年越し入院のすすめ
近衛源二郎
第1話 師走の救急車
本来なら、救急車とは重症の患者がお願いするべき、最後の手段である。
ましてや、医療機関の休みが増える年末年始は、なおさらである。
筆者は、迷いに迷ってクリスマスの朝に、救急車をお願いしたことがある。
2013年のクリスマスの朝であった。
球脊髄性筋萎縮症という厚労省の指定難病の登録を受けている筆者は、当然、かかりつけ病院に運ばれることになった。
救急車が、自宅に到着した時、救急隊員は、顔を見合せ。
おっちゃん、いつもと様子が違うやん。
いつもと言われるほど、年に何回も、救急車のお世話になっていた。
重症の難病患者であるため、救急車で救急診療科に行くと、まず入院は間違いないのだが。
『チアノーゼが出てる。
いかん、酸欠や。
先生、患者、そちらの◎◎
先生が主治医の◎◎さん
です。
SpO2、73しかありま
せん。』
等々、矢継ぎ早に報告していた。
そんな中でも。
『おっちゃん・・・
病院の方で、治療の準備始
まってるさかいなぁ。
もう大丈夫やで。
気ぃ、しっかり持ちなぁ。』
必死で、筆者を励まし続けてくれました。
筆者の病名は、膿胸(のうきょう)。
人間の肺には、肺胞と呼ばれる袋のようなものがいくつもあるのだが。
この肺胞に水が溜まると肺水腫となる。
肺水腫は、お薬で水抜ができるのだが、筆者の膿胸という病気は、この肺胞に膿が溜まる病気で、溜まった膿を手術で掻き出すしかない上に、新たに膿が出て来ても排出できない。
膿が浸潤しなくなるまでは肺に穴を開けてドレンホースをつないで、ポンプで吸い出すしか治療方法がない。
そこで、肺に溜まった膿を掻き出す手術とドレンホース接続用の穴を開けるために、呼吸を止めて、肺の動きを止めて、手術を行う。
到着と同時に、手術室使用の順番待ちとなり、その間に手術内容の説明を行うために家族を呼ぶ。
筆者の場合、長女と長女の娘が駆け付けてくれた。
筆者は気づいてなかったのだが、家内も来ていたらしい。
そりゃ、人工心肺と人工呼吸の機械をつないで、心臓と呼吸を止めて手術すると聞いて驚かない奥さんはいないとは思う。
それなのに、筆者は娘に連絡した。
心臓と呼吸を止めて手術する。
心臓と呼吸が止まった身体というものは、ある意味では、死亡したのと変わらない。
人工心肺という機械に代用させることで、かろうじて生きてはいるが。
筆者の妻も、待合室で泣いていたらしい。
不安だったであろう。
だいたい、原因不明で、治療方法がない難病とは、いわゆる不治の病である。
球脊髄性筋萎縮症は、筋肉の萎縮。特に四肢の筋肉の萎縮により立ち上がることすら出来なくなる。発病から約15年ほどで車イス生活が余儀なくなってしまう。
その後、寝たきりで生命の終わりを待つだけ。
日本国内では、2000症例程度しか確認されていない、希少な症状であるため、研究材料が少ない。
そんな極端な難病になって、徐々に弱っていく夫を見て、不安にならない奥さんは、たぶんいないと思います。
最近、よく聞く、熟年離婚直前の夫婦でもない限り。
さてさて、クリスマスの朝にあわただしく救急車搬送されて、命にかかわる手術を終えて、集中治療室で、麻酔からの覚醒を待つという順序ですが。
肺につながる排出ポンプは、着きっぱなし。
一般病室に移れるほどの回復をしても、病室のフロアを動ければよしとするしかない。
筆者が、病床横で尿瓶で小用をしていたらお医者さんと看護師さんが慌てて止めにきた。
そう病院の病床ですので、当然介護ベッドですし、電動なら自分で操作して、自力でできるのです。
ただ、救急車搬送されて、緊急手術を終えたばかりの患者がそんなことをするとは考えにくいですよね。
そんな症状ですので、もちろん入院になります。
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