第11話 おっさん、正三角形を知る

 ソフィの本日のファッションはピンクの花柄レースのワンピースに、丈の短い黒のレザージャケット。

 ワンピースはウエストのフリルがアクセントになっているガーリーなデザイン。

 ライダース風のジャケットを羽織ることで、甘くなりすぎず、抜け感のあるコーデになっている。


 おい、ブルーグリーンどこ行った! 澤井店長ーー!


 ワンピースは胸元までレースになっているので、胸の谷間の深い溝が透けて見える。

 うーん、セクシー。

 

 って隠す気ありませんよねソフィさん。また町中の人が振り返るはめになるのか。魔性の女だ……。


 昨日と同じようにリビングの床に座っている。姉ちゃんはクッションの上。

 部屋が片付いているのは、少しでも清潔にしようと思ったのかな? 姉ちゃん。


「さて、ソフィ、教えてほしい。貴女、最近病気したことがあるか? 体がだるいとか、発熱したとか」

「イエ、コドモノコロ、ネツガデタコトガ、アリマスガ、マホウガ、ツカエルヨウニ、ナッテカラハ、トント」

「魔法? 治癒魔法……は貴女はあまり上手くないんだよね?」

「チユマホウ、デハナク、ジクウマホウ、デス」

「時空魔法? それと病気とどう関係が……。あ、そうか。排除出来るんだ」

「ハイ、イブツヲ、カラダカラテンイ、サセテマス」

「細菌やウィルスすら存在を感じられるってこと?」

「ガイノアルモノハ、アルテイド、ジドウテキニ、ハイジョサレマス」

「なん、だと……。魔法抗体というべきか、自動攻性防御オートアクティブディフェンスというべきか…。こっちに転移してきたときは、どうした?」

「コンカイハ、ソウテイガイノ、テンイダッタノデ。デモ、タブン、イブツハ、ジドウテキニ、オイテキタト、オモイマス」

「そうか。まずはパンデミックの方は一安心ってことか。でも今は効いていないんだろ」

「ハイ、マホウガ、ツカエナイノデ」

「じゃあ、街中では必ずマスクすること。素顔を隠す必要もある。それとうがい、手洗いの励行。この世界の病原体に、今のソフィは対抗出来ないおそれがあるからね」

「ハイ……」


 想定外か。


 俺は、ソフィがこっちに転移してきたのは、実はじゃないかと思っている。

 あの時魔力が残っていたのなら、障壁魔法を展開すれば剣を防げたはずだ。


 そうしなかったのは、それじゃ戦争月の形勢を逆転出来ないから。

 姉ちゃんが指摘したように、こっちに転移して、戻り、運動量保存コンサーベイション・オブ・モーメンタムを放てば、集結しつつあった敵の大隊を一気に殲滅出来る。


 ということは、ソフィにはこっちの世界で魔法を行使出来る目算があった。

 電素セルについても、あらかじめ知っていた。

 


 まあ、こんな推論、姉ちゃんも既に至っていることだろう。


 そのことをソフィにたださないのは、姉ちゃんはもっと先を考えているからに違いない。

 事態の解決には、電素セル魔法を現実で使う方法を見つけないと。

 と、は、違うからな。


 そういえば、昨日ソフィに魔法が使えるかどうか聞いた時、『少なくとも今は』って言ってたな。

 やっぱり、ソフィは全部わかった上で行動してるんだ。


 したたかだよな、このお姫様は。


「次に聞くが、貴女の中にいる醍醐に変化はないか?」

「ドウイウ、イミデスカ?」

「醍醐の意識が希薄になっていないか? あるいは、醍醐と貴女の境界があいまいになっていないか?」

「ソウイエバ、でぃーごノカンガエガ、マエヨリ、ワカリヤスク、ナッテマス」

「え、ソフィ、そうなの?」


 思わず口に出た。そりゃまずいんじゃないか!

 さっきの着替えで興奮したのも、筒抜けってこと!?


「カクシゴトヲ、アマリ、シナイヨウニ、ナッタノカト、オモッテマシタ」

「醍醐の意識が伝わりやすくなっている、ということだね」


 確かに、専有記憶で考えているつもりが、ソフィに漏れていたな。やっぱり魔法のバリアが薄まっているのか?


「ドウイウコトデショウ?」

「この世界で魔法は使えない。なのに、醍醐は今もソフィの中にいる。おかしくないかい?」

「ア……」


 あ……。

 そういえばそうだ。魔法がなければ魂だけを引き寄せるなんてそもそも出来ない。

 ソフィの中に入ったまま転移してきたから、これで当たり前のように思っていたが、今の状態が異常なんだ。


 この世界に戻って来た瞬間、ソフィの魔法が消えて、俺の魂は元の体に戻される。というのが自然だよな。

 でも、そうはならなかった。


「ソフィの内部では、今でも魔法が有効なんだ。ネットの中と同じように、辺りを飛び交う電子情報、電素セルによって」

「ココニ、キテカラズット、イマモ、ちかちか、ぴりぴりヲ、カンジテイマス」

「醍醐の魂はこっちの世界のものだ。しかし、異世界でソフィの魂と繋がり、ソフィの術式に魂が刻まれたため、半ばした。だから今もソフィの中で存在出来ている」

「存在出来ている? え、俺、消えちゃうところだったの?」


 また口の制御を奪ってしまった。でもこれ、よくない話だよね! 焦る場面だよね!


「だから、さっき尋ねたろ? でも、あんたは特に変化がないという。ソフィの魔法がここに転移したときに無くなっていたら、あんたを魂の中で維持することも、あんたの体に戻すことも出来ず、最悪、あんたは消滅していた」

「なんですと!」

「でも、あんたの魂は、今も維持されている。ソフィの中で働いている魔法で」

「よかった……。でも、俺の考えてることが漏れてるのは? なんで?」

「ソフィの術式に魂が刻まれたからだ。ソフィはあんたがいない時でも、あっちの世界からあんたの暇な時間を探れるぐらい、あんたと深く繋がっている。あんたの心のバリア程度じゃ、ソフィの探知を防げなくなってんだ。そもそもあんたがこと自体、ソフィの魔法に依存してるんだから。お釈迦様の掌の孫悟空みたいなもんだな」

「えー! じゃあ一方的に心を読まれるってこと!?」

「心を強く持つことだね。弱い心じゃ、全部駄々洩れになるのは当たり前だ」


 ええええ……。


「でも、この確認でまた手がかりが見えてきた。ソフィの中限定ではあるが、現実世界でも魔法が動作していることが分かったのは、大きい」

「デハ、マホウガ、ツカエルヨウニ、ナルノモ、チカイノデショウカ?」

「いや、そう簡単じゃないだろう。突破口ブレイクスルーはまだ見つからない」

「ソウデスカ……」

「ソフィ、まず明かり魔法ライトから解読してるんだけど、術式に同じフレーズが何度も繰り返されている。『交わりは真なる形を正しく四つに分け、隔たりは真なる形を正しく四つに分け、しかして三つが真なり』 これって、正三角形のことで合ってるな」

「セイサンカクケイ? ……アア、ナルホド。デモでぃーごノキオクニアルモノトハ、チョットチガウ?」

「醍醐の記憶を読んだんだな。醍醐の覚えている正三角形は、内角がそれぞれ六十度だろ? この記述は、内角がそれぞれ直角の正三角形だね」

「姉ちゃん、何言ってんだよ。正三角形は六十度だろ」


 九十度の正三角形って、内角の和が二百七十度になっちゃうじゃないか! 三角形の内角の和は、百八十度だろ? 小学校で習うぞ。


「内角がそれぞれ九十度の正三角形はある。球の平面上にな」

「え?」

「真なる形とは円のことだ。円は三百六十度、その4分の1は九十度。球の大円の円周の4分の1を1辺とする正三角形をその球の表面に描けば、内角はそれぞれ九十度になる」


 俺は地球を思い浮かべた。北極と、東経ゼロ度と東経九十度が赤道と交わる点。

 この三点を結べば……確かに全ての内角が九十度の正三角形になるな。

 地球は真球ではないから、あくまでイメージだけど。

 大円は球の中心を含む平面で切った時に出来る円のことだ。中心を共有し半径が球と同じ円ともいえる。

 たしか、飛行機の大圏コースも同じ意味だったな。


「ハイ、エント、キュウハ、トクベツナカタチデス。ダカラジュツシキモ、さーくるデ、エガキマス。マホウジタイ、エン、マタハ、キュウジョウニ、サヨウシマス」

「思ったとおり。魔法の基礎はリーマン幾何学における円と多角形ということだ。つまり座標と関数で表現できる。この方向で解析するのがよさそうだな」


 姉ちゃんがうきうきしている。

 術式って、精霊とか、エレメントとかと契約を結ぶ祈りの言葉だったりするんじゃないの?

 文学じゃなくって数学なんかい。なにその理系脳。


「ア、タシカニ。ジュツシキハ、コトバデ、デキテイマスガ、ズケイニ、オキカエラレルカモ。センセイスゴイ!」

「正確には図形を描画する式の組み合わせなんだろう。某大学の数学研究室に友達がいる。ある程度解読が進んだら、そいつの意見を聞いてみよう」


 姉ちゃんの交友関係は相変わらず多彩だ。


「醍醐、あんたの運動量保存の考えがヒントになったんだよ。魔法を数式で表せるんじゃないかって。さすが、あたしの弟だね!」


 姉ちゃんが俺を褒めた!

 大地震が来なきゃいいが……。


「でぃーごハ、イツモ、サスガデスヨ!」

「はいはい」


 ティン・トーン。


『先生、鶏冠井かいでです。いくつかご報告したいことが』

「ハーイ、アケマース」


 今午前11時か。昨日帰ったのが午後11時だったから、インターバルわずか12時間。

 働き者だなあ、鶏冠井さん。



◇◇◇


「女神さま、また今日は一段とセクシーであらせられ、お慶び申し上げます!」

「破壊力、時間ごとに上昇している気がするよ。あたしも」

「昨日のことがハッピーな夢だった。ら、どうしようかとビクビクそわそわしてました。女神さまが今日もご健勝で安心しました!」

「鶏冠井もそう思うか! 実はあたしも今朝起きて、プリントがあるのを見てほっとした口だ! 夢じゃない! って」

「先生!」

「鶏冠井!」

「「この幸せが永遠に!!」」

「ア、ソレ、『アイノケモノトドレイノコイ』ノ、ラスト、デスネ!」

「おお、ソフィ、一緒にやるか?」

「イエ、カンナビダイセンセイ、オンミズカラノ、メイセリフ。ハイケンデキテ、カン・ドウ、デス!」

「あのー、面白くもないコントはそろそろやめて、本題に入ってもらっていいすか?」

「女神さまがやさぐれた!」

「あんたは余裕というものがないねえ」

「ねえよ! 問題山積みじゃないか!」

「はい、いくつか解決してきました」


 鶏冠井さん、秘書モードにチェンジ。シャキーン!


「まず先生、昨日の企画、会議とおりました。出版事業部長がノリノリです。1か月後までにシノプシスお願いします。メディアミックスも視野に入れています。まずアニメ化です」

「アニメはなあ。前から断ってるだろ? 倫理規程でラブシーンをマイルドにしないといけない。下手に手を出すと大炎上だぞ」

「地上波ではなりません。配信専用です。初の規制なしBLアニメにしたいとメディア事業部長が申しております」

「配信か。小説の絵師さんは誰になりそうなんだ? アニメのキャラ原案にもなるんだろ?」

「ちーこ☆KUSANAGI先生にオファーを出しています」

「先生ならクオリティに心配はないな。アニメのスタジオと監督の目途は?」

「プロダクションED制作、政所まんどころ五十河いかが監督の布陣でスケジュール交渉を始めました」

「女性監督を起用しない判断は、さすがだな。プロダクションEDということはチーフアニメーターは宇治田原うじたわらさんあたりか」

「EDでは既に複数の企画が動いていますが、有力メーターはうちで押さえられるかと」

「出版と同時にアニメ開始のイメージか」

「シノプシス後6か月で出版、その3か月後にアニメ配信開始で計画しています。スマホゲーム化等次の展開は、追って企画を進めます」

「本気か。なるほど。面白い」

「では先生、契約書にサインを」

「相変わらず用意がいいな。一つ条件がある」

「なんでしょう?」

「バーターで、鶏冠井の会社、ソフィをバックアップしてくれ」

「先生、それは……」

「さすがに無理か?」

「いえ、後程事務所の件をご報告しますが、むしろ女神さまの芸能活動を弊社専属にてお願いしたいのです」

「ワタシ、メガミデナク、そふぃーりあ、ナンデスガ」

「ソフィーリアと書いて女神と読みます! 実は女神さまのフォトを会議で見せた途端、今申したようなことが一気に決まりまして。甘南備台かんなびだい先生の姪御さま、という話で二度びっくり」

「どういう意味で驚いたのやら。しかしソフィのおかげか。とんとん拍子過ぎて、変だと思ったよ。バーターじゃなくて既定路線だったのか。別の条件にすればよかった。また、鶏冠井にしてやられた。わざと伏せてたな」

「先生ならお気づきになると思いましたので。はい。メディア事業部長が社を挙げて女神さまをプロデュースする方針を決めました。本音は懇意な事務所の所属にしたいようでしたが、単独事務所の必要性を説き納得させました。当面、弊社のイメージガールとして活動いただきます。そして、このアニメ主題歌で歌手デビューという目論見ロードマップです。実は配信の後で円盤を売る二段マーケティングなんです。女神さまのデビューシングルとタイアップすれば、必ず売れます」

「よく決めたな。歌を聴いたわけでもないのに」

「最悪、歌はレコーディングとエフェクトでどうにでもなりますし。といいますか、それだけヴィジュアルが超絶だった、ということです。さすがは女神さま! でもきっと、生女神さまにお会いしたら、部長ども、ご威光におののき平伏しますよ。今から楽しみです。くくくくく」


 鶏冠井さんの出来る女のイメージが……。

 いや、鶏冠井さんみたいな人すら狂わせるソフィの魔性なのか……。


 でも、ソフィ、歌えるの!?

 ……あ、歌えるわ。キューティプリティRの歌、上手かったな。脳内だけど。


 でも、そんなに長い間こっちの世界に留まるのか? ソフィ……。

 魔法の解析次第か。


「では、この件は今夜の会議で報告いたします」


 今夜?


「なあ、鶏冠井さん、ひょっとして会議の結果って、昨日帰った後……」

「またやさぐれた! 醍醐さんですね。はい、25時から始まりました。今夜もその予定ですが、何か?」


 出版社、ブラックとおり越してるよ!

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