第29話 初めての患者さん

「これは……変わった形ですが、家ですか?」

「家でもありますが、診療所でもあるんですよ」

「診療所?」

「まぁ、小さな病院だと思って貰えれば。で、俺はスキルでこの診療所を呼び出す事が出来るんですが、内密にお願いいたしますね」

「分かりました」


 住居用の扉からではなく、正面の斉藤クリニックとしての入口から入ると、そのまま診察室へ。

 キョロキョロと周囲を見渡すお姉さんに、クルクルと回る椅子を勧めると、


「では貴方の――いえ、この町で猛威を振るっている症状を診察しますので、む……」

「む? あの、む……とは?」


 胸を見せてくださいの一言が言い出せず、聴診器を手にしたまま思わず言葉に詰まる。

 セシルの時は少年だと思っていたから、あっさりと服を捲ったし、アーニャの時は緊急事態だからと、考える余裕も無しに服を脱がした。

 今回のように寝ている訳でもなく、苦しそうにしている訳でもなく、しかも胸の大きな女性に、その膨らみを見せてくれなどと、どうやって言えば良いのやら。

 だが、今も町の人たちが苦しんでいて、その人たちを助けられるのならばと、自らこのお姉さんが来たんだ。

 その想いを踏みにじる訳にはいかないじゃないかっ!


「……こほん。えー、症状を正しく知るために、診察を行います。ですから、服を捲って胸を見せてください」


 言った! 言ったよ!

 勇気を振り絞り、胸を見せてくれと言うと、


「……私が胸を見せたら、この町を救ってくれますか?」

「はい。救ってみせます」

「……分かりました。本当に町を救ってくれるというのであれば、この身を……好きにしてください」


 お姉さんが何を勘違いしたのか、ブラウスを脱ぎ、そしてスカートを脱ぎ始めた。


「スカートは脱がなくて大丈夫ですから! というか、ブラウスも全部脱がずに、前のボタンを外すか、下から捲ってくれるだけで良いんですってば」

「……着たままがお好みなんですか?」

「何の話ですかっ!? 触診って言って、胸を触る事で相手の健康状態を知る事が出来るんですよっ!」


 診察について説明すると、お姉さんが「すみません。てっきり身体目当てなのかと」と、頬を赤らめながら謝ってきた。

 改めて考えてみると、この世界に医者って少ないんだよね。

 これからは、初めて来る人――特に女性――に触診について説明しなければならないな。

 お姉さんが服を元に戻し、ブラウスのボタンを幾つか外して大きな胸だけ出して来たので、その白い膨らみに触れると、小声で診察スキルを使用する。


『診察Lv1

 状態:蛙毒(弱)』


 蛙毒って何だろう。

 だけど詳細は分からないものの、症状自体は分かった。これなら対応するポーションが作れるだろう。


「分かりました。一先ず症状が分かったので、ちょっと待っていてください」

「えっ!? 今、ちょっと私の胸を触っただけですけど、あれで分かったんですか!?」

「はい。すぐに戻ってきますので」


 そう言って、セシルを連れて診察室から調剤室へと移動する。


「セシル。この中で毒に効く薬草ってどれか分かる?」

「毒消しだったら……これかな。シーブーキっていう薬草なんだけど、様々な毒に効くよ」

「分かった、ありがとう。……調合」


 セシルに教えてもらった薬草を調合すると、濃い緑色の液体が出来た。

 蛙毒に効く薬なのかを調べるために鑑定してみると、


『鑑定Lv2

 パナケア・ポーション

 Aランク

 様々な状態異常を治す』


 何とも言い難い効果が表示される。

 様々って一言で纏められてしまったけど、蛙毒に効果はあるのだろうか。

 おそらくだけど、Aランクの薬だし、大丈夫な気はする。それに、治す蛙毒だって、弱って表示されていたし。

 けど胸を触らせてもらって、効果がありませんでした……だと、ただの変態というか、変質者だからね。

 詐欺扱いされても困るけど……いや、でもセシルが教えてくれた薬草だ。

 きっと大丈夫なはず! ……だと思う。

 一先ず、このポーションを出す事にして、小さなビンへ移して診察室へと戻る事にした。


「お待たせしました。こちらの薬で治ると思いますよ」

「……随分と濃い緑色なんですね」

「え、えぇ。良く効く薬ですから、飲んでみてください」

「は、はい」


 お姉さんが俺の言葉に従い、ポーションを飲み干すと、


「……あ、あれ? 身体が……身体が痛く無い!?」


 突然立ち上がり、その場でジャンプしたり、屈伸したりする。

 ……スカートでそんな事をするから、パンツが見えてますよっ! ……まぁさっきスカートを脱ごうとしていた時点で見えてたけどさ。


「せ、先生! 凄いです。ここ数日の身体の痛みが消えた上に、昔から悩んでいた手足の冷えも消えましたっ!」

「先生!? 俺の事ですか? ……まぁでも、ちゃんと効果があったみたいで良かったです。念のため確認するので、もう一度触診させてもらっても良いですか?」

「はい! 先生になら、どれだけ触られても構いません!」


 いや、だから変な目的じゃないんだってば。

 何故か先程よりも大きく開けられた胸に触れ、診察スキルを使用すると、


『診察Lv1

 状態:健康。状態異常無効化(二十四時間)』


 ちゃんと健康状態となっていたのだけど、状態異常無効化などと表示された。

 ……あ、そうか。Aランクのポーションを渡したから、暗視目薬の時みたいに、本来の効果に加えて、付随効果があったのか。

 とりあえず、次からは何度か調合して、Bランク以下のポーションを出す事にした。

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