思うと手放しで喜べない部分があった。

 ルルが楽しそうにしているのに、僕がこんな気分になるのは初めてだ。隣のララを見るが、表情は読めない。学都の事情について僕よりも知っているであろう彼女は、今の戦いをどのように見ていたのだろうか。

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