第18話 姫、コスプレする
翌朝、マスターベッドルームのクイーンベッドで丸まりながら、リモコンで壁の32インチテレビをオンにした。
自動的にレースカーテンが半分閉まり、テレビ側のダウンライトの照度が落ちる。
テレビを見易くするためだが、この部屋は便利すぎて人間を堕落させる。
現に俺はベッドからまだ一歩も出ていない。
まあそれはいいとして。
テレビ
月曜から金曜日まで帯でやってる朝の情報番組『おはチョー』の放送時間がまもなくだ。
昨夜収録した
紹介されるのは7時30分ごろと聞いている。まだ30分以上あるが、一応番組の頭から見ることにした。
CM明け、「おは・ちょー!!!」という番組コールと共に、ソフィの顔がアップになってびっくりした。なんじゃこれ!?
オープニング
「きょうのおはチョー、謎の美女で始まりましたが、さて、その正体は!?」
「彼女については、7時30分からの
「では最初のニュース、日米合同協議の……」
おいおいおい、俺トップニュース扱いだよ。やってくれたな
それからしばらくは、いつもの番組進行だった。そして30分。
またソフィのVが流れる。まあそうだよね。これは予想していた。
「おはチョーメディアマーケット! 今日の最初のトピックスは、オープニングの謎の美女です」
「彼女は
「お父さんが日本人で、ただいま16歳」
「アニメで有名な
(え、そうなの? ソフィ)
(筈巻公式のネット動画はおととい1000万再生を突破しました。そのほかにも来場してた方が上げた動画がどれも50万再生を超えてます)
(あのイベント撮影禁止だったじゃん! 違法アップロードだよそれ!)
(
(黙認か。しかし、そんなにバズってたのか。そりゃノイマン王国も特定されるわけだ……)
(ディーゴがご存知ないとは思いませんでした)
(いや、俺も最初はネット動画見たけど、何回再生されたかなんてチェックしないじゃん普通)
Vが始まった。
ソフィのトーク画面ではじまる。
『筈巻キャンペーンガールの椥辻ソフィーリアです! 筈巻プロデュースのこの春のアニメを紹介をいたしまーす! ……』
おお、俺ちゃんと喋れてる。よしよし。
我ながら、トークしながらの笑顔が可愛い。いやあ、こりゃファン増えそうだよ!
『…… チャンネルはここ! テレビ朝陽』
よし、ここでキャラ紹介の
え?
画面はソフィのトークのまま、右下に
おいおい、ワイプにするにしても主画面と子画面が逆だろ!
これ、鶏冠井さん了解済みなのか!?
『…… 魔王配下の凶悪なモンスター軍団から花子ちゃんを護るために』
この後声優さん紹介のPVなんだけど!?
声優紹介PVも子画面のままで進んだ。これ、声優さんや声優ファンから怒られない?
『…… 人気声優が集結! ぜひご覧くださいね!』
どっと冷や汗が出た。神足ディレクターめ! ほんっとにやってくれたな!
「見た目北欧系外国人なのに、流暢な日本語トークでしたね」
「笑顔が素敵だし、とてもきれいな声でした」
「今回はビデオ出演でしたが、次回はスタジオに来てほしいですね!」
「話題の美女、椥辻ソフィーリアさんの紹介でした!」
おいおい、そうじゃないだろ。筈巻のアニメのプロモーションだろ! なんで俺の紹介になってるん!?
と、スマホに着信が。鶏冠井さんだ。
「はい、ソフィです」
『醍醐さんですね。鶏冠井です。おはチョーご覧になりました?』
「ああ、見た。でも筈巻的にあれでいいのか? テレビ朝陽に抗議した方がいいんじゃないの?」
『そうですね、ちょっと短かったですね。ビデオリピートしてくれればよかったのですが』
「いや、そういうことじゃなくて、アニメの紹介になってないと思うんだけど!」
『いえ、想定どおりです。神足Dの性格からしてこうなるのは承知しておりました』
「ええ?」
『渡したプロフィール以外のことは一切触れなかったので、弊社に義理立てしたのは間違いないです。女神さまがカリブ海の島国出身の元王女ぐらいはテレビ朝陽も掴んでいると思いますが、それはスタジオインタビューに取っておくのでしょう』
「ええ? ってスタジオ生出演決定なの?」
『まあ、いずれは。しばらく焦らします。神足Dはそれなりに力持っていますから、手駒で使うには便利です』
「それって昨日の
『そうですね。それより、多分この放送でまた大変なことになると思いますよ。忙しくなるのは覚悟しておいてください、女神さま』
「ええ、マジですか」
『マジです。そのことをお伝えに電話しました。ではまた後程』
そうだ、のんびりしてる場合じゃない。今日も収録があるのだった。
俺はベッド横の冷蔵庫から昨夜買っておいたコンビニ弁当を取り出し、レンジでチンして食べた。
朝飯だ。
先日来、生活はこのマスターベッドルームですべて済ませている。
リビングやキッチンはデカすぎて、落ち着かない。
(ディーゴ、そろそろ弁当は飽きてきました。ちゃんと料理した方が良いのでは?)
(俺、レパートリーないし。ソフィも料理は苦手だろ?)
王女様だけに、ソフィは自分で料理をしたことがないのだ。ネットでレシピはわかるのだが。
(鶏冠井さんに作っていただくというのはどうでしょう?)
(そりゃ頼めばやってくれると思うけど、そこまでお願い出来ないよ)
このマンションで鶏冠井さんと二人きりで食事……。正確には三人だけど、見た目は二人。
でも、姉ちゃんに手を出すなって言われたし。出すもんないけど。でもたとえば……。
『はい。あーん』
『
そんな新婚みたいな。いや、ありか。ありだな。お願いしたら鶏冠井さんやってくれるだろう。
うん、お嫁さんにしたいです鶏冠井さん!
うへへへへ。
(あ、やっぱり弁当でいいです。先ほどの発言取り下げます)
(ええええ、なんでやソフィさん!)
◇◇◇
おはチョーで地上波デビューして以来、さらにオファーが増えた。
筈巻キャンギャルという立場上、個人を紹介するだけの出演依頼は断っている。
というわけで、筈巻のタイアップ宣伝が各局で放送される事態となった。数億円規模の広告効果と鶏冠井さんが言っていた。
HAZUMAKIホールディングス内でもかなりの評価らしい。
桂後水部長をはじめ、メディア事業部メンバーに金一封が出るそうだ。
鶏冠井さんも貰えるようで、めでたい話だ。
なるほど、おはチョーの時はこれでいいのか、と思ったけれど、あれでよかったんだ。
さすが鶏冠井さん。先読みがすごいや。
声優さんの事務所からは何も言われなかった。
今回のプロモーション用に新たに撮影したものではなく、既存のプロモーション素材だったので、使い方はそもそも局におまかせなんだそうだ。
そういうもんなのね。番宣って。
業界の常識をもっと知らないといかんな。
鶏冠井さんがいない時に騙されたりしたら大変だ。
今のところ、生出演はせず全てビデオ撮りだ。
まだデビューしたてだし、スタジオで生出演なんて、絶対にあがって失敗してしまう。
それに神足ディレクターとの件もある。はっきり約束したわけじゃないけど、使えるカードは温存しておきたい。
さて、今日は週末土曜日だ。
恒例の筈巻のアニメイベントデー。
朝からソフィがノリノリだ。
俺も若干興奮気味である。
というのも。
イベント控室に鶏冠井さんが持ってきたもの。
それは、レベル999魔王の、勇者花子ちゃんのコスプレ!
おおお、ついにキター!
コスプレイヤーデビューでっせ!
しかも、花子の声優松本かおりさんと舞台上で共演なのだ!
「
鶏冠井さん衣装の寸法調整も出来るんかい!?
どんだけ女子力強いのよ!
で、着替えてみた。下着になったとき鶏冠井さんが顔真っ赤にしていたけど、スルーしておこう。
ハンカチで鼻血拭いてるのも見なかったことにしよう。
うん。
「おお、これは……」
「カッコイイデスネ!」
勇者花子にしてはいささか身長が高すぎるが、アニメよりもリアルアレンジを利かせているので、カッコいい。
しかし、ビキニアーマーとは……。
一応、下にレオタードを着ているので露出は少ないけど、ハイレグだし。
これ、刺激強くない?
大丈夫かな?
鶏冠井さんの目がぐるぐる渦巻になってるように見えるんだが……。
「け、剣と、盾もありますすすすす。装備してみていただけますかあああああ」
なんか壊れてません? 鶏冠井さん。
「ハッ!」
ソフィが剣を素振りする。おお、決まってる!
異世界では本当に剣を使ってたしな。ソフィのは魔術のおまけみたいな剣技だったが、それでもこの世界の素人の所作ではない。
本物だ。
「素晴らしい! さすがは女神さまです! 目が覚めました!!」
そうそう、しゃきっとしてね。鶏冠井さん、頼りにしてるんだからこっちは。
そんなやり取りをしているうちにイベントの開始時間になった。
そしてレベル999魔王第1話冒頭9分間の上映。
イベント会場が盛り上がってきたところで、MCが主役声優松本かおりさんを紹介する。
「花子役、松本かおりさんです! イエ―――!」
「どぉもー! 松本かおりで――す!」
おおおおおおおおおおおおおお―――――!
一挙に会場が熱くどよめく!
これですよこれ! アニメイベントの最大の楽しみ、一体感!
MCと松本さんのかけあいがしばらく続き、松本さんのギャグで会場にどっと笑いが。いいねいいね。
と、ステージの照明が消える。
「あら? 事故かしらん?」とMCがとぼけたのをきっかけに俺はステージに上がる。
まだ照明はついていないから、俺がステージにいるのはファンにはわからない。
ポーズを決めて、出を待つ。
松本さんが、「モンスターの気配! チェンジブレイブスタイル! どこからでもー、かかってきなさい!」と
このセリフをきっかけにして、俺にスポットライトが当たる。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!
割れんばかりの会場の歓声に応え、ソフィが剣をふるう。ザッ! ザッ!という
「はあああっ! とぉっ! 魔王の軍団は絶対に許さない! 私がすべて倒してみせる! 必ず!」と松本さんが台詞を決める。
ソフィが剣を高く掲げる。
ステージの照明がフルに点いた。
MCのお姉さんが拍手しながら俺に近づいてくる。
「はい、HAZUMAKIホールディングス今年のキャンペーンガール、椥辻ソフィーリアさんです! 今日は勇者花子ちゃんのコスプレで登場です! アクションも決まってましたね!」
マイクを渡される。
俺の出番だ。ソフィのキレッキレの動きに負けないように!
「みなさーん、こんにちはー!!」
「「「「こんにちはーーー!」」」」
「筈巻キャンギャルの椥辻ソフィーリアです! 初コスプレ、いかがでしたか?」
「かわいいーーー!」「キマってる―――!」「かっこいいいいーーーー!」
「皆さんありがとうございます!、レベル999魔王、4月〇日放送開始です! 見ないとばっさりやっちゃうよーーー!」
「見る見る―!」「見るよ――!」「ばっさりやってーーーー!」「むしろご褒美ーー!」
「みんなありがとう! この春の筈巻アニメはレベル999魔王以外にもさっきのPVのとおり全部で14本! 出版とタイアップキャンペーンもあるので、コミックスやノベルもよろしくね!」
「「「「はーーーい!!」」」」
その後、松本さんとのマスコミ向けのツーショット撮影会を行い、イベントは終了。
今日は心地よい疲労感だ。
やりきったぜ!
控室で私服に着替えていたら、扉をノックされた。
「ソフィ、鶏冠井です。松本かおり様がお話があるそうです」
「分かりました。1分待ってください」
俺は着替えを完了して、扉を開けた。
鶏冠井さんと、花子の声優の松本かおりさんが立っていた。
松本さんは顔を真っ赤にしていた。
え、なんか怒ってる?
俺、やらかしました? 何か??
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