勇者でも魔王でも、最強でも最弱でもないボクら

鳳つなし

第1話 初めてだらけの夜

「私は殺してもいい人間を探していてね。君はその願いに近そうだ。拾ってやろう」

 そう言ってその針金のように細く、黒い人はボクを連れ去った。

 マスクにシルクハット、革の手袋に靴まで全身真っ黒でいかにも怪しかったけれど、現在から抜け出せるのなら、連れていかれてもよかった。

「どこへ連れてってくれるの?」

「そうだな。私は家を持っていないからね。どこが目的ということはない。適当な場所があればそこが行くべき場所なのさ」

 このおじさんの言っていることはよくわからないけれど、ここじゃないどこかへ行くのだというのだけはわかった。それだけで十分だった。

 どうせ死んだって構いはしない。

 そんな人生だったから。


 ボクとおじさんは町から離れた場所にある、小屋の扉をこじ開けて、そこで夜を明かすことにした。

「いつ、殺すの?」

「まだ君が殺してもいい人間かどうか、判断していない。そう焦らなくてもいいだろう。死ぬのなら、いつであろうと関係がないんだから」

 おじさんは小屋にあった毛布にくるまり、早くも寝ようとしていた。少なくとも今日は殺さないらしい。

 急にいなくなってお父さんとお母さんは心配しているだろうか。

 もしかしたら町の人たち総出で探していて、ここも簡単に見つかってしまうかもしれない。そうしたら、いつもの生活に逆戻りだ。

 お腹が空いて眠れない。それにこんな硬い床で寝るのは初めてだ。毛布も薄い一枚しかないし、壁には隙間が空いていて、風が入ってくる。シャワーも浴びてなければ寝巻きにも着替えていない。

 こんな初めてだらけの夜をボクは見知らぬ人と過ごす。

 ちょっぴり悪いことをしているような気分で、心臓の音が大きくなった。

 目を瞑って浮かんでくるのは、おうちにあった大きな時計がカチカチと振れながら動く様子だった。あれを見ていると時間が過ぎていくのを実感できて、生きている気になれた。

 けれどここには時計なんてない。もしかしたら、今、時間が止まっているのかもしれないと思った。

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