在る夢の中で

蜂谷

在る夢の中で

―――――波が打ち付ける音、粒の感触。

私は砂浜で寝転がっていた。


身体を起こし、辺りを見渡す。

波が打ち付ける浜辺を正面とし、水平線まで広がる海を右手とすると、左手には木々が生い茂る山が砂浜まで迫っており、後ろは正面と同じく浜辺だった。

砂浜と山の間に道路はなく、浜辺には屋台やビーチボール会場もない。

人一人いない世界に、私はいた。


しかし、人がいない寂しさや悲しさを感じることなかった。

私は正面の浜辺を歩き始めた。


歩き始めた最初は、特に風景の変化はなかった。

変わらず右手に海、左手に山。また、正面の浜辺が左向きに、後ろの浜辺が

右向きに道が入っていることから、山を中心に浜辺が存在する、海上の

孤島なのではないか、と考えられる。


しばらく歩いていると、山の方に木々が薄くなっているところを発見した。

初めは道があるのだと思った。気になってその場所に近づいてみると、砂浜から

山の奥にかけて、長い階段が伸びていた。

階段は横幅が広く、10mは余裕で越えている。そして階段は

最早、その上に何があるかも分からないほど続いていた。

私は臆することなく、この奥に行けばいいのかと、

何かに導かれるように階段に足を掛けた。


何段も上ったが、足の疲れは感じなかった。

私は上っている最中、後ろを振り向くことはなかった。

ただひたすら、ゆっくりと上り続けた。


さらに何段か上ると、鳥居らしきものが見えてきた。

それでも変わらない速さで、ゆっくりとそこまで上ってみると、

そこは神社となっていた。

遠くで見えていた鳥居は、近くで見ると朱色がすっかり落ちており、

苔が付着している。すっかりと寂びれていた。

足元をよく見ると、私が上ってきた階段、それに続く石畳の参道も

手入れがされておらず、苔や雑草が石の隙間からにじみ出ている。

参道の先には境内が広がっていたものの、手水舎はなく、拝殿だけが見えた。

視覚からの情報だけでは、どうしても怪しげな風体を想像させられてしまう。

一方で、目を閉じ、それ以外の感覚を研ぎ澄ませて得られた結果は、

望郷すら思うほど居心地の良い安らぎだった。

私はもう一度目を開け、まっすぐと拝殿に向かう。

拝殿には大きな賽銭箱と、鈴、それを鳴らす縄があり、寂れた様子以外には

特に違和感を感じなかった。

私は賽銭箱にお金を投げ込み、二拍手し、何かを願うように手を合わせた。

そして、声を掛けられた。

「待ってたよ。」

振り向くと、少女がそこに立っていた。


改めて思うと、私がどこから賽銭を取り出したのか、

間違ったお参りの仕方をしているとか、兎角気になることは多い。

それでも、やはり思い返してみて、彼女の唐突な登場が私の心を奪ってしまう。


私は彼女と初めて会ったにもかかわらず、まるで昔からの仲であったかのように

穏やかで、愉快な気分になった。

病気はしなかったか、疲れはないか。

再開を喜ぶも良い切り口が思いつかず、お互いの体調を気遣う会話を続ける。

そのうち彼女は、

「じゃあ、行こうか。」

と切り出した。


その瞬間、全てが突然だった。

途端、「エッショイ!ワッショイ!エイショイ!ワッショイ!」と声をあげ太鼓を叩く集団が鳥居の前にやってきたかと思いきや、今度は私と彼女とその集団は、更に鳥居から現れた電車に、ドコドコと、ドコドコと飲み込まれていったのだった!


…気が付けば、私は電車の吊革に掴まり、彼女と話しこんでいた。

電車からは、向日葵畑が見える。その光景は、日差しが彼らを照らしている

おかげか、より一層輝いて見える。

彼女と話していると、私たちが乗っている車両の、隣の車両から

ドコドコと太鼓をたたく音、祭りの音が聞こえてきた。

太鼓をたたく集団も、隣に乗っていたのである。

「エッショイ!ワッショイ!エイショイ!ワッショイ!」と、先と変わらず、声を

あげている様子は、電車内とは思えない、すさまじい喧騒であると思われる。

隣の車両には、その集団とは別に、普通の乗客も乗っていた。

私はてっきり、普通の乗客はさぞ腹を立てていることだろうと顔を見たが、

客の様子は、むしろ祭りに参加している一人のように、同じく盛り上がっていた。

その音は車両間の扉が開かれるたびにこちらに大きく漏れて聞こえたが、

扉の近くで座っていた客もまた、満足そうにそれを聞いていた。

そのおかしな様子を私は眺めていると、

「…ちょっとうるさいね。」

と、彼女は小さく笑った。

「君が連れてきたんじゃないの?」

私は何の根拠もなく、彼女に問いかけた。

「えー、違うよ。」

彼女は笑いながら答えた。

私は、彼女の笑顔と、向日葵の背景と、祭りの喧騒が入り混じったその空間は

混沌としている。その一言に尽きないはずなのに。

私は電車が揺れるたび、この一瞬一瞬に、幸せを感じた。


電車が駅に着き、乗車口が開くと、私と彼女は駅に降りた。

駅から降りた乗客は私たちのみで、彼女と電車を見送った。

太鼓をたたく集団は、まだ電車で盛り上がっている。

乗客の何人かも、その集団に混ざりに行こうと席を移動しており、むしろ

盛り上がりが増しているように見えた。

「エッショイ!!ワッショイ!!エイショイ!!ワッショイ!!」

その音が聞こえなくなるまで、私たちは電車の背中を見送った。


改札を抜け、さっきの祭り騒ぎを口ずさみながら二人で歩いていると、今度は

子犬がたくさんいる家に着いた。

その家は、向日葵畑に囲まれた道路にぽつんと建っている、ログハウスであった。

屋根には垂れ幕が付けられ、「子犬、配っています。」と大きく書かれており、

それに釣られて彼女と立ち寄った次第だ。

柴犬、ゴールデンレトリバー、ヨークシャテリアなど、様々な犬種の子犬が、

彼女に向かってとびかかってきた。彼女はもみくちゃにされていたが、私には

一向に向かってこなかったので、その様子を、私とログハウスの家主である女性と、二人で眺めていた。

「一匹、いかがですか?」と言われたものの、またの機会にしようと彼女と決め、

その場を後にした。


子犬可愛かったね、買うならどうしていこうか、などと取り留めのない会話を

彼女と続けていた。

私たちは、向日葵に囲まれた道路を歩いていた。

段々と、周りの向日葵は少なくなっていった。

それでも、私たちは気にせず、話し続けた。

更に、足元のコンクリートは姿を消え、一面がパンジー畑になっていた。

私たちは道路から、パンジー畑に足を踏み入れた。

日差しはまだ高く、赤、黄色、青、紫といった鮮やかなパンジーがどこまでも

広がっている。

ずっと私の隣で話していた彼女は、一歩、また一歩と前に足を運び、

私の前に立った。

「綺麗だね。」

彼女の言葉に、私もそうだね、と返した。

彼女はゆっくりとこちらに振り返る。

「こっちに来ない?」

彼女は、優しくこちらに微笑んでいた。

私は。


私はその言葉が、何かを示唆していると思った。

そして、それを自分なりにくみ取ったうえで、

「いや、いいや。」

と答えた。

「どうして?」

彼女は更に問いかける。

「もう少し、こっちの世界にいたいんだ。」

私は、今度ははっきりと理由を告げる。

すると彼女は、少し言葉を口に溜め、寂しそうに

「そっか。」

と私に――――――。




そこで私は目を覚ました。

時刻は15時前。1~2時間ほど寝ていたらしい。

身体に猛烈な違和感を覚えた私は、寝ていた体を起こし、洗面台に向かった。

そして鏡を見ると。

…右肩が、大分下の位置にいた。

通常の肩の角度を0°とすると、30~45°程下の位置にあったのである。

どうやら私は、大きく寝違えたらしい。

高校3年生だった私は16時から、友達と塾で自習をする予定であった。

正直、行くのは気が進まなかったが、次の日が生物のテストだったので

取り敢えず向かうことにした。

酷く下がった肩について、友達に触れられることはなかったが、

肩の違和感がものすごく、勉強に集中できなかった私は、

次の日のテストで100点中16点という自己最低得点を叩きだした。

そのテストが母に見つかり、もちろん怒られた。

寝違えたから点数が取れなかった、という情けない言い訳しか思いつけない

自分に嫌悪感を覚えた私は、次のテストで何とか平均程度に持ち直すことが

できた。


あの白昼夢の中で出てきた彼女は何者だったのだろうか。

彼女の雰囲気、表情は概念的には覚えているものの、

彼女が実際にどんな顔で、どんな髪型で、どんな服を着ていたのかさえ、

夢のあとには何も覚えていなかった。


彼女にはあの夢以降、何年も経った今まで、一度も出会えていない。

彼女がどんな存在だったのかなんて、どうでもよかった。

でも、もしもう一度夢で逢えるならば。

今度は買った子犬と一緒に3人で月にでも行っていけたなら。

今度は、せめて金縛り程度にして、だなんて冗談も残せるだろうか。

心残りの残香が、少しだけ私の寂しさを癒していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

在る夢の中で 蜂谷 @berda8964

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ