第11話 ダークサイド・ヒーロー

「いやあ、君たちほんと凄いね!」


 少女が縁日に来た子供のように可愛げのあるポーズをとる。

 しかし、その仮面の下の顔に笑顔はないだろう。


「まさかここまでとは思わなかったなぁ……今年は豊作だな!」

「何言ってやがる、てめえのお仲間は俺たちがぶっ倒した。思わぬ形だったが、あとはお前だけだ。大人しく逃げるか、さもなくば俺ら二人に潰されろ」

「潰されるのは……どっちかにゃ?」

「なに?……」


 少女の面の補足不気味に曲がった猫の目が輝く。

 能力を使われる……!


「一旦引くぞ、チビリカ! ……っ! 居ない?!」


 後ろを振り返るが、そこにチビリカの姿は無かった。


「お仲間はここだぞ?」

「シ、ルバー……逃げてっ!」

「つ! リリカ!!」


 少女の周りに現れた謎の黒い空間。

 その一つから、上半身だけを覗かせるようにして、チビリカが捕まっていた。


「いつのまに……」

「ごめんね、ちょっと不自由かも知れないけれど!」

「くっ、ああぁ!!」


 一瞬の隙をつかれ、俺もこの黒い何かに吸い込まれた。


 使える金属もない。

 手足も自由に動かせない。


 ここまでか……。




 俺はがっくりと項垂れた。


「みんなー、もう起きて良いぞ!」


 少女が何の気なしと言った様子で声をかけると……


「私は起きてたけどねっ!」

「いててっ、変な態勢だったから体が……」

「う、お腹痛い……」

「ふぁぁ、あれ、私いつ寝てました?」

「ういしょっと! 俺は元気だぜ!!」

「はぁ……まったくみんな無理しすぎなんだよ」


 幹部六人が、全員起き上がった。


「嘘……だろ……」


 俺は絶望する。

 一体何が起こっているんだ。


「何が起こってんだって顔だね、黒鉄くん?」

「なぜ俺の名前を?!」

「それはこういう事さ!」


 少女が猫の面を脱ぐ。

 その素顔は……


「シャル・ウルビダ……?!」

「覚えてくれて嬉しいよ!」


 ヒーロー試験3日めの最終面接で出会った、あのネコミミロリ、シャル・ウルビダが立っていた。

 虹彩が金色に輝き、黒猫を彷彿とさせる耳と尻尾が生えた少女。


「私ブラックローズのリーダー、シャルだよ! 能力は暗黒物質ダークマターを操作することさ! 謎多き物体だけど、ブラックホールの原料とかいう説もあるね。取り敢えず私は空間を自由に操れるって訳だ」

「なんでだよ……なんでお前がここにいる!? 裏切ったのか!! いや、それよりもだ。お前は俺が過去を話した時どんな気持ちで聞いていたんだよ?! さぞ滑稽だったか!! 記憶していると言った、痛ましい事件だと言った! それをしたのは、お前だったのかよ!!」


 俺は発狂寸前まで声を張り上げ捲し立てて聞いた。


「……まあ、一旦落ち着いてくれ。今からゆっくり話していくから」


 少女はそう前置きして言った。


「まず、君の両親を殺し、姉を攫ったのは私たちじゃない」

「なんだと……? でも、たしかにブラックローズのローブを着ていた!」

「それを説明するのはまだ情報が足りない。まず、私たちブラックローズはヒーロー組織の一部なんだ。そして、普段はヒーローがこなせない様な、凶悪犯罪者の無力化や、平和を脅かす重役人の暗殺も手掛けている」

「どういう……事だ?」

「つまりね、私たちは君たちの敵じゃない。今回の襲撃は、襲撃に見せかけてブラックローズに引き込めそうな優秀な人材を探し出す目的があったんだよ。あ、安心してね、ヒーローたちはみんな気絶したフリをしてもらってて、君たちがパーティー会場から出た時に回復系能力者のヒーロー達が、新人ヒーローの看護に当たってるから!」


 シャルは妖艶に微笑み、ドッキリが成功した時のような、子供っぽい振る舞いをした。


「ふ、ははは……つまり、盛大なマッチポンプだったって訳ですか……」

「その通りだよ! みんなには手加減して君たちと戦ってみてって言ったのさ。やっぱり実力を知るには命がけの殴り合いが一番手っ取り早いね」


 この戦いさえも、全て試験だったのか……。

 それに目の敵だった筈のブラックローズは、俺の馬鹿な勘違いだった……。


「じゃあ待てよ、一体俺の両親を殺し、姉を攫った奴らは何者なんだ!」

「済まないが、私達には分からない。ただ、そいつらが私たちのエンブレムがついたローブを着てた理由はひとつ、後ろ盾が欲しかったんだ」

「意味が分からねえよ……」


 投げやりに言うと、シャナは俺の前へと歩み寄り、頬に手をそっと触れた。


「私たちはね、世界で起きるほぼ全ての事件の悪役になっているのさ。その目的は悪人たちを統制しその数を減らしつつ、反乱を防止する。更には国民の不満を一点に受け持つんだ」

「なんでそんな事を……」

「それはね、能力で各個人に強力な力がついたこの時代に、ブラックローズが全国民の『共通の悪役』となる事で、国家の安泰を保つためさ。事実、この企みが上手くいってきみも私たちの事を目の敵にしていたじゃないか」

「じゃあ、おれの仇は別の連中で、そいつらは強大な悪の組織であるブラックローズを後ろ盾に、犯行に及んだという事か……」

「そう、話が早くて助かるよ!」


 シャナは俺の頬から手を離すと、能力を解除した。

 俺とチビリカの体に自由が戻ると、シャルは少し下がりブラックローズの幹部と並ぶ。


「そして、私たち最大の目的は現在目下で進んでいる世界大戦を封じることさ!」

「……!? 世界大戦、だと!?」

「そう。今、国家間の間での対立や能力に関する研究、また能力者自体が少しずつ国の間に溝を作っている。それはいつか地割れを起こし、戦争に発展するかもしれない。そんな、善人の皮を被った開戦を望む悪人の野望を、悪人の皮を被った善人である我々ブラックローズが打ち砕く。全ては、平和のために。この世界で嫌われるのは、私達だけでいい。けど、いかんせん人手が足りない。だから君たちにオファーをしたいのさ!」


 目に確かな覚悟を持って。

 その6人の小さな背中には、あまりに大きすぎる責任と悪の名を背負って。

 それでも美しく、誇り高くある姿をしている。


「リリカ・ファーアイル、神皇黒鉄。君たちの力が我々には必要だ。これから常に嫌われて生きていかなくてはいかない。国民から慕われるヒーローに、英雄には決して成れない。それでも、我々に力を貸してくれると言うなら、協力して欲しい」


 俺とチビリカは立ち上がる。

 真っ直ぐ前を見据え、ボロボロになっても前を向いた。


「仕方ねぇな、こんな逝かれた試験までやらされて、今更協力しねえなんて言えねえよ。だが俺が協力するのはあくまで、両親を殺した犯人探しがヒーローよりもやりやすそうだからだ。別に嫌われようが何だろうが、仇を打って姉さんを助けられれば俺はそれで良い」

「私も協力させて貰うわ、黒鉄一人じゃ心配だもの」

「お前は俺の保護者か!」

「あら、私はあなたをペットだと思ってたけど?」

「扱い酷いな!」

「ふふっ、君たちは本当に仲がいいね! 我々は君たち二人を感激するよ! それと、最後にひとつだけ」

「ん? なんだ」

「世間じゃ私たちの事は『ブラックローズ』で通っている。けど、私たちは真の意味で影の主人公になりたいと日々願っている訳さ。だから、私たちは、自分達のことを『ダークサイド・ヒーロー』と呼んでいる。ヒーローの中じゃこれで通ってるから、君たちも今日からそう名乗ると良い。これからよろしく頼む」

「ああ、分かったよ。シャル」

「こちらこそ、よろしくお願いするわ」


 こうして俺とチビリカは「ダークサイド・ヒーロー」となった。

 世界の闇を叩く影の主人公。

 それは俺にとって、とてもお似合いな肩書きなのかも知れない。

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