「All My Dream」

なぁ、ローナ。

このビルの屋上に行ってみないか?

見せたいもんがあるんだ。


昔、ようやくこのNYに戻って、

待っていてくれたはず彼女マリアの姿もなく

人も街も様変わりしていったのを肌で感じた。

なんだかやるせなくて、悔しくて、腹立たしくて、悲しくて…

ビール1本持って、ただこの場所にいた。

何をするのでもなく、ただ街を眺めてた。


もう、何も考えたくなくて…

すべてがどうでもよくなってた。

彼女マリアを憎めば いくらか気持ちが楽になったんだろうけど

できなかった

自分のわがままで3年もこの街を離れてたんだし

いくら不可抗力で帰れなかったとはいえ

そのあいだずっと俺の帰りを待っててくれなんて

言えないし 

思えない

幼なじみなわけだし、彼女の想いもわかるんだ

長い付き合いだし…な。

普通に考えたって、無理な話さ

生きてるか死んでるかもわからない状態じゃな

毎日気軽にメール送ったりできるような状態でもない

パレスチナあっちのあたりはそれが日常だ

彼女の苦しい想いもわかる

彼女が俺に見切りをつけて

この部屋を出て行ったとしても

それは…仕方がないんだ


彼女は悪くない

でも俺は… 当時の俺は…

彼女もそうだったと思うけど、

自分の気持ちの行き場がなくなっちまったのさ

だから俺は…

ただ、この屋上場所で腐ってた

ドロドロと自分の心の中に鬱積していく想いをどうにかしたかった

堂々巡りしかしない想いをどうにかしたかったんだ


大の字になって このコンクリートの上に仰向けになったまま

日がな一日中 空を眺めていた

昼間は太陽に照らされ

夜には闇に隠され

何をするわけでもなく、ここにいた。

そのまま…

ここでのたれ死んだってよかったんだ。

ここで俺がいなくなっても、

誰か心配したり、

誰かに迷惑もかかんねぇしな。

そんなことを思っていたっけ…。

中東戦場では、ただ死なないために戦ってきたはずの命が

こんなにもここで重荷になるなんて、想像もしてなかったよ



どのくらいそんな日々を過ごしたんだか

どのくらいこの場所に居続けたんだか

わからなくなるほど

ある日、

大停電の日、

この街から灯が消えたことがあった。

そんなに長い時間じゃねぇが、

この街の灯が車のヘッドライトだけになった日があった

その日

街の灯りに邪魔されることなく夜空が見えた

真の闇は何度も経験があるが

星の明かりに照らされたことは初めてだった

星の明かりがまぶしいと感じたことも初めてだった

恐ろしくなるほどの星の明かりに囲まれ

まるで宇宙空間にぽっかり浮かんで

彷徨っているような妙な感覚だった

平衡感覚まで持っていかれそうになって、

体を起こしたんだ。

思わず

そしたら…

真っ暗ななかに ひとつずつ明かりが戻っていくのが見えた

高層ビルの部屋 ひとつひとつに命が吹き込まれるように

家族が家に帰っていくように 明るくなっていく

真っ暗ななかに 少しずつ光が広がっていくのを見ていた。

・・・・

なぜだろうな

なぜか、

なんだかほっとした。

と、同時にうれしくなってる自分がいた。

自分のことのようにうれしいんだ。

街に明かりが戻っていったのが

初めて…

初めて彼女のことを「忘れよう」とそう思った。

この街が俺の心の中を洗い流してくれたのかとそう思った。


そう言うと、アレックスは胸ポケットに入れていたタバコを一本取り出して火をつけた。

ゆっくり吸い込んでゆっくり吐き出した。

紫煙が夜の闇に消えていった。

その様子を目で追いながら、ローナが意を決したように話し始めた。


私、バカだ

信じてなかった

ずっと…

いなくなってしまう気がしてたの

彼女マリアさんが現れたら

連れて行ってしまう気がしてたの

あなたもそう望んでいると

彼女と一緒に

行き場をなくした想いを埋めるために

きっと…って

過去に戻ってしまうって

私が彼女の立場なら 自分の子供がいたとしても

あなたは特別な存在だって

そう思う


でも、

えへへ…

初めてだね

こんなに自分のこと話してくれたの

嫌われたんだとばかり思ってた

勝手なことばっかりしてたから…


ローナの目から思わず涙がこぼれた。

アレックスは気付いていたが、気づかないふりをしながらタバコを吹かしていた。


そりゃ俺の台詞だ

とうの昔に愛想をつかされたと…

でも、ま、あんたローナにならいいか

この場所を見せたかった

この場所が俺にとっては出発点だったからな

過去と決別する上でも

この街で生きていく上でも…

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