『久しぶり。最近どう?』

としやん

第1話:変化


「ねぇ、明日地球が滅びるって言われたらさ、どうする?」

 隣に座っているさあやがスマホをいじりながら私と私の隣にいるみかに話しかける。察するに、何かしらのネットの診断でも読んでいるんだろう。

「急にどうしたの?」

「いいからいいから、答えて」

 さあやは答えを促す。

「うーん、とりあえず貯金全部崩して、なんかおいしいもの食べるかも」

「私もせめて家族とかと一緒に過ごしたいな」

 私はみかに続けて答える。その答えにさあやの顔からは不満をにじみ出ている。

「なんだよなんだよ、めっちゃ普通じゃん」

「じゃあ、さあやはどうするの」

「私はね~……」

 さあやはもったいぶったように間を作る。

「彼氏とさいっこうのデートをする!」

「いや、あんた彼氏いないじゃん」

 みかのツッコミにより少しの静寂が流れる。地雷を踏みぬいた音がした。

「いや明日作るし」

「これから世界が滅ぶっていうのに、のんきに恋愛始めようーとはならないでしょ」

 的を得たみかの正論にさあやはぐぬぬといった表情を浮かべる。

「もー!診断なんだからさ、別にいいじゃん。そんな真面目に生きてて楽しいんか」

 彼女はドラマティックなものが好きなので、現実主義のみかとはこうやって衝突することが多々ある。私はそれを楽しそうに見つめる。

「二人は仲良しやねー」

「どこがっ!」

 二人の息もぴったりだ。きっと私たちは仲がいい。そんな私たちの日常。


 行きつけの公園に行く途中、私たちはそれぞれのお気に入りのジュースを買う。私はミルクティー、さあやはレモンティー、みかは緑茶だ。

 この公園に私たちは大体毎日集まっている。ここの公園はとても広く、近くではキャッチボールをしている子どもや子連れの家族もいる。そこから少し離れたところにベンチがあり、そこにはさらに机までついているという豪華な仕様となっている。

「いやー、それにしてもさ私たち本当に毎日と言って良いくらいここにいるよな」

 そう最初に口を開いたのは、さあやだった。大雑把だが、正直な性格をしており、思ったことをすぐ口に出すところがある。そのため、結果的に彼女が提案係となることが多い。

 私たちが座っているベンチに野球ボールが飛んでくる。さあやがそのボールを拾い、悪だくみを想い浮かんだ子どものような表情を見せる。

「私がプロ顔負けのストレートを見せてやる」

 そういうと、彼女はいたいけな野球初年に全力投球をかます。その全力投球を少年は表情一つ変えず軽々とキャッチする。ありがとうございます、と言葉を発するその少年の顔は純粋で、まさか目の前の大人が本気でボールを投げたなどとは思ってはいないだろう。てか山なりだし。

「……まぁ、本気で投げるなんて大人気ないからね」

「言い訳が大人気ないよ」

 そう言ってさあやに度々毒を吐いているのがみかだ。さあやとは対照的でどちらかというと大人しい性格をしている。暇な時や話すことがない時は本を読んだりしている。成績は毎回上位に食い込んでいる程の優秀さだ。だが、彼女がこれから進学するかどうかはまだ決まっていないという。

 私たちがグタグタと話をしていると、鳩が数匹私たちにすり寄ってきた。ここの公園の鳩はだいぶ人慣れしていて、私たちが話していると、飛んできては餌をくれとでも言わんばかりの図々しさを発揮する。

「ほんと私たち、この子達ともう半分一緒に住んじゃっているよね」

「それならさ、さあやは鳩ともう付き合っちゃえば?彼氏募集しているんでしょ」

 不意にみかが謎の提案を始める。

「はっ?何言ってんの?私はイケメンと結婚する予定があるから無理だし」

「でも美女と野獣のカップルは存在しても、王子と魔女のカップルなんて聞いたことないよ」

「誰が魔女だ、ぶっとばすぞ」

「ならもう少しそのガサツなところと、メイク頑張りなよ」

 この二人はいつもこんな感じだ。お互いこうやって毒を吐いているが、なんだかんだお互いのことを信じあっているからこそできるものなのだと思う。私はこういう関係よりかはのんびり過ごせたら良いかなって思っているからこういう二人のやりとりを眺めているのが一番楽しい。

「そういえばもうすぐで卒業か」

 不意にさあやがそう呟く。今はもう9月。受験勉強が本格化し、焦燥感が立ち込める時期である。

「みかは進学するの?私たちと違って勉強できるし」

「…まさか! 有名大学に行って、玉の輿にのるつもりか」

 さあやが唐突に名探偵かの如く、みかを指差す。

「そんなさあやみたいなことはしない……でも進学するかどうかまだ迷っているかな。一応やってみたいことがないわけじゃないし」

 その言葉を聞いて私は空を見上げる。 

 私には少し前から気になっていることがある。私たちの関係とはこの三年を区切りにしてもう終わってしまうのだろうか、ということだ。

 私は今のこの三人でこの公園でいることが一種の日常と化している。できればこのままずっと子どものままで、三人でこうやってくだらないような話をして過ごしていたいと思う。

 しかし、そんなことが果たして可能なのだろうか。

『ねぇ私たちの関係ってさ、卒業と同時に終わっちゃうのかな』

 二人がどう思っているのか聞いてみたくなった。でも聞くのが少し怖かった。きっと二人はふざけながらも、否定してくれるだろう。でもその否定の言葉はきっと虚しく聞こえてしまう。子どもの頃の宝物が今ではただのおもちゃにしか見えなくなるように、人の気持ちってどうしても変わってしまうから。

 二人が陽気に話している隣で、私は手元にあるミルクティーを眺める。その不透明で先の見えない淀んだ液体は、私にどこか得体のしれない不安を感じさせた。


 翌日の学校の昼休み、昼食を済ませ、お手洗いに行こうとしていたところ、体育館の裏で何やら男女が二人きりで話し合っているのが見えた。お互いが向かい合って、何かを話している。ここからは男子の顔は見えるが女子の顔はあまり見えない。男子はここからでも分かるほど頬を染めながら、何か言葉を発している。

 私はすぐにピーンときた。告白だ! 告白だ! 私の頭の中はすぐにそんなことでいっぱいになった。校舎裏とか体育館裏で告白する人、ほんとにいたんだ。男の子はよく見ると結構かっこよさそう。スタイルもいいし、体も大きい。こんな男の子に告白されるくらいだから、たぶん女の子の方も可愛いんだろうな、と別世界を眺めているように感じられた。事実、あそこだけ雰囲気はぽわぽわしている。そして私はすぐに隠れる。

 私の頭の中では小さな妖精たちが騒ぎたてて宴でも始まったようにはしゃいでいる。私はその告白の成り行きを見つめる。

「あれ? あの女子の後ろ姿……」

 私はいつも長い髪をポニーテールでまとめている。少しなで肩で、昨日公園でも見かけたシルエットだ。

「もしかして……さあや?」

 私の中で何かが転がり落ちるような気がした。私の視線の先では男の子のほうがよしっとガッツポーズをとっている。女の子の表情はここからは見えないが―なんとなくその表情は朱に染まっている。

 私はそこで新たなカップルの誕生を目にし、心の中のざわつきを抑えられずに立ちすくんでいた。


 数日後、私たちはいつも通り公園に三人で向かう。今日も近くの自販機でミルクティーを買い、例の公園のベンチに座ってたわいもない話を繰り広げる。

 するとさあやの携帯から着信音が鳴った。電話の相手を見ると、さあやはそれまでのけだるそうな表情を一変させる。目を輝かせ生き生きしている。それは三年間で一度も見せたことのないような表情だった。

「もしもし。うん大丈夫」

 私たちと話している時よりも声色は高く、テンションも少し高い。声も少しだけうわずっており、緊張しているのがわかる。

「うん、わかった。じゃあ今から行くから待ってて……うん、それじゃ後でね」

 そう言って、さあやは電話を切る。もうそこにはいつもの退屈そうな顔を浮かべた少女はいない。私は目の前の少女になんて声をかけたらいいのか一瞬戸惑った。

「ごめん、私用事があるから。ちょっと行くね」

 彼女は小走りで私たちのもとを去る。普段遅刻をしようが、先生から走れといわれようが走らない彼女が小走りでその用事とやらのために足を懸命に回している。私は今までのさあやと明らかに違う様子に驚きを隠せないと同時に、少しの憤りさえ覚えたような気がした。私の隣でみかは一言だけ呟く。

「男だね」


 それから後日このようにさあやが途中で抜け出すことや、来ないことが増えた。さらには毎日一緒に過ごしていた昼休み時間さえも話す機会が減ってしまった。 

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