旅の供
「おや、起きたかな? お弟子ちゃん、朝だよー」
目が覚めて最初に視界に映ったのは、赤いスーツの派手な配色の男だった。
本心かどうかも定かではない満面の笑みを薄眼に見つつ、サラはゆっくりと上体を起こす。
地下にいるので陽光が差し込むこともなく、今が何時であるかは時計を見ないと判断がつかない。短い針が七を差していることで、サラはようやく今が朝だと認識する。
「いつの間に寝ていたのか」
重い瞼を擦りながら背筋を伸ばす。やはり地面で寝るよりも起床後の身体はずっと楽で、のんきに欠伸をした。
「お前さんが寝ている間にできたぞ。自分の目で確かめてくれ」
重かったはずの瞼はすぐさま開き、すくっと立ち上がるなり駆け足でカウンターへと向かう。
それは紫の布の上に、一つひとつ並べられていた。
「ローブには錯視の術式を入れておいた。これでわざわざ魔法をかけっぱなしにしなくても髪と瞳の色は変わる。あとは魔法を封じられない鉄製のナイフと、魔獣除けの腐らない香草。これは小瓶に入れてこのベルトに付けておくといい」
「こんなにたくさん……本当にいいのか?」
どれもこれも目移りするような代物ばかり。
そのどれもが旅に役立つ品ばかりで、サラの旅が快適になることは間違いない。
しかしすべてが繊細に組まれた術式のものばかりで、きっと値段にすれば一か月は悠々自適な生活ができるだろう。
「久しぶりに魔道具を作ったからな。品質は保証できない。その代価ってことで構わんさ」
「……ありがとう」
早速グレーのやや幅の広いベルトを腰に巻き、小瓶が入る程度のホルダーに香草を、大きめのホルダーにはナイフを仕舞い込む。
ローブを肩にかけると、途端に鮮やかな銀色の髪は夜を思わせる黒へ、瞳は炎を纏ったような赤から深海の如く深く透き通った藍色へと変わる。
魔法をかけ続けるよりもずっと負担は小さく、荷物は増えたはずなのにどこか身体が軽くなった気さえする。
満足げにくるくると回って自身の姿を見るサラを見て、ローグもまた満足そうに微笑んだ。
「いつにも増して優しいねローグさん。それで、ボクのはできてる?」
「当たり前だろ」
今度は雑に、ウォーカーめがけて紫色のマナが入った小瓶を投げ渡す。
わたわたと落としそうになりながらもなんとか彼の手に収まり、ほっと息を吐く。
「不具合があればまた来るといい。ウォーカーは何もなくても来るけどな」
「ボクはほら、傍観者であり魔法使いを見守る役目だからさ」
「勝手にやってるだけだろ……」
軽い口調のそれを受け流し、ローグは早く帰れ、といわんばかりに手で払ってみせる。
ウォーカーは苦笑いしつつ、隣のサラの方へ向き直り、じゃがんで視線を合わせる。
「じゃあボクはここで。そうだ、この辺を回るならエデンのところに行くといい。彼とは一度話しておくと、いいことがあるかもね」
「エデン……その人はどこに?」
サラが首を傾げて問うと、ウォーカーはまっすぐ西を指差した。
「カルラークの最西端、ヴォッカ草原のどこかに湖がある。それが彼の家さ」
最西端、ここから少し距離はあるが、魔法使いならば話はしておきたい。サラが目的地を決めたところで、ウォーカーは颯爽と階段へと歩を進める。
「じゃあね、小さな魔法使い。君の旅路に幸運があるよう、祈っているよ」
そんな台詞を残し、彼はまた音もなくその場から姿を消した。
「せいぜい長生きしろよ」
「うん。ローグも元気で。また来るよ」
サラはローグに深々と頭を下げ、階段を上がる。
――振り返ると、そこにはもう階段の姿はなく、閑散とした部屋に戻ってくる。同時に窓から朝日が差し込み、サラは目を眩ませる。
指の隙間から零れる日の光は久しぶりのようで、一際眩しく、そして明るく感じる。
「リュー、起きてる?」
『もちろん』
「今日は……朝日が綺麗だね」
そうだな、とリューはやや面倒そうに答える。そんな態度ももう慣れたもので、サラはまた歩み始めた。
この世に生きている魔法使いは、サラだけではない。それぞれの信念があって今を生きている。
少なくとも魔法使い同士は助け合い、互いを認め合っている。それがはっきりと判る、そんな一日だった。
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