あなたの優れた能力は無能を傷つける刃です
ちびまるフォイ
あなただけに与えた唯一無二の才能
「あなたはどうやら運動神経に才能があるようですね」
「え? はあ……まあ自信はありますね。
小学生のころはリレーの選手に選ばれていましたし
部活をはじめるときにもよく勧誘されます」
「セーブしてください」
「は?」
「あなたのように才能豊かな人が自分の才能を発揮したら、
夢はあるのに才能がない人が見たらどう思いますか?
この国では能力規制対象にのっとり、誰もが平等な形にセーブしてもらっています」
「いや……でも、能力がある人がそれを活かせないほうが良くないのでは?」
「何を言いますか。突出した天才が1人いることよりも、
無能でも真面目な100人がいるほうがずっといいんですよ」
能力規制対象により俺の才能は発揮することを規制された。
それとなく出すことはできても表立って全力をふるうことは許されない。
まあでも自分の脳力をセーブすれば良いことなので難しいことではない。
「ストライクッ! バッターアウト!」
「あ~~空振りしちゃったぁ~~」
わざとらしくなりすぎないように調節しながらバットを振った。
ゆるゆるのボールをバックフェンスに突き刺すこともできたが、
能力規制対象により力の差を見せつけて相手の心をへし折ることは許されない。
「ドンマイドンマイ」
「次打てるよ」
「今度の球技大会まで練習すればいい」
「ははは。次がんばろうぜ」
これはこれでいいものだと思った。
これまでの日常が全国出場を目指した強豪校だとするなら
今の日常はゆるゆるの仲良し部活動といった感じ。
みんなが仲良くできるのが一番。
お互いに競争心をバチバチに燃やして切磋琢磨して夕日にダッシュもしない。
「平和が一番だなぁ」
能力規制対象に合わせてからすっかり性格も穏やかになった気がする。
勝ち負けをこだわることで心に余裕がなくなっていたんだなと思った。
『日本対バンジョラハ公国の試合は0-1でしたが、
アディショナルプラスにより引き分けに終わりました。
両者、お互いの健闘を称え合いユニフォームを交換しメルカリに出品しました』
『小学校では背の順および出席番号順による格付けをなくし、
生徒それぞれに「らいおん」「きりん」「こもどおおとかげ」など
動物を割り当てて順序を決めることにしました』
『今季の大学入試センター試験にすべての受験生が今年も合格しました。
掲示板前で待機していたラグビー部は繰り返される胴上げに腱鞘炎を発症。
来年からは拍手でお祝いするとの意向を固めました』
世界からは続々と競争が淘汰されていった。
そもそも必要もないのにお互いの能力を比べ合うこと事態が間違っていた気がする。
挫折による成長が失われたという人もいるけれど、すべての人間がそうじゃない。
挫折してそのまま折れてしまい、日常生活に支障をきたすときだってあるんだ。
「ットライク! バッターアウッ!!」
「おいおいまた空振りかよ~~」
「今度はしっかり打ってくれよ」
「やっぱあのピッチャーすごいよなぁ」
「ははは……」
能力を抑え続ける生活がもうずっと続いていく。
ヘロヘロの珠を空振りすることは慣れたが、
それを見ていろいろ言われるのは徐々にストレスを感じ始めた。
(俺はお前らのためにわざと力を抑えてるんだぞ……!)
その気になればあっという間にピッチャー返し。
ランニングホームランだって朝飯前だ。
だが、その能力差を見せつけたらどうなる?
何人かは自分の脳力の低さに絶望するだろう。
何人かは嫉妬で俺を敵対視するかもしれない。
何人かはこれまで嘘をついていたと逆上するかもしれない。
いらぬ軋轢を生むだけじゃないか。
俺はお前らの平穏な日常のために身を削っているんだぞ。
「どんまい。また今度打てるよ」
「ぐっ……!」
「どうした?」
「いや……別に……」
それなのにこの悔しさはなんだ。この歯がゆさは。
自分の脳力が過小評価されてそれに甘んじることしかできないなんて。
俺は学校が終わると自分だとばれないようにマスクをしてバッティングセンターへ行った。
急速は最速に設定。
思い切り自分の運動神経を爆発させたくてたまらない。
「いくぞぉぉ!!」
久しぶりに解放された全能力がバットにやどり、
見事にボールのはるか下を空振りしバッティングセンターに爆笑を届けた。
「あ、あれ!?」
ボールはたしかに見えていた。
タイミングも合っていたのに体がついていかない。
何度振っても、何度振っても当たらない。
一流のアスリートでもウォーミングアップや日々の練習を欠かさないように、
才能があるからといってエンジンをかけてはいスタートでフルスロットルで発揮できるわけがない。
長らくエンジンをかけてなければかかりが悪くなるし、
メンテナンスもしていなければますます動きは鈍くなる。
そのことに気づいたのは有り金全部空振った後だった。
「うそだろ……俺、まさか劣化してる……!?」
バッティングセンターの帰り、待っていたのは国家規制局だった。
「あなた、今日自分の脳力を解放しましたね」
「……解放して何が悪いんですか! これは俺の才能なんですよ!」
「前にも言ったでしょう、あなたの能力を見て落ち込む人がいると。
あなたの才能は人を傷つける刃なんですよ。覆面したって同じです。
能力の差を誇示することが人を傷つけることになるんです」
前までは「そうかもな」と言いくるめられていたが今は違う。
男の物言いに俺は失っていた対抗心で反発した。
「なんで……なんで俺が合わせなくちゃいけないんだ!!」
「規制対象者が能力を解放してしまうと、
他の人にも波及して能力が解放されてしまうんですよ!」
「俺の能力が高いのなら、低いやつが努力や何やらで合わせればいいだろ!」
「それにも限界があるからあなたの能力は人を傷つけるんです!」
「周りに遠慮して、自分の脳力を抑えて、それでもっと低いやつが出てきたらどうするんだ!
そいつに合わせるのか! みんな赤点になっても構わないっていうのか!」
「我々はそういった競争社会を廃絶したいのです!
能力や点数で人間の価値を決めつけようとするこの社会を……」
「うるさい! 俺は俺だ! 俺が自分の全力を使うことにあれこれ口出ししないでくれ!!」
俺にとって優れた運動神経は自分の自信のひとつだった。心のよりどころだった。
それを低レベル帯に合わせることで俺の中での自信が傷つけられた。
周りから「同じレベルだ」と思われることがなにより辛かった。
「能力がない人間に合わせることで、優れた能力の俺が傷ついてるんだよ!!」
俺はもう迷わなかった。
周りに遠慮し配慮して自分が傷つくなんて限界だった。
球技大会までに必死に練習して自分の能力をもとに戻す。
バッティングセンターでは空振りした珠を全球ホームランで打ち返すと
失われていた才能がこの手に戻ってきたのを感じた。
「やっぱり俺はこうあるべきだったんだ」
自分の全力をぶつけられることに安心感を覚える。
下手に能力セーブすることがどれほどの負担だったのかを感じた。
そして迎えた球技大会。
「あのピッチャー早いから気をつけろよ」
「事前の体育の練習ではずっと空振りだったもんな」
「最悪バントでもいいよ」
「ふっ……まあ見てなよ」
球技大会には多数の女子が観客として参加している。
良いカッコを見せるには最適の場所だ。
俺はもう自分の脳力にリミッターをつけることはしない。
完全完璧フルスロットルで挑んでやる。これが本当の俺の力だ!
「うぉぉぉぉ!!!」
「ストライク! バッターアウト!!!」
「えっ……!?」
明らかにこれまでと格の違う球速で俺はすぐに察した。
ピッチャーだけでない。
あれだけ低レベルで甘んじていたすべての人間の目の色が変わっていた。
「お前、まさか自分だけが抑えているとでも思ってたの?」
あなたの優れた能力は無能を傷つける刃です ちびまるフォイ @firestorage
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