第14話 姫、高級マンションで遊ぶ

 桂後水かつらこうず部長は鶏冠井かいでさんのトラックに乗って帰っていった。

 あのトラック、筈巻はずまき書房の配送車らしい。

 そんなの引っ越しに使っていいの!?

 あ、いいんか。俺、社を挙げて応援されてるんだった。社長公認で。


 スケジュールによると、さすがに今日はなにもないが、明日からレッスンが始まる。お芝居が3時間、ダンスが4時間、歌が3時間。

 10時間だと! それも毎日。

 週末土曜日にHAZUMAKIプロデュースのアニメイベント会場でデビュー会見。今日水曜だから、あんまり日がないな。

 カメラ向けられても上がらずに受け答えできるかな……。


 歌とダンスとやらもクセもんだ。俺、歌えないし踊れないぞ。


(大丈夫ですよ、踊りは私得意な方ですし)

(お姫様の社交ダンスとは違うぞ。もっとポップでストリートな感じだよ)

(なら、キューティプリティのエンディングダンスみたいなものでしょう? そっちも踊れますよ)


 踊れるんかーい!


(歌はディーゴが褒めてくれましたし)


 ド直球のアニメソング限定の評価だけどね!


(問題は……)

(そう問題は……)


 お芝居、というか日本語のやり取りだな。インタビューとか、トークMCとか。

 桂後水部長にカタコトで接してりゃよかったな。ならソフィに頼めたのに。

 もう後の祭りだが。


 俺がやるしかないよな。出来るのか、中年おっさんに、女子トーク!?


(ディーゴなら出来ます! いざとなれば、私が脳内でアドバイスします!)


 あ、その手があったか!

 脳内カンニングペーパープロンプター


(なら安心だ!)

(はい! 『一人より、二人なら何倍も!』)

(『ふたりは、キュープリ!』)


 俺とソフィはアハハと笑った。脳内で。


 いい子だな。ソフィは。


 と、この時の俺は、本気でそう思っていたんだよ。


(それにしても……)

(どうしました?)

(いや、一人で住むには広すぎるな)

(そうですか? ディーゴのコンパクトなお部屋は、機能的で驚きましたが、ここは広さとしては普通じゃないですか?)

(え?)

(王宮の私の部屋は、もっと広かったですよ)

(お城と一緒にするなー!)


 砦の部屋もそこそこ広かったもんな。お城は見てないけど、そりゃ王族なんだから贅沢に暮らしてたんだろうな。

 まあ、住む以上は、いろいろ設備も点検しておくか。足りないものは買いにいく必要があるしな。

 明日から忙しそうだから、今日のうちに。


 引っ越し荷物の片づけがてら多少は見たけど、まだ入ってない部屋もある。


 高級マンション探訪! あなたのお部屋見せてください! ひゅーどんどんどん。


 って鶏冠井さんのノリだなこれじゃ。


 まずはリビングから。南向きの広いバルコニーの面は天井から床まで大きな窓になっている。

 電動カーテンが装備されていて、リモコンでカーテンを閉めると、カーテンレールを隠しているスリット部分が自動的に間接照明になる。

 色温度を変えられるLEDだ。照度も可変なので、25パーセントに落としておく。

 夜明るいのは苦手なんだ。

 ソフィが魔法みたいです! と言って開けたり締めたりしてる。

 西向きの壁には60インチの8Kテレビが取り付けられている。22.2チャンネルはバーチャルサウンドバーで再生する。サブウーハーは床のラックにビルトイン。

 ラック内にはUHDブルーレイレコーダーがあった。6テラHDDを9チャンネルタイムシフトに使うタイプだ。普通の予約用は3テラ。

 テレビを点けたら、「こんな大きな世界の窓があるのですね!」と驚いていた。いや、パソコンじゃなくてテレビなんだけど。

 でもネットテレビだから、ソフィの言うこともあながち間違いではないか。


 メイン照明はLEDダウンライトが6×4の24個埋め込みになっている。テレビと連動も出来る。

 テレビを点けたら少し暗く、とか反対に明るく、とか、列ごとにコントロール出来る。これもカーテンの間接照明同様色温度が可変。少し暖色系に振っておく。

 ダウンライトに囲まれるように、エアコンの吹き出し口のスリットが天井に開口している。エアコン本体は見えない。


 テレビの前には二人掛けの電動ソファ。左右独立リクライニングで、最大伸長すればソファベッドとしても使える。カウチポテトってやつだな。

 ソファの手すり部分にはフラップテーブルが内蔵されていた。ドリンク入れる穴まである。この径に合ったコップが食器棚にあるとみた。

 それとは別に、4人掛けのダイニングセットと、ぐるりと四角くテーブルを囲むように配置されたソファがある。パーティーが出来そうな広さだ。真ん中にあるテーブルは1.8メートル四方。

 ということで、座れる場所は3か所もあるが、それでも30畳のリビングは余裕だ。むしろ、広々している。


 キッチンはリビングの奥。シンクとビルトインレンジが2セットある。レンジはIHで、3口が一直線に並んだワイドタイプだ。シンクもワイドタイプ。

 キッチンの上と下に収納があるが、油圧サポートで、指で軽く押すと上はクランクで下がり、下はゆっくり飛び出してくる。開いた状態で押すと、滑るように元に戻る。

 シャーと開くのが面白いようで、ソフィが何回も引き出しを押していた。

 下の引き出しには白い陶器の食器とガラスのグラスが大量に入っていた。ワイングラスやカクテルグラス、タンブラー、アイスペールもある。

 グラスはソファのドリンクホルダーにぴったりサイズだった。ほらね。

 一番端だけ縦長になっていて、その部分を引き出すと、ぱたんと広がってキャスター付きのワゴンに変形した。なるほど、これで食事をダイニングまで運ぶのね。

 上から降りてくる収納にはボウルやざるなどが入っていた。

 冷蔵庫は四扉の600リッタータイプと、調理台下に横長の冷凍庫。それにキッチンビルトインの食洗機、電気オーブン。オーブンはやっぱり二つ。 その他、鍋釜、炊飯器や電気ケトル、ホットプレートなどがシンク下に。重いものを上に入れると危ないからだろうな。

 でもこの設備、ホームパーティー前提だな。もはや厨房だ。一人暮らしじゃ過剰に過ぎる!


 リビングを出ると、玄関から奥まで続く長い廊下。片方の壁が上から下まで90センチ間隔でスリットが刻まれているが、これが全部収納ボックスの扉だ。

 スリットが細いので、どうやって開くのかと思ったら、扉の厚みの分だけヒンジがスライドして隣との干渉を防ぐようになっていた。

 上下2メートル40センチぐらいの背の高い扉だが、これもごく軽くスムーズに開く。そんな扉が14枚、13メートルにわたって並んでいる。

 ここだけで普通の家の収納スペースを超えてるだろ……。

 一番端に、サイクロン掃除機とアイロン台、室内干しラックが納まっていた。もちろんアイロンも。


 廊下の端がL地に折れており、その先に一見壁に見える窓のない扉がある。その向こうには廊下の続きがあって、再度L字に曲がった先にさらに扉が。

 ここを開けると、マスターベッドルームだ。広い。12畳くらいある。

 ベッドはかなり大きい。クイーンサイズというのかな? 3人ぐらい寝れそうなサイズ。

 32インチの壁掛けテレビ、エアコン、サイドボード、小さなデスクとチェア、ごく小さな冷蔵庫。冷蔵庫の中はキッチンもそうだったけど、空だ。

 壁2面が床までの大きな窓。角に柱がないので、大きくL字に開口して見晴らしがいい。というか、バルコニーがなく下が見えるのでちょっと怖い。

 電動カーテンがL字に沿って開閉する。カーテンとガラスの間に縦型ブラインドも開閉するようになっていて、フラップで陽光を調整できる。もちろんすべてリモコン式。

 はい、ソフィさんが開けたり閉めたりして遊んでいます。


 窓のない側にスライドドアがあり、その奥がウォークインクローゼットになっている。

 クローゼットといっても、ここだけで6畳ほどあり、壁付けのラックや作り付けのチェスト什器がある。小さなアパレルブティックみたいなスペースだ。

 ソフィの服や小物はここに収納した。

 ゆったりとしており、大きな鏡もあって、着替えも楽々出来る。


 WICを抜けてさらに奥にはマスターベッドルーム専用の洗面所とバスルームがある。

 湯船は大きな円形で、ジャグジーやらなにやら機能が満載の模様。さすがに今お湯を張るつもりはないので、また後で確認しよう。

 4畳半ぐらいの広い浴室で、ちゃんと窓がある。内側のフラップが開け閉め出来る。目隠し大事!

 お湯に濡れるためか、電動じゃなくて手で動かさないといけなかったが。

 浴室乾燥は標準装備。照明はスリット状のLED。調光可なのはもちろん、ここの照明は色温度だけじゃなくて、RGBを大きく変えられる。ピンクとかグリーンとかにも出来る。

 なんか、そっち系のホテルみたいだ。普通の昼光色でいいや。


 洗面所は三面鏡で、周囲にLEDが仕込んであり、顔が明るく映る。ゲーセンのプリントマシンみたいな感じ。吐水口スパウトは引き出せばシャワーになる。


 洗面所のバスルームと反対側の扉がマスターベッドルーム専用のトイレ。またこれが広い。車いすでも入れそう。あ、そういうニーズもあるか。このクラスのマンションなら。

 電動で便座が開閉する。開くと便座周囲にLEDが点き、鳥の声が鳴る。してる最中の音隠し?

 例によってソフィが開けたり閉めたりを繰り返した。

 

 廊下を戻り、玄関へ。広い玄関スペースの片側の壁は奥に靴のまま入れるシューズインクローゼット。左右の棚に靴を、手前のラックに傘を、また自転車等も置けるスペースになっている。

 玄関側にもスリムな靴箱がある。すぐ使う靴をこちらへ、季節ものをクローゼットへという使い分けなんだろう。 ソフィの靴はショートブーツとパンプスの2足だけだから、靴箱に入れてある。俺のスニーカー類はクローゼットの棚に。


 玄関はオートロックで、電子キーと連動している。下から上がってくるときに分かったが、この電子キーがないとコンシェルジュカウンターの奥にあるエレベーターの扉が開かない。

 扉を開けると同時に部屋番号がエレベーターに通知され、いちいちボタンを押さなくてもその階に勝手に停まる。便利だね。

 電子キーは非接触だから、廊下側に鍵穴はない。故障したらどうするんだろう? コンシェルジュが直してくれるのかな?


 玄関からリビングと反対側にも廊下が伸びていて、一番先に10畳の部屋が二つある。それぞれエアコン、シングルベッド、ミニテーブルが用意されている。

 ゲストルームとして使う設定だろう。広い窓にはカーテン。電動じゃない。

 広さを別にすれば、普通の部屋で、なんかほっとする。

 この部屋の手前にバスルームとトイレがある。これも広めだが、普通のユニットバスに洋式トイレだった。


 部屋を見て回るだけでずいぶん時間が掛かったが、ソフィは楽しそうだ。俺もこんな高級マンションをつぶさに見たのは初めてだ。

 床材や壁材など内装も手が掛かっているように思える。姉ちゃんとこみたいに見た目だけじゃなくて、無垢のチークやマホガニー、天然大理石などふんだんに本物が使われている。

 シンクやバスなど水回りは統一されたデザインだし、クイーンベッドは明らかに輸入品だ。電化製品はおおむね日本製だが、これは電圧の関係もあるのかもしれない。


 月額75万円か。土地代も考えると、買えば3億円は下らんだろうなあ。住んでるのはIT社長とか政治家とか言ってたな。やっぱ稼いでいる奴は違うなあ。すげえなあ。


 と思ったが、今の俺はそれ以上の資産持ちだった。信じられん!


 部屋は立派だが、冷蔵庫は空だ。ジュースも飲めないし、晩御飯や明日の朝食のこともある。

 俺は、検索エンジンの地図ルールルマップで近くのスーパーを探し、買い出しに出かけることにした。


 もちろん、帽子、サングラス、マスクは忘れずに!

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