夢砕く者
『サラ!』
目を開けると、そこには見慣れない天井があった。
いや、一度だけ見たことのある、質素で寂しげな部屋の天井だ。
首にぶら下がる水晶は、何度もサラの名を呼んでいたようだ。
「ずっと呼んでくれてたんだね。ありがとう。そうか……あれは夢だったんだね」
『あながち夢というわけでもないようだ。外を見てみろ』
いつになく余裕のないリュー。それが冗談でもないことはすぐにわかった。
サラは起き上がって窓を開ける。
そこには、数えきれないほどの半透明な塊が彷徨っている。形こそないものの、一つひとつに意思の残滓があるように見える。
泣いているようにも、不気味に笑っているようにも聞こえるその声に、サラは嫌な予感がした。
「これは、この町の……」
「ニオイを嗅ぎつけて来てみれば……ハハッ、ホントに魔法使いじゃねぇかぁ」
あのとき出会った少年の声。今度ははっきりと、人間の声として聞こえる。
見上げると、サラのいた建物の屋根に、彼は立っていた。
背丈は高くも、子どもらしさの抜けない顔つき。全身を赤黒いマントを身につけ、銀色の髪を揺らす。夢で見た姿と変わりない。
ざんばらに伸びたそれの隙間から、鈍く光る赤色の瞳が、サラを睨んでいた。
「お前が、この町を?」
「そうだ。ちょちょいっとやったらすぐに全員死んだ。やっぱ人間って保守的で、思い込みが激しくて、愚かだよなぁ」
無邪気に笑う彼には、罪悪感の色などなかった。
まるでそれが当たり前のように、彼は言う。
サラが夢だと思っていたあの光景。ただの夢ではなかったのだと、理解した。
この町にいた人たちは皆活気に溢れ、楽しそうに日々を過ごしていた。それが永遠に続くのだと、信じて止まなかったはずだ。
だからサラには、あんな終わりを与えた彼を、許せない。
「君が、この町の人間を殺したのか」
「さーねぇ。どうだと思う?」
「やったのかと聞いているんだ!」
声を荒げ、屋根の上で胡坐をかく彼を睨みつける。
対する少年は乾いた笑みを浮かべ、答える。
「まぁそう怒るなよ。俺とお前、そう歳も変わらないんだぜ。最悪な時代に生まれた者同士、仲良くしようぜ?」
その口ぶりは、まるでサラを知っているかのようだった。
サラが今までに関わった魔法使いは多くない。少なくとも、この少年と出会うのは初めてのはずだった。
「私を知ってるの?」
「知ってるもなにも、魔法使いの間じゃ有名人だぜ。魔法使いの噂は、カルラークの春風よりも速い。サラ=メルティア。最後の魔法使い、そして臆病者のアリアの弟子。だろ?」
全身を巡る血が、一気に温度を上げて沸騰するようだった。
頭に血が昇って冷静ではいられない。この町のことも、魔女病のことも頭から消え去りそうなほど――強く、怒る。
「アリアは臆病なんかじゃない」
「あれが臆病以外のなんだっていうんだ。力はあっても振るわず、あろうことか俺たちを殺した人間と仲良くしましょう、だと? ふざけるのも大概しろって――」
「ザッハ・アルカルド」
少年が言いかけたのも束の間、素早く放たれた風の魔法が、少年のいた屋根へと直撃する。
瞬時に躱したものの、屋根は大きく砕け散った。そよ風などではなく、圧縮された風が刃となって襲い掛かった。
くるりと回って少年は地面へと着地し、口笛を吹く。
「いいねぇ。思ったより血の気が多い。これは、楽しめる」
依然として少年は笑う。その姿を見て、サラは気付いた。
この少年。この魔法使いは、自分とは決定的に違う。考え方も、人生観も、すべてがズレて、乖離している。
間違いなく、彼は噂の魔法使いだ。
「盗賊に、魔道具を売ったことはあるか」
「覚えてないなぁ。適当に作ったおもちゃなら、あるかも」
「バロン村を滅ぼしたのは」
「バロン? ああ、あれな。俺を吊るし上げようとしたから、返り討ちにしたっけ」
サラは押し黙る。
もう十分だった。これ以上聞く意味などなかった。
怒りをぶつけるには、十分すぎる理由が、彼にはある。
「なぁ他には? もっと聞くこととかねぇのかよ」
「……もういい。君の姿は、もう二度と見たくない」
潜めていた藍色の瞳は赤く瞬く。感情が昂り、相乗してサラの周りにマナが集まる。
彼は自分の敵なのだと、断定した。
「俺はディロウ。この世を恨み、破壊する者だ!」
少年、ディロウが手を振りかざすと、彼の背後から漆黒の扉が現れ、ギシギシと音を立てて開く。
中から飛び出してきたのは、黒い体毛を生やしたオオカミが数匹。額には扉と同じ紋様が刻まれている。
目にも止まらぬスピードで、サラめがけて鋭い歯を向ける。
しかし、サラは動じない。そして、囁いた。
「力を貸して。リュー」
『当然だ』
サラの首にかかった水晶を頭上に放り投げる。瞬いたのと同時、光を覆い隠さんばかりに現れたのは、オオカミよりも遥かに大きな生き物。
黒い鱗に覆われ、家屋よりも大きな翼を広げる。
ガアッと、リューが一度吠える。
他の生物を圧倒する咆哮は、その場にいるすべての生物を委縮させた。
尻尾一つでオオカミすべてを薙ぎ払い、ディロウの表情にも動揺が走る。
「ドラゴンを連れてるって噂、あれマジだったのか」
サラは凍り付きそうなほど冷たく、彼を睨みつける。
魔法で戦ったことのないサラだったが、力の差は歴然。
その気になれば――否、それ以上は考えない。
「ディロウ。私は、君を許さない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます