4章 憤怒の魔法使いと鎮魂の炎
忘却の彼方
魔女狩りの話を聞いたのは、すべてを失った後だった。
だから少年には、映るすべてが理不尽にしか見えなかった。
「ごめんな。×××。こんな苦しい時代に生んでしまって」
数少なく覚えている、父の言葉。
母は後ろで泣いていて、その声がいつまで経っても耳から離れない。父もまた、目を潤ませていたように見えた。
暗い路地を、少年は父と手を繋いで歩いた。鬱屈とした森の中で足を止めると、父は言った。
「お前だけでも逃げてくれ。できることなら、自分が何者かを、知らないでくれ」
そうして彼は一人になった。
そのときは何故捨てられたのか、何故生まれついた銀色の髪を黒に染められたのか。一つひとつの行動に、少年は疑問を抱く。
しかしどう問いかけようと、父も母も答えてはくれなかった。
納得がいかなかった少年は、しばらくして自分の家へと戻る。しかし、そのときには、父も母も忽然と姿を消していた。
まるで最初から誰もいなかったかのように、冷たく寂しい空間が広がっている。
――遠くから見えた、轟々と燃え上がる炎の正体を、知らなければよかった。
父と母がまだ生きているのだと、信じていればよかった。
自分が何者なのか、知らなければよかった。
あの日から少年を動かしているのは、あの日の炎の如く燃え盛る怒りと、計り知れない憎悪のみ。
愚かな人間たちを、自分を生かした両親を、そして運命を。
すべてに憤った。すべてを恨んだ。力の限り、破壊したいと願った。
失うものはなにもなかった。家も、血も、自分の名前すらも、忘れている。
無法者たちが蠢く、狭く暗い路地で、日々少年は憎悪を膨らませていた。
そこへ現れたのは、一人の魔法使い。顔のないその人間は、少年へ問うた。
「人間が憎いか?」
少年は迷わず答える。
「この手で壊せるのなら、最高だね」
顔のないそれは、微かに笑ったように見えた。少年の頭に、黒く冷たい手が置かれる。
それから、少年はさまざまなものを学んだ。
魔法の知識、歴史、そのどれもが、少年にとっては絶望に他ならなかった。
同時に、彼の抱いていた疑問の点が線となり、それはより大きな感情へと昇華する。
怒る理由を見つけた。憎む相手を見つけた。
そしてなにより、彼らの壊し方を知ってしまった。
「怒りに従いなさい。魔法使いは生きているのだと、証明しなさい。今日からお前は、ディロウだ」
新たな名を得た少年、ディロウは、動き出した。
十数年溜め込んだ感情を解放させ、破壊の限りを尽くすと決めた。
「やめろ。やめてくれ!」
――自分を虫けら扱いしていた、裏路地の人間たちを殺した。
「死にたくない。死にたくなぃぃぃぃ」
――お前たちが殺してきた魔法使いに比べれば、どうということはない。
「俺たちがなにをしたっていうんだ?!」
――ああ、大いにしたとも。
少年を作ったのは、この理不尽な世界。
美しく、壮大で、残酷な世界。それらすべてを、壊したい。
少年の名はディロウ。
魔女狩りの後に生まれた魔法使いにして、破壊の化身。
彼の牙がどこに向けられるのか、誰にもわからない。
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