第9話 おっさんは我慢出来なかった
姉ちゃんの部屋は3LDKだ。姉ちゃんの仕事部屋兼生活場所のリビングダイニング、書斎、姉ちゃんの寝室、それと予備の部屋。後はバス、トイレ、洗面所。廊下から入れるウォークインクローゼットがある。
予備の部屋は主に編集さんの仮眠室として使うことが多いそうだ。小さいテレビとソファベッド。サイドテーブルが用意してあった。
俺は、いや、俺たちはその仮眠室でお泊りしている。
姉ちゃんと一緒になんか寝ないよ! シングルベッドにあんなでかくて丸いのとじゃいくらソフィでも入らないし、
……ソフィはちょっと惜しそうだったが。やめてねソフィさん。
午前1時を回ったが、ソフィは寝る気配がない。まだ本を読んでいるからだ。姉ちゃんのBL本。4冊目だ。
ちょうどまた例のシーンだ。ソフィさん冷静だなあ。
(ソフィ、先に寝るよ)
(あ、ディーゴ、すみません気がつかなくて。私はもう少し読んでからにします)
(ああ、あんまり根を詰めるなよ。本は逃げないからな。じゃあおやすみ)
(おやすみなさい)
今日はたくさんの人と喋った。失業して以来じゃないかな。
あちこち行ったし。
俺一人じゃないからだ。ソフィと一緒だし、ソフィの体だからだ。
つい昨日までひきこもってたのが、嘘みたいだ。
ソフィのおかげだな。
ソフィ、何か報酬をくれるとか言ってたが、もう十分かもしれない。
でも、くれるってんなら、貰うけどね! もちろん。
俺の意識はそこで切れた。
………。
……。
…。
目が覚めた。スマホを見る。うん、美人。いやそうじゃなくて、朝7時半か。
起きると、パジャマがずれ、おなかが大きくめくれて胸の下半分とおへその下かなりな部分が丸見えになってた。
仕方ないじゃん丈足りてないんだから! ウエストもぶかぶかなんだから!
あわてて直す。ソフィは?
(くー、くー)
また寝てる……。ソフィ、まさかの夜行性?
サイドテーブルの上には10冊余りの本が重ねてあった。
読みすぎ。
うっ。
まずい。
この時間いつものあの感覚が。俺が制御している時はこの体、俺の体内サイクルに合っちゃうのか?
それともお腹放り出して寝てたからか?
こりゃ、困った。
ぎゅるぎゅる~~~。
あっ! 波が来た! やばい! ソフィ寝たままなのに! おーい、ソフィさーん! SOS!
(すー、すー)
あかーーーん! 起きる気配なし!
どどど、どうする? 目隠しして姉ちゃんにつれて行ってもらうか? いやでも拭かないといかんし。手さぐりでするわけにも。
でもでも。どーしよ。どーする。びっくりびっくりビンビン!
とりあえずもう一度横になろう。寝てる間は大丈夫だったんだ。よし寝よう!
ぎゅるぎゅるぎゅる~~~~。
諸行無常の響きあり。
起きてお尻を押さえる。
あっ、すげえ張りだ。
ってこれ触ったらあかん奴! セクハラ、ダメ、ゼッタイ!
ぎゅるぎゅるぎゅる~~~~。
足を交差して、ぎゅっと締める。
無理がとおれば道理が引っ込む!
どんなピンチの時も絶対あきらめない!
ぎゅるぎゅるぎゅる~~~~。
逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ!
括約筋に勝てるのは括約筋だけだ!
ぎゅるぎゅるぎゅる~~~~。
膝を落としてかかとで穴を抑える!
ザ・ヒールストップ!
あ、これはなんかちょっと気持ちいいかも。
ぎゅるぎゅるぎゅる~~~~。
がんばれ俺、お前がナンバーワンだ!
くそっ、必殺ヒールストップでも無理になってきた。
いやな汗がにじみ出てくる。
ぎゅるぎゅるぎゅる~~~~。
まだだ、まだ終わらんよ!
便意を抑えるツボがあったはず。確か掌の真ん中!
ぎゅっと押す。あっ、ちょっと軽くなったかも。
ぎゅるぎゅるぎゅる~~~~。
たとえ世界中の人があきらめたって俺はあきらめないっ!
絶対にあきらめないぞっ!!
ぎゅるぎゅるぎゅる~~~~。
ヘブン状態!
ツボももはや効かない。万策尽きた!
ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる~~~~。
ええい、ままよ!
このままだと、この部屋に核の冬が来る。
それはエゴだよ!
…………。
……。
ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる~~~~。
…負けた。
負けたよ。
負けたことがあるというのが、いつか財産になる。
といいな……。
ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる~~~~。
くっ。……電気消してやる? ってそれ目隠しと一緒だし! トイレの中から電気消せないし!
ハンカチを膝の上において隠す? そのハンカチがないよ!
あっ! トイレットペーパーなら! いけるかも!?
ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる~~~~。
俺は意を決して部屋を出た。
漏れそうなのでそろっと。
姉ちゃんと鉢合わせしたらどうしようと思ったが、そんなこともなくトイレに入る。
パジャマの下を降ろす。下着がないから出来るだけ見ないように。膝まで降ろしたらそのまま便座にそうっと座る。
ひっ! 冷たっ! 姉ちゃん、暖房便座
ちょっと漏れちゃったじゃん!
でも便器の中だからセフセフ!
って、軽いなあソフィ。
俺が洋式に座ると体重でお尻がめり込む感じになるが、沈まずにちょんと乗ってる感じだ。
それに、便座との隙間が大きい。俺が座ると横も縦もいっぱいいっぱいなのに。前に関しては男だということもあるが。
おっといかん、下を見ては! トイレットペーパーを長めに折りたたんで、おまたの上にそっと載せる。目隠しだ。
そして前を向く。向くのだ!
などと考えてる場合じゃなくて、おなかの回路はショート寸前! 泣きたくなるよなムーンライト!
朝だけど!
………………。
…………。
……。
……ちょっと描写割愛。音と臭いもカット! それが乙女のポリシー!
出たよ。出ましたよ。はい、すっきり、全部。ふう。
問題はここからだ。
とりあえず温水洗浄! ぽち。
あっ。
なんか普段より気持ちいい。これは癖になりそうな……。
ムーブにしたらどうなるんだろう?
ウインウインウイン。
ああっ。
これは……。なんという……。
はっ、いかんいかん、ソフィの体で実験しては! あくまで後始末するだけ!
そうだ、ソフィも言ってたじゃないか。タンナルセイリゲンショウって。
平常心!
心頭滅却すれば火もまた涼し!
臨兵闘者皆陣烈在前!
そんで、前は……。
ビデっての使うんかな? これ使ったことないんだよな。男だし。
でも洗った方がいいんだろうな。うん、いい。いいに決まっている。清潔にするためだ!
ぽち。
「うひょ」おおおおおおぉぉぉぉ……。
いかん声が漏れた。必死で抑えたけど!
これは……。扉を開いた。開いてしまった。新しい風に心を洗おう。
あじゃーにーとぅざすたーず……。
はっ!
銀河鉄道にトリップしていた!
よし、洗えた。洗えたよな。うん、洗った。
残るはいよいよフィニッシュだ。
拭く。拭くのだ。ファイナルフュージョン承認! 折りたたんだトイレットペーパーを睨む。
これが勝利の鍵だ!
こしこし。
詳細をはばかる感触が拭く手からも拭かれる方からも伝わる。ヘルアンドヘブン!!
が、気にしない! 気にしないぞ!!
明鏡止水!
ばーくねつ! ゴッド・フィンガー!
こしこし。
一応確認。異物付着なし! OK!
終わった……。燃え尽きたよ……。真っ白にな……。
パジャマをずり上げ、手を洗ってドアを開けたらリビングにいた姉ちゃんと目が合った。
「ソフィ?」
「うっ! お、オハヨウゴザイマス、センセイ」
「あんた醍醐だね! あんたが用を足したんかい!」
「ご、ごめ。だって我慢できなかったんだよぉ!!!!!!」
その後、散々叱られながらトイレに座らされ、姉ちゃんに再度きれいに拭かれた。
赤ちゃん扱いかよ……。とほほ……。
この間、ソフィは幸せそうな寝息を立てているだけだった。脳内で。
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