第31話 おっさん、 魔法デバイスに驚く
最近、夏が早い。桜が散ったら春が終わる勢いだ。
まだゴールデンウィークには間があるのに、時に汗ばむほどだ。
ソフィ出演のHAZUMAKIホールディングスのイメージCMのオンエアが始まった。同時に、紙媒体も展開する。駅看板、電車の中吊り、ビルの屋上や壁面に南の島で撮ったスチル写真が躍る。
あの有名な交差点のデジタルサイネージにもCMビデオが流れた。30秒のロングバージョンだ。
これまでは一部の層に留まっていたソフィ人気が、一般層への広がりを見せ始めた。
当初のメディア事業部の予想を超える勢いだった。
ソフィ売出しの
具体的には、写真集とイメージビデオの発売。筈巻アニメにゲスト声優として出演。など。
並行してバラエティ番組等での露出を増やすことに。
はっきり言って、売れっ子タレントだよ! えらいこっちゃ!
まあ、俺も最初から『天下を取れる!』とか思ってたけど、1カ月でここまで来るとは……。
そのうちハリウッドから声がかかるんじゃないか?
なーんてな。ジョウダン、ジョウダン。
……と、思っていた時期もありました。
………。
………。
さ、さて、みなさんも気になっていると思うが、ソフィの生活について話していないことがある。
そう、生理だ。ぼかすとかえって恥ずかしいからはっきり言ったぞ!
実はこの
性と生殖に関しては
生理用品はこれまでソフィが使っていたものより衛生的で快適だそうで、喜んでいた。
ソフィは腹痛等がない軽いタイプだったので、芸能活動に支障はなかった。
俺は結構ショックだったけどね!
女の子になっちまった! って。
え、とうに女の子だろって? そういう意味じゃねーよ!
ちなみに、転移魔法が使えれば、老廃物を自動除去できるらしい。不要な異物扱いになるからだ。ウィルスや細菌と同じだな。
おお、ウンコもおしっこもしないまさに真なるアイドル!
でも、自動除去された
撒き散らしはまずいだろ! せめてトイレを指定しようね!
ここは都会なんだから! 森や戦場じゃないんだから!
季節が変わるので、また服を買いに行ったのだが、これが一騒動だった。
顔が売れたのと、この辺に住んでいるということが広まったのか、サングラスとマスクで変装していてもすぐにソフィだとわかってしまう。
一人が気付くと、わらわらと人だかりが出来る。
往来の邪魔なので、そのたびにビルの
撮影の時は変装を取る。
人の輪で歓声がハモる。
で、一緒に自撮り。ソフィがスマホを借りて撮ってあげると、出来のよさに驚愕する。ソフィだけじゃなくてファンの人もキラキラに写るからね。
え、ファンサービスは大事にしてるよ。
椥辻ソフィーリアはファンに冷たいとか書かれたら、嫌じゃん。
そんなことが何回か起きて、最寄駅に着くまで30分ほどかかったよ。普通なら5分もかからない距離なのに。
電車でも視線が集中する。さすがに揺れる車内でサインを求められたりはしないけど、黙ってムービー撮る人は何人もいる。いつものようにエロいアングル狙いはデータを消す。
こういう人はファンとは認めない。
駅から
ファンサービスを繰り返し、SCに着いたのはまた30分後だった。駅から目と鼻の先なのに!
鶏冠井さんに車で送ってもらえばよかったんだが、俺の
だから、私用では鶏冠井さんを呼ばない。
体、大丈夫なんかなあ。
SCの中でも見つかって騒然となったが、警備員さんが何人も飛んで来て人払いしてくれた。営業妨害だもんね。
と思ったら警備員さんと一緒にフォト撮られたよ。いいのそれ?
そんなこんなで御用達の澤井店長の店に着いた時にはあまり時間が残っていなかった。
でも大丈夫!
こんなこともあろうかと、あらかじめ店長にソフィの好みを電話していくつか服を選んでおいてもらったんだ。
「ようこそいらっしゃいました
澤井店長も慣れてきて、もうどもったりしないし、『まする』も使わなくなった。キャラが薄くなって、なんだかちょっと残念な気がする。
ソフィの私服はほとんどここのだから、タダでブランドを宣伝しているようなものだ。
ブランド名をテレビで喋ってるわけじゃないが、そういうのに目ざとい人がいるんだよね。SNSに情報が上がり、拡散される。
椥辻ソフィーリアの人気と共に、このブランドの業績も急上昇している。
澤井店長もソフィの接客担当ということが会社に認められたそうで、金一封の上、給料も増えたらしい。
お店も改装されてキレイになった。VIPルームもその時作られた。
よかったね、店長。
服を選び、支払いを済ませたら、それを見計らったように電話が鳴った。
鶏冠井さんだ。
あっ、もうこんな時間!
「女神様、いまどちらに?」
「いつものSCだよ」
「ではそちらに車を回します」
よかった。もう路上サイン会はないな。
でも、SCの吹き抜けで鶏冠井さんを待ってる間、多くの客にフォトを撮られた。
警備員さんがにらみを利かせてくれたから、輪は出来なかったけど。
◇◇◇
久々に姉ちゃんちを訪問した。
駅前のスィーツ店で調達したプリンを持参した。
このプリンを買うときも店で一騒動あったんだが、割愛する。まあ、察してくれ。
「
「ふうん。俺は直接ソフィから教えてもらってるけど、覚えたことを文字に書こうとすると失敗する、あれはなんでだ?」
「それは本当は日本語じゃなくて、ソフィのネイティブ言語を理解しているからだ。ソフィは画像になった文字は読めないだろ。あれの逆だ。文字を書くのは画像にするのと同じだからな」
「よくわからんが」
「あんたの
「余計にわからん……」
で、さっきから姉ちゃんがいじってる小さな機械が気になるんだけど。
「ああ、今日の本題はこいつだ。前にニューロン発火が術式に順序を与えてるって説明したろ? で、ニューロンクラスターをレジスタに応用した素子を知り合いの工学博士に造ってもらったんだ」
あいかわらず交流範囲広いな!
「普通のレジスタは並列処理になってるが、こいつはドットマトリクス、つまり2次元に繋いだ構造になってる。フルマトリクスなので、全出力を全入力に返せる演算装置だ」
「うん?」
「わからないか? これに
そう言って姉ちゃんはスイッチを入れた。
瞬時に姉ちゃんの手の上の機械から、小さな魔法陣が広がった。
周囲が明るくなる。
「うわ! 魔法だ! すげっ!」
「だろ。まだ
「凄すぎる。鶏冠井さんが見たら、大喜びだろうな」
今、鶏冠井さんは編集部の仕事をしている。
「鶏冠井にはもう昨夜見せた。感激してくれたよ。ただ、これはまだ未完成だ」
相変わらず鶏冠井さんはワーカホリックだな! でも?
「未完成?」
「出力が低すぎる。
「ああ、こないだ言ってたアンプのことか」
「そうだ。魔法の起動はフリップフロップで解決したが、魔力のコントロールはまた別だ。オーディオに
「増幅の仕組みがわかれば、ソフィの苦手な火魔法や水魔法が普通に使えるようになるって言ってたな」
「ああ、ソフィは時空魔法以外も起動は出来るが、威力が弱すぎて実用性がないんだろ。それは増幅できないからだ。汎用の増幅装置が出来れば、どんな魔法でも実用レベルになるはずだ」
「センセイ! アリガトウ、ゴザイマス! ワタシモ、ナニカ、ミオトシガ、ナイカ、カンガエマス!」
「ああ、頼むよ、ソフィ」
それにしても、姉ちゃんすげえや。
俺は魔法のプリアンプを借りて、しげしげ見た。
試しに、スイッチを入れてみた。
その途端、
「「うわっ!」」
姉ちゃんと俺は悲鳴を上げた。
プリアンプから強烈な光が広がって部屋が真っ白になった。
「おい、止めろ! 醍醐! ソフィ!」
スイッチを切って光は納まったが、目が残像でチカチカする。
「なんだ今の?」
「そうか、それもデジタル機器だから、ソフィと繋がったんだ。ソフィの中にはパワーアンプがあるからな……。でも、おかしい。時空魔法じゃないのに……。まてよ、ということは……」
姉ちゃんに連れられベランダに出た。夕方だからちょっと肌寒い。
「ソフィ、そのデバイスに術式を送り込めるか?」
「ハイ、デキマス」
「魔法障壁で檻を作り、その中にデバイス経由で火魔法を起動出来るか? ごく簡単な奴でいい」
「ハイ、ダイジョウブ、デス」
「やってみてくれ」
返事の代わりに、プリアンプから魔法陣が出た。さっきの
ベランダから10メートルほど離れた空間に、
ガラスの立方体の中で火事が起きたように。
もちろん、ガラスと違って魔法障壁自体は見えないから、四角く燃えているようにしか見えない。
一部は青白く輝いている。かなりの高熱と思われるが、障壁のおかげで熱は伝わらない。
「コレハ……」
(こんな強い炎、今まで出せませんでした)
(これ、魔法障壁なかったら、このあたり一帯焼き尽くす勢いじゃないか!)
「やはりな。ソフィ、もういい。通報されたら困る。まあ、四角い炎なんて誰も信じないだろうけど」
「姉ちゃん、やはりって、どういうこった?」
「ソフィは時空魔法しかパワーアンプに送り込めない。対してこのデバイスは、ソフィが使えるようになった時空魔法を参考にしたものだ。だから、期せずして出力が時空魔法の規格に適合してるんだ。プリアンプに送り込んだ各種の魔法は、時空魔法と同じインターフェースでソフィの中のパワーアンプに戻される。つまり、どの系統の魔法でもこのデバイス経由ならソフィは実用的なパワーが出せるということだ」
「そうか、AVIにHDMIは繋がらないけど、変換コネクタを使えばOKみたいな話だな!」
「……かなり違うが、まあその理解で差し支えない」
「じゃあ、そのデバイスに転移魔法を送って起動すれば、異世界に戻れるんじゃないか?」
「いや、それは無理だ」
姉ちゃんが残念そうに言う。
「なんで?」
「このデバイスは
「ハイ」
プリアンプは、一瞬魔法陣を描きかけたが、焦げたような臭いがして止まった。
「やはりな。回路が焼き切れた」
「え! 壊れちゃったの?」
「ああ。気にするな、試作品はまだある」
「あ、そうなんだ、よかった……」
「さすがにこの規模になると
「歩留まり悪っ! でも、よくそんなもん造ってくれたなあ」
「パイプライン処理を多層化したような新設計だからな。博士喜んでたぞ。量子コンピュータの実用化が見えたって」
「え? その博士って、どこの大学の人?」
「大学じゃない。帝国
「ノーベル賞取ったセンセイじゃないか!」
「ああ、そうだぞ。お孫さんがあたしの小説のファンでな、ちょっといろいろあって、それから親しくしてもらっている」
「ええ、孫がBLカミングアウトしたのかいな……。それにしても
姉ちゃんの交友関係には驚いてばかりだが、小芝博士もBL小説読むんかな?
「まあな。それは最初から予想していた。それに博士もこれが魔術を起動するデバイスだとは知らない。2次元的な広がりを持つ演算回路を思いついたとしか説明してないからな。魔法術式はあたしのPCで読み込ませた」
「でも、そのデバイス、もっと量産出来るようになったら、たくさん繋いだら転移魔法も使えるようになるんじゃないの?」
「そう簡単じゃない。2次元フルマトリックスだから、素子を単に繋いだだけじゃダメだ。一段増えるたびにその2乗で処理が増える。発熱問題やら信号遅延の問題やら、大きな術式を起動するにはまだ技術的な壁がある」
「そうか……」
「でも、軽い術式なら今のように使えるから、一つはソフィが持っていてくれ。今のところソフィ以外じゃまともに使えないしな、そのデバイス」
「ハイ、ミズマホウヤ、カミナリマホウガ、ツカエルト、ナニカト、ベンリデス」
「使いすぎるなよ。ただでさえソフィは目立つんだから」
「ハーイ」
デバイスに名前がないと話がしにくいので、姉ちゃんと相談して『プリセル初号機』と命名した。
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