『第五話』
第一章 『第五話』
『——貴方に』
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(…………全然、眠れなかった)
穏やかな陽光が宵の終わりを告げ、目を覚まされた生たちが空を地を、川を舞台に躍り始める朝の刻。
(……都市ルティシアは神獣べモスに襲われて食料不足の危機に瀕していて)
(……既に、死者も出ている)
青年、垂らす黒髪。
岩の上で仰向けになり、ぼんやりとした面持ちで考え込む。
(……けど、人々は生きることを諦めず、外部に支援を求めて、出来ることをやって……それでも駄目ならと……)
(……"神に祈った")
(……そして、その『神』というのが——)
冒頭の、思い返したアデスの発言が示す——"青年"である。
(……突然そんなことを言われたって、俺にどうしろと……? 夢で、出来ることなんて……)
咀嚼しきれぬ事柄に、殆ど呆けて明かした夜。
覚めない悪夢に辟易したままの彼女。
(……例え何かが出来たとして、変えられるものなんて、もう、起きてしまったことはどうしようも————)
陰鬱な心情で迎えるのは、再出発の時。
「——頃合いです。出で立ちましょう」
「……はい」
「……神獣が移動した形跡はありません。我々で問題なく昼頃には都市へと向かえるでしょう」
岩屋の周辺を見回していた気怠げな眼差し。
朝だからという訳ではなく、元よりそうした顔付きのアデスが戻り、出発を促したのだ。
(……今起きていることは本当に、"本当"のことなんだろうか?)
(ルティシアに着けばそれと、俺がこの場所に居る——"呼ばれた理由"もハッキリするらしい、けど……)
「……目覚めたばかりです。溢れんばかりの内部情報に混乱するのも無理はない」
「……」
「着いて見れば自ずと己を理解出来ましょう。貴方が自身の生き方を選ぶのは、その後でも構いません。私の期待も、無理にその身を縛るものではない」
「はい……」
(でも……ここで考え込んでも仕方ない)
(着いたら着いたでそんな場所はなくて、この悪夢も、終わりを迎えるかもしれないし——)
沈んだ様子が表層で見て取れ、アデスの掛ける言葉に対してもどこか上の空で。
けれど、青年は気が乗らないながらも"微かな希望"を力と籠めて、その繋がる足を運ぶ。
「……行きますよ」
「——分かりました。お願いします」
再開する先導を、追うのだ。
『夢の終わり』という——"淡く儚い希望"を求め。
そうして——。
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——数時間後。
「見えてきました。あれが都市——ルティシアです」
先を行くアデスが久しぶりに声を発する。
それは彼女たちが森を抜け、ごつごつとした起伏の多い足場に別れを告げて傾斜の緩やかな草原を登っている時のことであった。
「あれが……」
足取りを早め、少し遅れてアデスの横に立つ青年。
小高い場所から見通す——周りを同じく丘陵に囲まれた緑の大地。
「……都市」
(——"建物"。あそこに、人が……)
これまでの宵闇や葉に覆われた林、森といった薄暗い景色に慣れ始めていた青年が呼吸を忘れる——突如にして開けた世界。
緑広がる世界の中心部——周りを石壁と思しき円形の物体で囲まれた丘が見え、その上に鎮座する何らかの"建築物"。
この世界で初めて目にする"人工物"に思わずひと時の安堵を覚え、胸をなでおろしてしまう。
続く空と大地にも夢と現の境目は未だ見えぬというのに——冷えた青年の無意識は人を求めるのだ。
「後一刻と言った所でしょうか。まもなくです」
「——はい」
そして二つの柱、丘を下り——。
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——数十分後。
「……着い、た」
"着いてしまった"——憂いの到着。
丘を囲っていた物体は今の見上げる圧力——"壁"となって眼前に聳え立つ。
「この口から、都市の出入りが可能です」
石壁に空いた弧を描く口——出入り口の前に立つ二柱。
昼間故か開け放たれた門の周囲に人気はなく、見張りの番がいる様子もなかった。
(まだ、声も気配もないけど……)
人の身長四人分はあろうかという石壁を縦に、次に横方向に眺め、改めて気付く。
(……穴が空いてる)
道中からも見て取れたが壁の損壊部。
抜けが作る"U字の空隙"、その下で転がる無数の破片。
修復の未だ成されぬそれは、都市が神獣べモスの襲撃に遭ったことの名残り——その爪痕であろう。
(……この先、本当に人がいたとして)
(……中の人たちは、大丈夫なんだろうか——)
「……」
「……」
——"それも行って見ないと分からない"。
待ち受ける光景に対して心を構え、青年は足を進めるが——。
「……?」
「……何か」
己の身が先導を追い越したことに疑問を持ち、振り返って尋ねる。
「? 行かないんですか?」
「私自身は、都市に目立つ用がありませんので」
「え……」
「……一緒には行かない?」
「はい。都市へ入るのも私は気乗りしませんので……この辺りで待つことにします」
すたすたと黒影、離れる。
「……用が済み次第、声を掛けて下さい」
アデスは近場の木陰に身を移し、瞑目。
(……彼女にも、何か事情があるんだろうか)
(それなら仕方がない、か。頼りっきりで悪いと思ってたし、ここは勇気を出して一人で——)
「——分かりました。自分の用をなるべく早く済ませて、戻って来ます」
俯く不安げな面持ち——思案する顔のまま上げられて。
「……憂うことがあるのですか」
「それは……はい」
「何かを"知る"こと。若しくは——"知られる"ことが怖いと?」
「……はい。……何か、理解しきれなくて、でもとても怖いことがまた、起こりそうで」
「……」
「……"嫌な予感"がするんです」
"ルティスと呼ばれる女神を祀る都市"へ入るのに躊躇を隠しきれない青年——"ルティスと呼ばれた彼女"。
夢だとしても情けない姿をこれ以上晒すのは気持ちが悪い——という見栄さえ原動力とし、けりを付けるため足早に去ろうと意を決する、その背中。
「……でも、これは自分の
「……怖くても、行ってこようと——」
「ならば、少し待たれよ」
「——!」
去りゆく身を制止した声。
その持ち主、白黒の少女は青年に歩み寄り。
「そして——持って行け」
「これは……」
「確かにその姿、人目に晒せば巻き起こるのは狂乱。そしてそれは私にとっても好む所ではなく。故にこそ——"渡しておきましょう"」
指で切り取る世界。
なぞった線より翻す闇——青年を包んで渡す"黒の蓑"。
「また、服を……」
「……使ってください。その"隠れ蓑"寄り添う限り、闇が貴方の正体——その確信を他者に抱かせることはありません。……後は、自分で出来ますね?」
「は、はい……! 有難うございます」
首元で留める頭巾付きの蓑。
一見すると青年の授かったそれはアデスが身につける物と全く同じに見えるが、目を凝らしてみると後者の夜闇を切り取った黒とは違い、前者の物は青みがかった黒——濃紺色とでも言うべき、深い色合いをしていた。
「……何かあれば戻ってくるか、緊急の場合は私の名前を呼んでください」
「直ぐに、駆けつけますので」
「……!」
そうして、掛けられる力強く頼もしい言葉。
恩人に背を押され、青年は大きく一度頷いて——入り口に向かう。
「……はい。行ってきます……!」
「……」
闇に秘す素顔。
暗闇の加護と、共に。
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