ルル・マジック&ララ・マジック

加藤 航

魔法の双子 編

「えっ、小川君辞めちゃうの?」

「はい。次の仕事決まったんで。今週いっぱいで終わりっす」

「そっか、新しい仕事頑張ってね」


 アルバイト先での休憩中のことだ。同僚の一人が退職の予定を教えてくれた。彼がここに来た時、就職先を探しながら繋ぎでバイトすると言っていたのは僕も聞いている。しかし、人の入れ替わりが激しいこの職場で一年以上も一緒に働いていたものだからすっかり忘れていた。


「ちなみにですけど、今川さんは転職とか考えてないんすか?」

「特に考えてないかな」


 僕が答えると、小川君は声を少し落として言った。


「うーん……。しょーじき、俺この仕事あんま長くないと思うんですよね。なんか、こないだ導入された機械でだいぶ人があぶれてきてるし。まあ、今までずっと人力で荷物の仕分けなんてしてたのもすごいですけど」


 そうかもしれない。僕、今川信弘いまがわのぶひろはとある物流センターの中で配送物の仕分け作業を行ってる。この職場で、少し前に設備の大きな改修があったのだ。元々単調な仕分け作業だっただけに自動化の威力は絶大だった。設備の運用が軌道に乗り始めてからというもの、アルバイトの時間はどんどん減ってきている。


「今川さん、このバイト何年でしたっけ」

「五年だよ」

「このメンバーで一番長いっすよね」

「まあ……」


 僕は休憩室を見渡す。この中で三十を超えているアルバイトは僕だけだ。数か月で人がごっそり入れ替わる職場。常に若いアルバイトが補充される中、僕だけ浮いているのはよくわかっている。ちなみに僕らの指揮をとっているリーダーの社員も僕より十歳以上若い。


「ぼちぼち他の仕事探してみるのもいいと思いますよ」

「そっか。……ちなみに、僕がやるならどんな仕事がいいと思う?」


 僕がそう聞くと、小川君は腕を組んで少し真剣な顔になった。


「俺、今川さんはスゲーいい人だと思ってるんで、あんまこういうこと言いたくないんですけど、なんつーか、今川さんって主体性みたいなものないっすよね」

「主体性?」

「まあ、大丈夫っすよ。どんなとこでもやってみりゃ慣れるもんっす。でも自分で決めたところじゃないと、変な鬱憤みたいなのが溜まって、早く嫌になっちゃうと思いますよ」

「そういうもんなのかな……」

「さ、休憩終わりっすね」


 時計を見て彼が言った。ばらばらと皆が立ちあがって休憩室を出ていく。僕は少し遅れて立ち上がり、最後に部屋を出たところで後ろから話しかけられた。リーダーの社員だった。


「今川さん。ちょっといいですか」

「はい」


 珍しく事務所に入る。リーダーのなんだか話しづらそうな顔を見ていると、嫌な予感が頭をよぎった。


「来月からの仕事のことなんですけどね――」


 結論から言うと、僕は今月いっぱいでくびになった。

 設備の更新で大部分の業務が自動化されたので、従業員を大幅に削減することになったというわけだ。削減された分の従業員を他所の事業所で別業務に回すという話もされたが、そちらは勤務地が今の場所から大きく離れてしまうことから断った。


          *


「どうするかな……」


 終業後、帰り道を歩きながらつぶやいた。

 あの後知ったことだが、若いアルバイトの何人かは社員登用されることになっていたようだ。僕に声がかからなかった理由は、なんとなく察せられる。

 失った時間は長い。何の資格も技能もないのに、これからどうしたらいいんだろう。


「主体性か」


 言われてみれば今のアルバイトだって自分の意志ではじめたわけではない。大学を辞めた後、実家で何年もぐだぐだしていた僕に親が求人誌を突きつけてきただけだ。さらに遡れば大学だって何かやりたいことがあって決めたわけではない。学力的にはこの学校のこの学部が狙いどころという進路担当の教師に教わったところを言われるままに受けた。入学してからも、どんな講義を受けるのか友人に合わせようと聞いて回っていたら「そのくらい自分で決められないのか」と、うんざりされたっけ。結果がこれだ。


 考え事をしているうちに駅に着いたが、帰りの電車が来るまで少し時間がある。僕はなんとなく駅の隣にある古書店へと足を運んだ。

 店先に出されたワゴンに一律百円で文庫本が並んでいる。来月から次の仕事がすぐ決まるかもわからない。仕事がなくなれば娯楽費も削らざるを得ないし、しばらくはこういうので暇をつぶすのもいいかもな。

 一冊買っていこうと僕が本を物色していると、不意に後ろから声がかかった。


「右から三番目の本がいいですよ」

「えっ?」


 振り返る。いつの間に居たのか、僕のすぐ後ろに誰かが立っている。声からは女性だと思われたが、真っ黒な外套を着こみ、さらにフードを深く被って俯いているせいで顔を見ることはできない。

 明らかに異様な姿に気圧されていると、その人物は再び言った。


「右から三番目の本がいいですよ」


 僕はワゴンに向き直り、言われた位置にある本を手に取った。


「あの、これが何か――あれ?」


 本を手に取って振り返ると、その人物はすでに姿を消していた。辺りを見回してみるが、見つけられない。

 僕は手に取った本に目を落とす。表題には『ポラニア旅行記』とある。見ず知らずの男にいきなり勧めるほど面白い本なのだろうか。


「これにしてみるか」


 どうせ暇つぶしの一冊だし、いまの一件で少しは興味がわいた。

 謎の人物のお勧めに従い、僕はその本を購入した。


          *


 帰宅すると、僕は自室で購入した文庫本を読みはじめた。

 『ポラニア旅行記』は空想小説だった。

 ある魔法使いが従者の悪魔と共にポラニアなる地を放浪し、各地で暴れる魔物と戦ったり、トラブルを解決したり、なんやかんやしたりするファンタジーなお話だ。

 しかしこれ、眠くなるほどつまらなかった。なんだかやたら誤字脱字が多いし、挿絵に本編と関係の無い記号やら図形が頻出するし、とにかくワケのわからない読みにくい本だった。惰性で読み終わってしまったが、少しくらい選んで買うべきだったか。結局、あの不思議人物がお勧めしてきた理由もさっぱりわからなかった。からかわれただけかもしれない。


「ちょっと疲れたな……」


 目頭を押さえる。

 手元の暗い中で文字を読んでいたせいか、目が少し疲れたようだ。学生の頃は何時間もぶっ通しでゲームしたってこんなことなかったのに。もう若くないってことか。


「目薬とってこよ」


 立ち上がって部屋を出ようとしたとき、足元に積んであった漫画本に躓いてしまった。


「おわっ!」


 床が迫ってきて、僕は思わず目をつむった。

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