このすばss④ この素晴らしい帰郷に祝福を!
Cero
第1話 〈1日目〉始まり
「ねえ、カズマ。日本へ行きましょう」
夕食の団欒の中、アクアがいきなりそんなことを言ってきた。
「お前いきなり何言ってんだ。行こうにも行けねーだろうが」
アクアのやつ、とうとう頭がおかしくなったか?そう俺が心配していると、めぐみんとダクネスが首を傾げて言ってきた。
「ニホン、というのはカズマの故郷の事ですよね?異世界にあるという」
「行けるものなら私も行ってみたいが……カズマの言う通り、そんな所行きようがないではないか」
確かに俺も少し帰郷してみたい気持ちはある。が、行こうにも行けないんだから仕方がない。そんなことを思っているとアクアが胸を張りながら言ってきた。
「この私を誰だと思ってるのよ。言ってみなさいな」
「お酒大好きな女プリーストだろ?」
「ちっがうわよヒキニート!いや違くはないけど、とうとう女神とすら言わなくなったわね。それは仮の姿。その正体は水の女神アクアよ!本来の力を取り戻した今、日本に行くなんてちょちょいのちょいなんだから」
丁寧につっこんでくるが、さすが女神という所か。日本に行けるなんて軽い感じで言ってきて……
えっ?今なんて言った?
俺は聞き間違えたかと思いアクアに聞き返した。
「おいアクア、今日本に行けるって言ったのか?それってマジ?」
「私が嘘を言うとでも思ってるの?女神ってのは神様なのよ。できない事なんてないんだから」
できない事ないってお前……
「じゃあ、今度ジャイアントトードの討伐、アクアに全部任せるぞ。できない事なんてないんだろ?」
俺がアクアにそう言うと、うっと喚いていた。その返事を聞くと未だに少し信じられない。でも実際、こいつは魔王討伐の後、本来の女神の力を取り戻したのも事実だ。もし本当に日本に行けるというなら是非とも行きたい。
「アクア、本当に行けるのですか?いつものアクアを見ていると、どうも信じられないのですが」
俺と同じ様に、めぐみんも疑わしそうに聞いている。
「なんで2人とも信じてくれないのよっ!ダクネス、ダクネスは信じてくれるわよね?」
目を少し潤ませてアクアがダクネスに言い縋る
「あ、ああ。い、行けるなら行ってみたいな」
ダクネスは少し戸惑いながらも、アクアのことを肯定している。ダクネス、お前ちょっとちょろ過ぎやしないか。
「さすがダクネス!2人もダクネスを見習いなさいな。まあ、どうせ行ったら信じて貰えるわけだし大目に見てあげるけど。でも皆行ってみたいって事でいい?そういう事なら明日から行きましょうよ!」
本当に行けるらしい。
アクアがここまで言い張るときは何だかんだいって本当の事を言っていると、この長い付き合いでわかっている。それに、もしかしたら行けるかもという希望はそう簡単に捨てられない。そう考え俺は
「そうだよな、お前女神だしな。お前らもいいか?」
2人に同意を求めると、いまだに異世界へ行くという事に実感が湧かないのか少し不安そうにしながらも頷いた。
「行けると言うならそれは楽しみですしね。カズマの故郷……どんな所でしょうか」
「そうだな。異世界かぁ、どんなところなのだろう。わ、私を満足させてくれるアイテムは何かあるだろうか」
「ダクネス、そんな物ないから安心しろ」
この様子だと、楽しみにしてくれてるみたいだ。顔を紅潮させているダクネスはもう知らん。
俺はアクアにもう一つ気になっていることを聞いた。
「そういや、言葉ってどうするんだ?俺は大丈夫だけどダクネスとめぐみんは分からないだろ?」
「それは大丈夫よ。脳に負荷をかけて習得させても良いけど、それじゃパーになるかもしれないからと思ってちゃんとウィズに魔道具を貰ってきたのよ!」
ウィズの所の魔道具って……大丈夫だろうな?
「因みに副作用は?」
「それが大した事ないのよ。効果が切れた後、少し言語能力が一時的に下がるだけらしいの。どう?いい魔道具でしょ!ちょっと高かったけどね……」
いくらしたんだよ。まぁそれは置いておこう。でも、それぐらいなら大丈夫そうだ。俺はダクネスとめぐみんの方を向き、聞いてみる。
「お前ら、これ使っても大丈夫か?」
「ああ、問題無い。それぐらいなら安いものだろう」
「そうですね。逆によくウィズの店でまともな商品を取り扱っていましたね」
ウィズがボロくそに言われてるが、しょうがない。事実だし。俺もう一度アクアの方を向き確認した。
「よし、じゃあそれを使って明日昼頃出発って事でいいのか?」
「いいわよ!秘密裏にやらなきゃいけないのはちょっとおっかないけど……そうと決まれば早速準備ね!ご馳走様。3泊4日ぐらいでいいかしら?服とかは今のままだと目立つから向こうで買いましょう!」
……おい。今なんて言った、この駄女神また天界規定とかいうやつを無視しようとしてるのか?本当に大丈夫なんだろうな。それに、なんかいつもより押しが強いがどうしたんだ?
他の2人には聞こえなかったのか、2人とも何も言わずに頷いていたので、どうせ怒られるのはアクアだけだしと思い、細かい事は忘れて明日の準備をする事にした。
次の日の昼頃。
俺達は準備を済ませ広間に集まっていた。
俺はいつもの爆裂散歩に付き合ったあと、ジャージやら日本の家の鍵やらこっちの世界に来る時に一緒に持ってきた物をかき集めて、ずっとワクワクしながら待っていた。
「みんな、準備はいいかしら!」
アクアが興奮しながら言ってくる
「ああ。異世界とはどんな感じなのだろう……楽しみだ」
「ふっふっふっ。その異世界とやらでも我が名を知らしめてやろうではないか」
そう言う2人に俺は忠告する。
「お前ら。一つ言っとくが、向こうの世界には魔法なんてものはない。使えるかもしれないが、そうだとしても使うなよ。特にめぐみん。爆裂魔法なんて撃つ場所ないからな?もし撃ったとしたら、テロリストとして一生牢獄生活を送ることになりかねないぞ」
すると、めぐみんがそんな!という顔をして俺に掴みかかってきた。
「ど、どういうことですか、カズマ!?ば、爆裂魔法を撃てないんですか!?それは困ります!爆裂魔法が撃てないなんて、私、死んでしまいますよ!」
こいつ、死ぬとまで言うのかよ。というかちゃんと言っておいて正解だった。
そう思いながら掴みかかってくるめぐみんをひき離し
「ちょっとぐらい我慢しろって。今日はもう朝一で撃ってきただろ!最後の日は帰って来てから撃てばいいし2日我慢すればいいだけだって」
そう言うも、めぐみんは離れようとしない。
「ムリです!爆裂魔法を撃てないなんて、それこそ世界の終わりですよ!」
こいつは何言ってやがる。どうすれば諦めてくれるんだ?俺はダメ元で
「なあ、俺が向こうで何でも一つ言うこと聞いてやるから諦めてくれよー」
溜息をつきながらそう言うと、めぐみんはピタリと俺を揺さぶるのを辞め
「……そういうことなら我慢しますよ。その代わり、今の言葉忘れないでくださいね?」
そう言って大人しくなった。
良かった。何お願いされるか分からないが、めぐみんの事だしそんな無理な事は言ってこないだろう。これで帰郷したら牢獄の中というのは避けられそうだ。
俺たちのやり取りが収まったのを見て、アクアが言ってきた。
「それじゃあまずは魔道具を使うわね」
アクアが魔道具を発動させるとそれは消えてなくなり、めぐみんとダクネスの体が淡く光る。
どうやら効果が発動したようだ。
「大丈夫か?」
俺が聞くと、二人は頷く。
「効果時間は約4日だって言ってたわ。それじゃあ行きましょうか」
そう言ってから、アクアが大声で叫んだ。
「水の女神アクアが命ず。我らを、日本へと誘いたまえ」
すると、目の前が明るく光り始め、思わず目を閉じてしまう。そして光が収まり、恐る恐る目を開けると……
目の前には日本の俺の家があった。
「おい、アクア!なんてとこに送ってんだ!ここ俺ん家だろ!親に見つかったらどうすんだよ!」
俺はアクアに向かって怒鳴りつける。
「しー、しーっ!そんなに大声出したら起きちゃうじゃない!せっかくこっちの朝の時間を狙って来たんだから気をつけてちょうだい!」
そう言ってきたので俺は怒鳴るのを辞め、もう一度前を見る。
懐かしい我が家。毎日引きこもっていたあの我が家。
懐かしさにふけっている俺を、アクアが少し陰のある表情で、優しく微笑みながら見てきた。どうしたんだろう?
ふと、隣からめぐみんとダクネスの声が聞こえてきた。
「ここが、カズマの故郷の異世界か。地面が整備されていてとてもいいところだな」
「ここがカズマの実家……。中に親御さんがいるのでしょうか……」
周りをキョロキョロ見渡すダクネスと、俺の家を見つめるめぐみん。そんな2人を見て、俺は2人に説明する。
「さっきから言っているが、ここが俺の故郷の日本だ。で、目の前のが俺の実家。ここはまだ田舎だからそんなに目立たないが、都会に行く時はくれぐれも大声ではしゃがないでくれよ?」
そう言う俺に2人はキョロキョロしながらも無言で頷く。
こいつら分かってんのか?絶対分かってないよな。
しかし、アクセルの街ですらいつも目立ってるので諦めることにした。
さて、せっかく鍵を持ってきたことだし、スマホと財布ぐらいは取ってきたいな。それと、親と弟の顔も少しはみておきたい。
そう思って俺はアクアに言った。
「アクア。ちょっと家行って金とスマホ取ってくるわ。お前はこいつらが変なことしないように見といてくれ」
アクアはこくりと頷くと、またもや優しい目で俺を見てくる。
本当にどうしたんだろう?いつもなら『任せてちょうだい!』とか言ってくるんだが。転送で疲れたのか?なんか今のアクアはごく稀に出てくる女神の顔だ
そんなことを考えながらも、俺は家へと向かって行った。
俺の部屋は何も変わっていなかった。親も俺の部屋をそのまま残してくれているらしい。しばらく懐かしい自分の部屋を漁っていると、目当てのものを見つけた。
「おっ、俺のスマホあった。充電もしてあるな。財布もまだそのままだ」
そう言って他にも必要そうなものを取り、もう一度部屋を見渡す。俺が引きこもっていた、この部屋。久しぶりに外出したら、死んでアクアに会って。そんな懐かしい思い出を振り返ってから、俺は部屋を出た。
近くには弟の部屋がある。両親の部屋も近くにあるのだが……
俺は弟の部屋のドアノブに手をかけ、開けようか開けまいかしばし悩んだ。しかし、俺はドアノブから手を離し、玄関へと歩いて行った。
アクアたちのところに戻ると、めぐみんとダクネスが目を輝かせながらアクアを質問攻めにしていた。
「アクアアクア!あの人は何をいじっているのですか?何か金属の板のようですが」
「あれはスマホって言うの。色んな情報を手に入れたり、相手と話したりできる便利アイテムよ」
「おいアクア!あの猛スピードで走っている金属の塊はなんだ?中に人が入っているみたいだが」
「あれは車ね。私たちの世界で言う馬車の変わりみたいなものよ」
そう言って忙しそうに応えるアクア。ふと、アクアがこっちに気づいて手招きしながら言ってくる。
「ちょっとカズマさーん!この子達、色んなことをどんどん聞いてきて面倒臭いんですけど。どうにかしてちょうだい!」
さっきの女神の顔は何処へやら。いつも通りのアクアに逆に少し安心する。俺はアクアに近づきながら答えた。
「しょうがないんじゃないのか?俺も向こうの世界に来たばっかの時はこんな感じになったんだし。それに、良く考えればこっちの世界の方が不思議なものは多いだろ。ちょっとぐらい付き合ってやろうぜ」
「それはまぁ……確かにね。あの時のカズマさんったらキョロキョロしながら歩いてたから注目集めてて面白かったわ」
「おいアクア、注目を集めてたのはお前だろ。駄女神がわんわん泣き喚くから目立ったんだろうが」
「ああっ!今駄女神って言った!」
アクアが俺の事を揺さぶってくるが無視する。俺は未だはしゃいでいる2人に、家から持ってきた懐かしい味のペットボトルのお茶を飲みながら言った。
「お前らも、珍しいのは分かるがそろそろここを離れるぞ。バスと電車に乗って東京に行く」
すると、めぐみんが首を傾げて聞いてきた。
「私はカズマの親御さんに挨拶しに行かなくていいのですか?交際の許可も貰わないといけませんし」
俺はぶーっと飲んでいたお茶を吹き出した。
「こ、交際の許可ってお前何言ってんだ!?と、とりあえず、俺はこっちの世界ではもう死んだ事になってるんだ。親に見つかったらひとたまりもないから!」
めぐみんが突拍子も無いことを言ってきたので慌ててしまった。
それを聞いためぐみんとダクネス、そしてアクアまでもが少し暗い顔をして俺を見てくる。
「ど、どうしたんだお前ら」
俺が聞くと、ダクネスが言ってきた。
「いや、その。死んだ事になってるって事は、さっき家に入った時も家族とは顔をあわせていないのだろう?その、大丈夫なのか?」
何だ、そういうことか。俺は3人に対して
「大丈夫だって。確かに一目見ておきたい気もしなくはないが、俺も死に方が死に方だったし、家族に顔合わせるのが少し恥ずかしいんだよ。分かったらとっとと行こうぜ」
そう言って少し赤くした顔を隠してバス停の方へと歩いて行く。
そんな俺の後ろでアクアが笑いを堪えながら俺の死因を2人に説明している。しばらくしたあと、説明を聞いた2人がぶっと吹き出して笑い始めた。
あいつらはアクセルに帰ったらクエストを受けて森の中に埋めてこよう。
そんなこんなで、俺達はバスと電車に乗って東京へと向かっていった。
周りの人達はたまにチラチラと俺たちのことを見ている。それもそのはず、アクアとめぐみんの服はいかにもファンタジー世界の服装だ。アクアはいつも通りの羽衣。めぐみんも杖は置いてきているが、とんがり帽を被った格好をしている。それでも、あまり気に止められないのはコスプレでもしていると思われているからなのだろう。
ちなみにダクネスはYシャツを着ていて、俺はジャージだ。
移動の間もめぐみんとダクネスは俺とアクアに興奮しながら質問を浴びせてきていた。
「カズマカズマ!これは何ですか?チケットを入れたら扉が開きましたよ!」
めぐみん達にとってはやっぱり改札も珍しい物なのか。
「これは改札機だ。この世界は魔力の代わりに物を動かす力として電気ってのがあるんだ。それを使ってこいつを動かしたり、スマホを動かしたりするんだよ」
「なあアクア!これに乗るのか?中に人が乗れる様だが車とは何か違うな」
「これは電車よ。二本の鉄のレールの上を電気を使って走る乗り物で、車より早く走れるの」
電車に乗ると、めぐみんは椅子に膝立ちして外の景色をキラキラとした目で眺めていた。ダクネスも窓の外の景色を見て興奮しているようだ。
というかめぐみん、向かいの席の小さい子と同じことやってんぞ。恥ずかしい。
そんな2人から目を離し、俺はスマホを手に取る。本当に久しぶりだなぁ。
色々いじってみてたが、動作に問題はなさそうだった。俺はツイッ○ーを開いてみた。
生前見ていたゲームやアニメ、ラノベなどの続きがどうなってるのかがずっと気になっていたのだ。そう思ってツイートに目を通していた時。俺の目に信じられない様なツイートが飛び込んできた。
『映画このすば絶賛公開中!』
そう書いてある下に俺達4人にそっくりな絵が描いてあった……!
俺は急いでこのすばについて調べる。そして確信した。
あ、これ、俺たちだわ。
その結論に至り、俺は急いでアクアを手招きする。
アクアは俺のスマホを覗き込んで、ふと思い出したかのように手を打って言ってきた。
「そう言えば今、日本では私たちの冒険を元にした『このすば』の映画がやってるらしいわね!ねえカズマ、みんなで観に行きましょうよ」
こんな感じにサラっと。
「おいお前、この事知ってたのか?なぜ黙ってた」
「いやぁ、前に日本に遊びに行った時に知ったんだけど今まですっかり忘れてたわ」
そう言って、てへと舌を出しながら首を傾げてきた。イラつく……!
「おい!そんな大事なこと忘れてんじゃねぇよ!ていうかお前、前にも来たって言ったか?いつの間に来てたんだよ!」
しかもこれ、俺が主人公じゃねぇか!俺のカッコいい活躍が物語が映画化だと……!
あれか、このすばって言うのはやっぱり異世界ファンタジーの冒険物って感じなのか?
「確か、前天界に帰ったついでだった気がするわ。因みに、このすばのジャンルは異世界コメディーみたいよ」
……ですよねぇ。こんな仲間といて王道ファンタジーの道は歩ませてくれないですよね……。
俺が落ち込んでいると、めぐみんとダクネスもこっちにやってきた。
「どうしたのですか、ショックが死因で死んだ人?」
「そうだ、ショック死した男。アクアと二人で何を話していたのだ?」
「ショック死に触れるのはやめろ!いや、なんかこっちの世界で俺達の冒険が物語になってるらしくてな。それが映画でやってるみたいなんだよ」
俺が説明すると、二人は驚いて興奮しながら言ってきた。
「私達の冒険が物語に……!どうやら私の偉大さは既に異世界にも轟いてしまっているようですね!」
「そんなことになっているのか!ち、ちなみにその『映画』とはなんだ?」
そう聞いてくるダクネスにアクアが説明する。
「映画ってのはね、大画面で映像を観る鑑賞会みたいなものよ」
そう言うと、めぐみんとダクネスはさらに興奮して
「ち、ちなみに、どんな種類の物語なんですか!?やはり、私の偉大さについて語られている伝記の様なお話ですか!?」
そう言ってアクアに言い寄っている。アクアはそんなめぐみんに
「違うわよ。コメディーものだってば。あ、コメディーっていうのはお笑いものって感じかしら」
そう聞いて、2人ともさっきの俺のようにガックリ肩を落として落ち込んだ。
まぁ、そうなりますよねー。
だとしても、自分が主人公の映画と聞くとやはり観てみたい。
「と、とりあえず観てみようぜ。コメディーっていってもカッコいいところはあるだろうし。それに、俺たちの冒険を映画化してくれてるんだ。観ない訳にはいかないだろ!」
そう言う俺の言葉に、アクアは嬉しそうに頷き、他の二人も頷いてきた。
こうして映画に行く事は決まったが……
「しかしやっぱりダクネスはいいとしても、めぐみんとアクアの服は目立つな。俺も服が欲しいし最初は服を買いに行こうぜ」
「いいわよ!もちろんカズマの奢りね」
こいつ……!
しかし、俺以外日本の金なんて持ってないので、渋々頷いた。
今回の旅だけで、俺の貯金が全部消えそうだ。
そう思いながら、俺は窓から見える景色を眺めていた。
しばらくして、俺達は東京に着いた。久しぶに来る東京はやはり人で溢れかえっていた。駅の中ですらも人でごった返しており、こいつらが迷子にならないかがとても心配だ。
「お前ら、絶対に迷子になるなよ」
駅の中で俺がそう言うが、3人は着いてくるだけで必死みたいだ。そう、3人だ。
「なんでアクアまで人混みに飲まれそうになってんだよ、お前日本担当だから何回も来てんだろ。馬鹿なのか?そう思ったが口には出さない。」
「口から出てるわよヒキニート!しょうがないでしょ!人が多すぎなのよ」
あれ?思わず口から出てしまっていたようだ。
そんな事を思っていると、ふと、ジャージが何者かに引っ張られた。見ると、めぐみんが俺のジャージの端をちょこんと掴んでいた。
「お、おいめぐみん。いきなりどうした?」
少しドキドキしながらめぐみんに言う。
だって、こんな事するのは反則だろ!可愛すぎかよ!
すると、めぐみんが
「ちょっと掴ませてください。掴んでないと迷子になります」
そう言ってさらにぎゅっと掴んでくる。
そ、そういう事なら仕方ないか。
「わ、わかった。だったら離すんじゃないぞ」
人混みにもまれながら外へ向かい、俺達は駅を出た。
そこには、あの壮大な光景が広がっていた。
ビルが立ち並び、横断歩道や歩道には人がごった返している。
俺も東京に初めて来た時はびっくりしたなぁ。そう思って隣を見ると、案の定、めぐみんとダクネスも目をキラキラさせて辺りを見渡していた。
「なんなんだここは!エルロードとは比較にならないぐらい人が溢れ返ってるぞ!」
「見てくださいダクネス!周りの建物凄い高さですよ!何階まであるんでしょうか。……ああ、あそこに爆裂魔法を撃ち込んだらと思うと……こうしては居られません!杖はないですがちょっと撃ってきます!」
2人が田舎から上京してきた人みたいな事を言って……
「っておい!爆裂魔法は撃つな!ここで撃ったらえらいことになるって!」
流石は頭のおかしい爆裂娘。その名は伊達ではないな。
「おい、今とても失礼な事を考えてましたね?」
「そんなわけないだろ。でも、撃つのはやめろよ?」
俺は念を押してから、行くぞと言って服屋の所へと向かった。
服屋に着くと、俺にお金を渡されたアクアとダクネスは嬉々として女物の服売り場へとかけて行った。
なんか、日本に来てからダクネスの精神年齢が下がっている気がするのだが。アクアも似たような感じたが、こいつはこれがいつも通りだな。めぐみんは……
「おい、めぐみん。何でここにいる。女物はあっちだぞ」
俺の隣についてくるめぐみんに言う。するとめぐみんは俺の裾を引っ張って
「カズマカズマ。カズマって自分の服のセンスってどれ位だと思っていますか?」
めぐみんが訳の分からない事を聞いてくる。
「そりゃ、アクセル一お洒落だと思っているが?」
「……その自信はどこから来ているのでしょうか。ハッキリ言うと、カズマのお洒落のセンスは壊滅的ですよ?」
「……」
自分でも薄々気づいていた。元々ファッションなんて興味無かったし、何せ引きこもりだったのだ。外になんか殆ど出ていない。そんな俺がお洒落センスがあるわけが無いと。でも、そこまで言われるとは。
落ち込んでいた俺に、めぐみんは慌てて励まそうとしてきた。
「か、壊滅的は言いすぎましたね!そこまででは無いですよ!……でも、お洒落したらもっとカッコよくなるのになって思っただけです……」
……そんな事言われたら落ち込んでなんかいられないだろ。
「だから、私がカズマの服を選んであげようと思ったんです」
え、どういう事?俺は一瞬何を言われてるのか分からなかった。が、頭をフル回転させてようやく理解が追いついた。
「あ、ありがとよ。そ、それじゃあお願いしょうかな」
そう言うと、じゃあ行きましょうかと言って俺の手を掴み、メンズコーナーへと引っ張って行った。
やっぱり、めぐみんはずるい。酷いことを言ってきたのに、こんな事をされるだけでさっきまでの事がどうでも良くなってしまう。本当にずるい。
それからめぐみんにされるがままに連れられ、色んな服を試着させられた。そんな中、めぐみんが
「カズマカズマ、これとか似合うんじゃないですか?試着してみてくださいよ」
そう言って一枚の赤色のパーカーを渡してきた。赤色って俺に似合うのかな……
そう思ったが言われるまま、ジーンズと半袖シャツにそのパーカーを試着してみる。
「ど、どうだ?」
試着室から出てめぐみんに聞いてみる。すると、めぐみんは
「……カッコいい……!」
そう言ったあと、自分の言葉に気づいたのかビクッとしてから口元を手で覆い、顔を赤らめて目を逸らしてきた。俺はというと。
俺はというと…。同様に恥ずかしさで顔を真っ赤にし、視線を逸らしてしまった。
「あ、ありがとう」
「い、いえ。どういたしまして」
「「……」」
そう言って、俺達は黙り込む。
めっ、めっちゃ恥ずかしいんですけど!傍から見たらなんかバカップルみたいに見えてないか!?
……でもそういうと、俺達ってまだちゃんと彼氏彼女の関係になってないからカップルじゃないんだよな。もうそろそろ、ちゃんと俺から言った方が良いかなぁ。
そんな事を考えながらもなかなか口を開けず、未だに黙り込んだままだった。
しばらくして、めぐみんが沈黙を破り言ってきた。
「さ、さあ次のも見に行きましょう!早く選ばないと、私の服が買えません。カズマの服選びが終わったら私の服選びも手伝って貰いますからね」
「そ、そうだな。でも、めぐみんの服選ぶのって俺いるか?俺のセンス壊滅してるんだろ?」
「ま、まあそうですが……いいじゃないですか。カズマの意見も聞いてみたいですし」
センスが壊滅してるのは否定しないのか。しかし、今まさに服選びを手伝って貰ってるわけだし手伝わない訳にはいかないか。
「わかったよ。じゃあさっさと俺の服選んじゃおうぜ」
そう言って俺達が、というかめぐみんが選んだ服を試着しながら次々にカゴに入れていった。
俺の服を買った後、次はめぐみんの服を選びに女物の服のコーナーへと行った。今まで女物の服なんて選んだ事の無い俺には、少し落ち着かない場所だった。
「カズマ、これとかどうですか?」
さっきから、こんな感じでめぐみんが聞いてくる。が、俺にはどれが似合うとか全然わからないので
「お、おう。いいんじゃないか」
と、濁しながら答えていた。すると、めぐみんが頬を膨らませて言ってきた。
「カズマ、さっきから同じ事ばっか言ってるじゃないですか!真面目に答えてくださいよ」
「だ、だって、俺にはどれがめぐみんに似合うとかわかんないし」
理不尽な事で怒ってくるめぐみんをあしらっていた時、俺はさっきの恥ずかしい出来事を思い出した。なので、ここで仕返しすることにした。
「それに、めぐみんはどの服着ても似合うだろ」
そう言ってめぐみんを見る。
めぐみんは驚いた様に目を見開いたかと思うと、すぐに顔を赤くして目を逸らした。
「それなら許します。……あと、ありがとうございます」
そして、顔を合わせずにスタスタと隣のコーナーに行ってしまった。
よし、成功だ。
俺はそんな照れてるめぐみんの後を追いかけた。
服を選び終えて、会計に並ぼうとしていた時。ふと、めぐみんが足を止めてある服を手にとった。俺が覗こうとすると、めぐみんはそれをサッとカゴの中に入れた。
「どうしたんだ、めぐみん?」
めぐみんはこっちを向いて少し慌てながら
「いえいえ、なんでもありませんよ。ちょっといい服を見つけただけです」
そう言ってから、ふと、何かを思いついたのか手をぽんと打って、めぐみんが口を開いてきた。
「カズマカズマ。ここに来る時、カズマは何でも1つ言うことを聞いてくれるって言いましたよね?」
あー、爆裂魔法を撃たせないためにそんな事言ったな。
それを思い出し、俺は頷く。
すると、めぐみんは嬉しそうな顔をし、ニヤニヤしながら言ってきた。
「では明日、私とデートしてください」
なんだ、そんな事か。
「そうか、わかった。デートな。……ってええっ!なんでいきなりっ!いやちょっとまて、それは難しいぞ。あっ、嫌とかじゃなくてむしろしたいが、ほら。アクアとダクネスも一緒に来てるから俺たち二人きりってのは……」
不安そうな顔をしてるめぐみんに気を配りながらそこまで言った俺に、めぐみんが重ねて言ってきた。
「でも、カズマは何でもって言いましたよね?じゃあ、そこを何とかするのもカズマの義務なのでは?」
ううっ。そう言われると言い返せない。いや、楽しみなんだけどさ。あいつらを言いくるめるってどうやればいいんだよ。自信ねえ……。
俺が何も言わないでいると、それを肯定と受け取ったのか、めぐみんは
「それじゃあ決まりですね。私はニホンの事はよくわからないので計画はカズマに任せます」
そう言ってレジの方へ行ってしまった。その後ろ姿を見ながら、俺はそっと呟いた。
「……どうすればいいんだ…?」
外に出てしばらく待っていると、会計が終わっためぐみんが出てきた。そしてその後には袋を沢山持ったダクネスとスキップしをしているアクアもいる。よく見ると、めぐみんもアクアも袋を持ってない。
あいつら、全部ダクネスに持たせてやがる。
「おい、めぐみん、アクア。荷物全部ダクネスに持たせるなよ」
しかし、二人は難しい顔をして無視する。
こいつらにこれ以上言っても意味が無いと理解した俺はダクネスに近づき
「一個持ってやるよ」
そう言って手を差し出した。すると、ダクネスはその手から袋を遠ざけた。
「どうしたダクネス。遠慮しなくていいんだぞ?」
「いや、お気遣いなく」
そう言って、俺の袋も奪い取ってきた。
「いやいいって。流石に全部女にもたせるっていうのは良くないだろ」
俺が袋を取ろうとするが、またしても袋を遠ざけてくる。
「お気遣いなく。だ、だって、こんなにある荷物を私一人に持たせるなんてシチュエーション、いじめの時ぐらいしか出来ないではないか!ああ、ぞくぞくする…!」
「俺の親切な気持ちを返せ!」
ダクネスは顔を赤く染め、もじもじしていた。
こいつ、本当に大丈夫か?そろそろやばい気がするのは俺だけだろうか。
俺が本気でダクネスを心配しているとアクアがはしゃぎながら言ってきた。
「それよりも、早く映画のチケット買いに行きましょうよ。私は映画が観たいの!」
「わかったわかった。あんまりはしゃぐな駄女神。今調べるから」
めぐみんが俺に襲いかかってくるアクアを抑える。
……めぐみんには日頃の感謝も込めて、ちょっと張り切ってデートの計画を立てないとな。
アクアを必死に抑えてるめぐみんを見て、俺はそんなことを思った。
着替えを済ませ、映画館に着いた俺達はチケットを買ってから売店に並んでいた。
「さっきは適当に説明してたから、ちゃんと説明するわね。映画って言うのは映像をバックにこのポップコーンを食べるというものなの」
「なるほど。映像を時折見ながら食事をするということか」
「ポップコーンを食べるのがメインで、映像はおまけという事ですね」
「違ぇーよ!アクア、あんまり変なこと教えんな!こいつらがバカになるわ!」
アクアを怒鳴ると、周りの人が俺の事を見てくる。ヤバい、ついいつものノリでつっこんでしまった。
「プークスクス!カズマったら大声出してめっちゃ目立ってるんですけどー!」
笑ってくるこいつは、後でトイレの場所聞いてきた時に全く違う場所教えてやる事にしよう。
俺は気を取り直して映画について二人にちゃんと説明し、ポップコーンと飲み物を買った。
待ち時間の間、俺たちはグッズ売り場に行った。そこにはなんと、俺たちのグッズが沢山置いてあった。
「おい、見ろよ!俺達のグッズだぞ!」
「わあ、本当ね!主人公の筈なのにカズマさんのグッズは少ないけどね」
アクアが俺も少し気にしてた事をサラッと言ってくる。
だって、女より男の需要が少ないのは仕方が無いじゃないかっ!俺のファンもいてくれるんだからな!
「この私のグッズに、サインでも書いたらきっとバカ売れ間違えなしでしょう!」
「良いわね!やりましょう!」
めぐみんとアクアが馬鹿なことを言っている。が、
「それはいい考えだな!よし、俺も自分のグッズにサインするぞ!」
俺も同調する事にした。だって、俺のグッズもっと売れて欲しいし。
「おい、お前ら。流石にそれは不味いのではないか?」
あたまの堅いダクネスがそんな事を言ってくるが無視する。
俺はペンを取りだし、俺のグッズにサインを書こうとして……
「お客様!何やっているんですか!顔が似てるからって勝手にサインされては困ります!」
店の店員にペンを取り上げられて怒られた。
ダメだったか。
俺達がブーブーと言って拗ねている中、ダクネスが店員に何回も頭を下げ謝っていた。
そしてこちらに来たかと思うと、俺たちの頭を一発ずつ殴ってきた。
「痛ぇー!何すんだダクネス!」
「そうよ!この気高き水の女神アクア様を殴るなんてどういう事よ!」
「……」
俺とアクアはダクネスにぎゃあぎゃあと言い返した。めぐみんは黙っているので反省しているのだろうか。
「なんで私はこっちの世界に詳しい筈の二人を叱っているのだ!」
うっ。そんな正論を言われると何も言い返せない。俺達は黙る事しか出来なかった。
そんなこんなありながら、俺達は映画が始まるまでダラダラとまっていた。
しばらくすると、開場のアナウンスが流れてきた。
俺達はシアターに入り、4人並んで席に座る。因みに並び順は左からダクネス、アクア、俺、めぐみんだ。俺はめぐみんとダクネスに始まる時に暗くなる事を言った。そして他の注意事項についても説明しておく。
「お前ら、映像中は立ったり、喋ったりするのは禁止だからな。少し喋るぐらいなら大丈夫だろうけど、うるさくなるのは迷惑だからあんまり騒ぐなよ」
「わかった、カズマ。映画の間は静かにしていれば良いのだな?」
ダクネスは流石、物わかりがいい。
「それは約束出来ませんね。我が爆裂魔法を映画の中で撃つことがあれば、静かにしているなんて出来るはずがありません!」
「マジでやめてくれ!」
めぐみんは流石、物わかりが悪かった。
そんなめぐみんに少しヒヤヒヤしながらも、俺は映画が始まるのを楽しみに待っていた。
映画が終わった後、俺達は先に予約しておいたホテルへと歩いていた。
映画の間中、アクアがはしゃいだり、めぐみんが自分の活躍シーンで立ち上がりそうになったり、ダクネスは……特に何も無かったが、とにかく両隣が問題ばかり起こしゆっくり映画鑑賞は出来なかった。
映画すらまともに見れないとは思いもしなかった……
因みに俺達の反応はと言うと。
まず、アクアはずっとはしゃいでいた。今も尚、俺の背中を叩いて笑ってめぐみんとダクネスと話している。
痛いからやめて欲しい。
次にダクネス。ダクネスは思いっきり落ち込んでいた。理由はひとつしかない。ほぼ全くと言っていいほど活躍出来ていなかったからだろう。もしかしたら、もう一つあるのかもしれないが……自意識過剰だと言われると嫌なので黙っておく。
めぐみんはというと、終わった直後は平静を装いながらも顔をほんのり紅くしていた。理由としては俺と寝ているシーンを見られた上に、アクアに『めぐみんってやっぱりエロみんだったのね』と言われたからだと思う。
そして俺はというと、凄い興奮していた。
だって俺が主人公だし!なんか、本来の話よりカッコよくなってるし!俺、MVPと言っても過言では無いぐらい活躍してたじゃん!あれ見たらそりゃ興奮するだろ!
そんな感じに各々色々な気持ちになっているだろうが、俺たちの冒険がこうして映画になっていたというのは、やはり嬉しかったのだろう。みんな今では笑顔で映画の事について話しながら歩いていた。
ホテルに着くと俺は自分の部屋へ直行した。今回は俺だけ一人部屋で、ほかの3人は同じ部屋にした。
俺も同じ部屋でいいじゃないかとも思ったが流石に言えなかった。
俺は荷物を置いて、ベッドへと倒れ込む。アクアが言うに、異世界転移は、精神と身体両方にすごい負荷がかかっているらしい。だからしっかり休んでちょうだいと言っていた。確かに今日は凄く疲れた。体がだるい。
俺は少し寝ようと思い、スマホのアラームを夕食の待ち合わせ時間セットして、ゆっくりと目を閉じた。
耳元でアラームの音が鳴っている。じりりりりりという電子音だ。それと、ごそごそ。アラームとは違う音も聞こえる。
俺はアラームを止めようとスマホに手を伸ばし……
何か温かいものに手が触れた。
スマホじゃないな。
そう思って未だ眠い眼を開け、手をが触れているものを見る。
どうやら誰かの手がスマホを掴んでいて、その手を俺が触っていたようだ。
俺は手を離し、手の主を確認するため顔を動かす。すると
俺は俺の上に跨っているダクネスと目が合った。
「「……」」
しばらく無言のまま見つめ合う。
そして、ようやく俺の脳が動き始め、ばっと慌てて起き上がる。
そして、俺はダクネスの頭に頭をぶつけてしまった。
「っ!いってぇーっ!!」
「お、おい!大丈夫カズマ!」
ダクネスがベッドから降りて俺を心配してくれるが。
「なんでお前は平気なんだよ!作用反作用で同じダメージのはずだろっ!てかどんだけ頭硬いんだよ!」
「硬っ!!硬くはないだろう!それも思ってても女に言うのはどうなのだ!」
そう言って逆に怒ってくる。俺はそれを受け流し、それよりもっと気になる事について尋ねる事にした。
「というか、何でお前は俺の上に跨ってたんだよ」
すると、ダクネスは目を逸らしてもじもじする。
「そ、それは、いきなりその、スマホ?とかいうのから音が鳴り出して止めようと思ったから……」
そう言ってきた。
……怪しい。
「それなら、別に俺に跨らなくても良くないか?」
俺が言うと、ダクネスがビクッと体を震えさせた。
「ま、まあそれはなんというかだな。いろいろあってな」
ダクネスがそう言うと同時に俺はベッドからおりて、めぐみんの部屋に向かって小走りで走る。
「めぐみんー!ダクネスに侵されるっ!」
と心が叫びたかっていたが、ホテルの廊下で流石にそんな事は言えないので、小さい声で呟く。
「お、おい!待ってくれ!それと、聞こえないようにしてる様だが思いっきり聞こえているぞ!」
おっと、聞こえていたか。仕方がなく立ち止まり、ダクネスを待つ。この世界でステータスとスキルが使えるのかは分からないが、今の俺はダクネスより速かったようだ。逃走スキルでも働いたのか?
そんな事を思っているうちに、ダクネスが追いつき、言ってきた。
「確かに少し調子に乗ったのは謝る。だけど、私はめぐみんとアクアに頼まれて起こしに来ただけだ」
なるほど、確かに俺は鍵は掛けてなかったし。
「それじゃあ、そう言えよ。それでも跨っていたのは気になるが、もういいか。そういう事なら食堂行こうぜ」
「待ってくれ、カズマ」
食堂に行こうと歩き出した俺を、ダクネスが止めてきた。
「なんだ、ダクネス?」
俺はダクネスを見る。ダクネスはもじもじしながら顔を赤らめていたが、しばらくして、俺を真っ直ぐ見つめ返して言ってきた。
「明日私と二人で、デ、デートしないか?」
こいついきなり何言ってるんだ?ふと俺は、今日めぐみんにデートに誘われたのを思い出す。めぐみんと約束してるのだから流石に無理だなぁ。そして、ダクネスには悪いが断るために口を開こうとして……
ダクネスの不安そうな、期待する様な顔を見て、俺は断るのが辛くなり口を閉じた。
昔ダクネスに告白された時、俺は断った。それはダクネスも覚えているはずだ。それでも、今日こうやってデートに誘ってきた。そのひたむきさに、俺は断れなくなってしまった。しかし、明日はめぐみんとデートに行く。それだけは譲れない。
そう考え、俺はダクネスをもう一度見てからゆっくりと口を開いた。
「明日は、めぐみんと出かける約束をしてるんだ。だから明日は無理だ」
そう言うと、ダクネスは顔を俯かせて、そうかと悲しそうな声で言ってきた。だが、俺は続ける。
「明日はめぐみんとデートだから無理。それでも。めぐみんとデートの後、明後日でもいいと言うなら。デート、行かないか?」
俺の事を思ってくれている人がいるのに、その人とは別の人とデートに行く事は絶対に良くない事だろう。それはわかっている。俺もめぐみんが他の人とデートに行っていたら嫌な気持ちになると思う。
でも俺は。こんなに俺の事を思ってくれている人を、仲間を、切り捨てることは出来なかった。
……めぐみんは怒るだろうか。怒るだろうな。その代わり明日は本当に楽しい一日にしよう。
俺は、そんな事をの心に決めてダクネスの方を見た。
ダクネスはというとそんな俺の言葉を聞き、俺を心配するように、少し悲しそうに。しかし、嬉しそうにしながら
「わかった、カズマ。……ありがとう」
そう言って、俺の前を食堂に向かってそそくさと歩いていった。
その声は、少し震えていたようにも聞こえたが、気のせいだったのかもしれない。
→ 2話に続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます