第58話 いつもの日常

「兄ちゃん。聖者って何の事なんだい?」


 乗合馬車の御者さんが、俺に向けられる聖者コールを聞いて、不思議そうに尋ねてくる。

 おそらくこの人は違う街に住んでいて、ただの興味本位で聞いているだけなのだろう。

 だけど、恥ずかしさが増すのでそっとしておいて欲しい。


「さ、さぁ何の事でしょう。それより、出発は未だですか?」

「いや、兄ちゃんたちを加えても、あと三席空いているからな。その三席が埋まったら出発だよ」

「じゃあ、追加で三席分買います。だから、早く出発してください」

「そういう事なら構わないぜ。じゃあ、出発だ」


 何人かの観光客と俺たち三人を乗せた乗合馬車が、次の街へ向かって出発した。

 俺は元の世界ではサラリーマンだし、この世界でもなんちゃって薬師なんだ。

 聖者なんて呼び方は恥ずかしいので、本当に勘弁して欲しい。


――アヴェンチェスの町の悩みを解決した事により、貢献ポイントが付与されました――


 乗合馬車が出発してから少しすると、あの聞いた事のある声が頭に響く。

 また実家が増築されるのかと思っていると、


――貢献ポイントが一定値を超えるとボーナスが付与されます――


 アナウンスで終わってしまった。

 どうやら今回の付与では、ポイントが一定値を超えなかったらしい。

 まぁつい最近屋根裏部屋が出来たばかりだしね。

 それにまだ全然活用出来ていないし。

 一先ず、乗合馬車で行ける所まで行って、着いた街で食糧と植木鉢などを購入し、ついでに街の周辺に生えている植物を採取して、いつもの様に城魔法で出した実家で一泊する事になった。

 流石に馬車の中で夜を過ごすのは辛いしね。

 せっかく無料で宿泊出来るスキルがあるのだからベッドでしっかり休みたいし、乗合馬車の停留所で見た案内板によると、この街から商人ギルドの本部があるヂニーヴァの街へ行けるそうだ。

 商人ギルドの本部ともなれば、沢山情報が集まり、きっとアーニャの家族の情報が得られるはずだから、明日は忙しい日になると思う。

 そのためにもちゃんとした休息を……と、いつも通り就寝して目覚めると、


「お、お兄さ……ん」


 セシルの様子がおかしい。

 毛布の中で俺に抱きつき、何やらモゾモゾしていた。

 だが、俺は知っている。

 これは前にも見た、アレに違いない!

 俺は確信と共に倉魔法を使用し、暗視目薬を取り出すと、すぐさま使用して毛布を捲り上げる。

 そこには服がはだけたセシルと小さな妖精が居た。


「ほら、やっぱりガーネット……って、セシルは何をしているの!?」

「お、お兄さん……服の中に何か虫みたいなのが入って……」

「もぉー! 誰が虫なのよーっ! 二人とも起きないから、いろいろ試していただけなのにー」


 あ、俺にもやってたのか。

 でもガーネットの力だと、弱過ぎて気付かないからなぁ。

 とはいえ、毎日暗視ポーションを使うのも違う気がするし。


「まぁいいや。で、ガーネット。今日は何の用事なの?」

「えっとねー。一つは前に作って貰ったフェイス・ローションが欲しいのと、それから別のお願いがあってやって来たんだー」

「フェイス・ローションはすぐ作れるけど、別のお願いって?」

「えっとねー。女王様から、顔のケア以外にも何か綺麗になる物が無いか探して来いって言われててさー。今、私たち妖精が必死に探しているんだよー。ねぇ、何か良い物は無いかなー?」


 良い物は無いかと聞かれても、俺は女性の美容に詳しい訳でも何でも無いんだが。


「セシル、セシル……ちょっと起きて」

「お兄さん。取って……服の中に入った虫を取ってよぉ」

「いや、虫とか居ないから。というか寝ぼけてないで、起きてくれよ」


 寝ぼけたままのセシルが俺に抱きつき、それを絶妙なタイミングで起こしに来たアーニャに見られ……と、ある意味いつもの日常を過ごした後、朝食を食べながら完全に目覚めたセシルに改めて聞いてみる。

 ちなみに、セシルとアーニャにも目薬を使って貰い、ガーネットにも朝食をおすそ分け中だ。


「という訳で、妖精の女王様が新しい美容品が欲しいそうなんだ」

「ちょっと待ってください。リュージさん、今の話だと既に何らかの美容品を渡していたのですか?」

「え? 言ってなかったっけ? フェイス・ローションっていう、玉章の花粉を薬にした物があるんだ」

「聞いてないですよー! それ、私にもくれませんか? お肌が綺麗になるんですよね!?」

「いや、アーニャには必要無いと思うよ。そんなの使わなくても綺麗だし」


 こういう事を言うと、妖精の女王は肌が綺麗じゃないのか? と思ってしまうけど、会った事も見た事も無いから何とも言えないんだよね。


「ねぇ、お兄さん。ボクは? ボクはどうなの?」

「セシルも必要無いよ。綺麗だもん」

「えへへー。お兄さん、ありがとー」


 わざわざ言わなくてもセシルの肌は綺麗なのに、どうして改めて聞いてきたのだろうか。

 まぁ機嫌が良さそうなので、別に構わないけどさ。


「二人ともイチャイチャしてないで、何か美容に良さそうな物を考えてよー! ちゃんとお礼はするからさー!」


 別にイチャイチャはしていないのだが、何故かガーネットに催促されてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る