A to Zの物語
登坂くだる
“Insensitivity“ and “Calm”
出会いと別れの季節。よくあるこの季節の代名詞だ。この言葉を聞くと僕はあることを考える。
人間が生まれてから出会う人数と、生まれてから別れる人数はどちらが多いのかと。
僕は出会う人数の方が多いと思う。別に僕らはみんな繋がってるとか、みんな同じ空の下とかそんなロマンチックなことが言いたいわけじゃない。
ただ別れる人数が少ないと思うだけだ。このご時世、みんな『メールやらSNSやらで』繋がってる。卒業して学校が別々になるとかでよく別れを惜しむ人がいるけど、そういう人たちは大抵の場合では連絡を頻繁に取ろうとするし、取る手段もある。
よく言えば離れにくく、わるく言えば別れづらいのだ。
切りたい関係、忘れたい思い出を振り切ることができない。
「だから今日という日にもあまり正直に寂しいと思えないんだ」
僕は帰る先輩たちと見送る同輩たちを教室の窓から見下ろしている。
「前から思ってましたけど、Iさんって結構ドライですよね」
後輩がペットボトルのラベルを剥がしながら僕に言った。邪魔だったのだろうか、いつもは下ろしている長い髪を括っている。
「自分でも思うよ。でもこういうのは治せるものでもないだろ」
僕たちの高校は今日、卒業式を迎えた。空は快晴、気温もちょうど良くてまさに「大変良いお日柄」という感じだ。
僕は演劇部に所属している。我が部では毎年、卒業式後に開いている教室で先輩を送る会を開いているのだが今年で僕は最後の「送る側」の役目を終えた。あとは送られるばかりだ。
「でもめっきり会えなくなりますよ」
後輩のCはペットボトルのラベルを全て剥がし終えると机の並びを戻し始めた。
「そう考えると少しは寂しいんじゃないですか」
というか手伝ってくださいよと言われて僕も机を戻し始める。
「そういうもんなのかな」
「先輩って恋人と別れるときもあっさりしてるんじゃないですか」
「できたことないからわからないな」
Cは机を片付け終わると手を払い、髪を下ろした。
「何回聞いてもそれは意外ですよね。モテそうなのに」
以前からよく思うのだがこの「モテそうなのに」という言葉は暗に自分の性格が悪いと言われているようでいい気分がしない。いや実際に良くないのかも知れないが。
「お前は寂しいとか思うのか」
僕は机に腰掛けて自分の飲み物の蓋を開ける。
「思いますよ、泣くほどじゃないですけど」
それはそれである意味ドライだ。
「こういうイベントって寂しく思わない自分が冷たい奴なんじゃないかって気がして切なくなるんだよな」
この教室だって五十分ほど前は賑やかで、先輩や下級生やらが思い出話に耽って、これからのことを話していた。当然楽しかった。今の二人しかいない状況を寂しいとは思える。先輩たちが好きだった。仲の良い人もいればあまり話さなかった人もいたが、総じてみんな優しかった。そんな先輩たちに送る言葉はあった。でもそこに別れを惜しむ気持ちは無かった。僕はそれがひどく申し訳なく思えた。
自分が後輩たちと別れる時、彼らは自分との別れを惜しんでくれるのだろうか。
「お前は僕が来年、卒業するときに寂しいと思うか?」
「思うんじゃないですか?」
「泣くか?」
「わかんないです」
僕は思わず笑ってしまった。Cのこういうところが僕は嫌いじゃない。
Cがそそくさとペットボトルのゴミを何本か抱えて捨てに行こうとする。
「でもまぁ、寂しいと思いますよ。今想像して少し心が痛みましたから」
「それはそれは、ありがたい話だ」
ドライな彼女にそこまで別れを惜しまれるのであれば、それはそれなりに仲の良い先輩だと思われているのだろう。
そう言うと彼女は驚くほど呆れた顔をした。差し込んだ夕日のせいで歪んだ口元の影がよく見える。
「なんだよ」
「いえ、先輩に彼女ができたことがない理由がよくわかっただけです」
それだけ言い残して彼女は指定のゴミ捨て場へと走っていった。
どういう意味だったのだろうか。おそらくこれは訊き直しても教えてはくれないだろう。
「まぁ来年訊き直せば教えてくれるだろう」
そう独りで呟いてから僕は彼女が持っていけなかったペットボトルを抱えて彼女を追いかけた。一年後にまだ僕が特別な先輩であることを願って。
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