第20話 秘密の関係


 翌日の学校……今日から通常授業が始まる。そう、今日から本格的に僕の高校生活が始まった。


 僕は席に着くと周りをぐるりと見回したが……やはり入学式の時と同様に皆いつもと変わらな様子だ。


 殆んどのクラスメイトは中等部から見ているので、高等部になって劇的に変化をしている者はいない様に見える。


 まあ、そう見えているだけで、皆人間だ。それぞれの人生があるのだから、日々細かい変化はしているだろう。


 だけど、このクラスの中では、僕達兄妹以上に変化した者は恐らくいない……。


 僕達は、兄妹から義兄妹になった。義という一文字がついただけだが、これは人生がひっくり返る程の大きな変化だ。



 そして、その変化は早速妹を変えた……いや、僕達二人を変え始めていた。



◈ ◈ ◈


 

「あ、あのねお兄ちゃん……私……お兄ちゃんとね……その……手を……繋ぎたい」


「──え、えええ!?」


「駄目?」


「いや、でも……」

 妹と朝一緒に家を出て学校に向かって歩いていると、突然そんな事を言い出した。


 小学生の時はそうやって手を繋いで登下校した事もあったが、今僕達は高校生だ。しかも兄妹……周りからはまだ実の兄妹って見られている中で、手を繋いで登校するってのは……。


 思いの共有をしていた僕達……相手の望む事を優先していた僕達……相手が困ってしまう事なんて今まで殆んど言って来なかった……これも、こんな事を言い出すのも、昨日の事が原因なのだろうか?


 いや、まあ……でも……手を繋ぎたいってのは僕だって、その……したいって思うけど……さ。


「…………えっと……じゃ、じゃあ……そこの角迄……」


「うん……やった」

 僕にそう言われ、少し雲っていた妹の表情がみるみる明るくなる。たかが僕と手を繋げるってだけでこの喜びよう、めっちゃ可愛い……手を繋ぐだけじゃなくてこの場でぎゅうって抱き締めたい……手を繋ぐだけでこんな笑顔が見られるなら、いつまででも繋いでいたい……。


 でも僕達は兄妹……実は兄妹じゃないなんて……そんな事バレたら学校中が大騒ぎになってしまう。


 禁じられた恋……いや、まあつい一昨日まではそうだった。今は禁じられてはいないけど……。


 まだこの辺は人通りが少ない……大丈夫そこの曲がり角迄なら。


 妹は僕の許可を得て、僕の手をそっと握る……ああ……暖かい手……柔らかい手……妹の手……僕の愛する人の……手。


 そう言えば……何年振りだろう……こうやって外で手を繋ぐなんて……。


「ふんふんふんふん、ふんふんふんふん、ふふふふん、ふーーんふんふん~~♪」

 妹は僕と手を繋ぐと嬉しそうに鼻歌を歌う……フフフ……こんな時はその曲か……。


 ベートーベン交響曲第9番、歓喜の歌

 喜びの歌とも言われる、交響曲第9、『ダイク』と言うだけで通じる有名な曲……。


 そう言えば……妹は自分の事よりも、僕に良いことがあると、ピアノでこの曲を弾いてたっけ……昔小さなバイオリンコンクールで僕が賞を貰った時なんて、部屋からずっとずっとこの曲が聞こえて来ていた。


 そんな事を思い出すと、僕は妹の手をギュッと強く握る……すると妹も握り返してくれた。

 

 ああ……もうすぐ曲がり角……でも……。


 角を曲がると妹の手が緩む……でも僕はその繋いでいた手を緩めなかった。


「……お兄ちゃん?」

 妹は不思議そうな顔で僕を見る……でも僕は妹を見ずに進行方向を見ながら言った。

「……もう少し……もう少しだけ」


「…………うん」


 もう少しだけ……出来るだけ……離したくない……誰か知り合いに会うまで……。


 幸い僕も妹も今日から私服、そして二人とも袖の長いセーターを着ていた為、手の甲迄隠れる。なので遠目からは手を繋いでいるかは分かりにくい……筈。


 でも……色んな意味でドキドキする……何か悪い事をしている様な……そんな感覚に陥る……。



「あーー! りっくーーーん」


「あああ、また……はなってばああああ」


「はわっ!」


 その声に僕と妹は慌てて手を離し後ろを振り向くと……遠くから例の凸凹コンビ、ハナカナが僕達に向かって走り寄って来る。


「りっくん、はよ!」

 どこかで見たことのあるキャラクターにそっくりな格好の花村さん。

 小さい身体で可愛らし服、大きなメガネを掛けた赤い髪の花村さんが片手を上げて僕に挨拶をして来た。


「そこは、『んちゃ』、じゃ無いのかーーい」

 その花村さんの行動を見て、金村さんが突っ込む……ボケの花村、突っ込みの金村、中等部からのコンビは高等部でも健在だった……。


「えーー? そうなの?」


「その格好はまさにそれでしょ? 違うの?」


「だって動いてるのは見たこと無いもん」


「動いてるって……アニメって言いなさいよ」


「ふーーん、かなちん何でも知ってるねえ」


「何でもは知らない、アニメの事だけ」


「ふーーん、じゃあ、んちゃ!」


「……いや、まあ……おはよ」

 今のもアニメのセリフだよ……ってか花村さんは金村さんに突っ込めないのか?……そういうルール? あと金村さんはアニオタなのか?


「おはよう……」

 妹も僕に続いて、小さな声で二人に挨拶をする。

 そう言えば誰にでも仲良く、特に女子には絶大な人気を誇る妹で、誰とでも分け隔てなく接している妹だけど……このハナカナコンビとは例外で、二人と仲良く話している所を僕はあまり見た事がなかった……うーーん? 妹は二人が苦手なんだろうか?


「……おはよう……どうしたの? 顔が真っ赤よ……」

 金村さんが僕の影に隠れている妹の顔を覗き見てそう言う……あら、本当に真っ赤だ。

 妹の顔がトマトのように真っ赤になっていた。


 金村さんがそう言うまで僕は全く気が付かなかったが、今、妹は顔どころか耳まで真っ赤になっている。 


「えっと……まだ……寒いから……かな……」

 僕と手を繋いだからか、二人にバレそうになったからか、でもそうは言えない妹は寒いと言って……誤魔化した……。

 

「あれ? そう言えば、りっくんも真っ赤だ」


「えええ?」

 ぼ、僕も? 言われて自分の顔を触る……ヤバい……本当だ……なんか熱い。


「うん真っ赤だ……どうしたの二人とも」


「「べ、別に何でもない!」」


「ほよよ、シンクロ」

「さすが兄妹」


 ハナカナコンビにそう言われ、僕達はなにも言えなくなり黙ってしまった……。


◈ ◈ ◈


 中等部と変わらないクラスメイト達、僕達兄妹を見る皆の目も、視線も、今まで通り何も変わっていない。

 

 でも……僕達はもう兄妹じゃない……兄妹じゃ無いんだ……でも……周りはいまだに僕達を兄妹って、実の兄妹だって……皆、そう思っている。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る