第21話 人形みたいな女の子
休憩を終え、再び森の中を歩いていくのだが、ポーションの効果のおかげで疲労感が全く無い。
正直、今朝は徒歩で森を抜けられるのだろうかと少し心配していたけれど、今では行けるという確信が持てる。
更に目薬の効果で、薄暗いはずの森の中が、街道を歩いていた時の様にはっきりと見えるので、変な所で躓いたり、謎の物音に怯える必要が無くなったのも大きい。
暗闇の中でガサガサと茂みが揺れる度に、魔物が居るのかと目を凝らして警戒していたけれど、一目で野兎が居たから……と、原因が分かり、無駄に警戒せずに済む。
ポーションを作って正解だったな。
馬車で移動する際には必要ないけれど、また徒歩で移動する必要があれば飲むようにしよう。
「お兄さん。休憩が良かったのかな? 何だか、随分と足取りが軽いね」
「あはは、まぁね。セシルの言う通り、休憩が良かったんだと思うよ」
本当は思いっきりポーションの力に頼っているんだけど、それはさて置き、エルフのセシルと獣人族のアーニャに負けず劣らずのペースで歩いていると、何やら変わった生き物を見つけた。
その生き物は、掌大の小さな人形みたいな女の子の姿をしていて、背中から蝶々を思わせる羽が生えている。
所謂ファンタジーの定番とも言える妖精で、森の中に生えている青白い花を飛び回り、何かを集めているみたいだ。
……と、ここだけ見れば、凄くメルヘンチックな雰囲気なのだが、残念な事に、その妖精の顔に悲壮感が漂っている。
「セシル。あそこに妖精みたいなのが居るんだけど、あの娘、大丈夫かな?」
「えっ!? 妖精!? お、お兄さん。どこに居るの?」
「どこ……って、すぐそこの茂みにいるよね? ほら、今も隣の花へ移動したし」
「えぇっ!? すぐそこの茂み……って、何も居ないよ?」
あ、あれ? セシルには妖精の姿が見えないのか?
本当に、目と鼻の先に居るんだけど。
「アーニャ。アーニャには、そこにある大きめの花に顔を突っ込んで居る妖精が見える?」
「……すみません。ちょっと何言っているか分からないです」
「えぇー。じゃあ、この丈の短いワンピースを着ている、人形みたいな赤毛の女の子は幻覚なの?」
「リュージさん。さっき、森の中でポーションの材料になるからって、セシルさんと一緒にキノコを採っていましたけど、まさかそれを食べたんですか!?」
「食べてないよっ! というか、アーニャが美味しいご飯を作ってくれるのに、拾い食いなんてしないってば」
マジで俺にしか見えてないの?
掌程の大きさだけど、幻とは思えない程の存在感なんだけど。
何やら一生懸命に花の中へ手を突っ込んで居る妖精に、静かに指を伸ばすと、
――ムニン
ほら、ワンピースからスラリと伸びる太ももが、柔らかくもハリがある弾力を返してきた。
「――ッ!?」
そう思った瞬間、妖精がビクッと後ろへ下がり、顔面蒼白になりながら俺の顔を見上げて来る。
「ご、ごめん。集めていた黄色いのが落ちちゃったね。驚かせるつもりはなかったんだ」
「……?」
「ただ、君の事が見えないって言われたから、本当に居るのかどうか触って確認したくなちゃって。本当にごめんね。はい、これ」
落ちた黄色の何かを指で摘まみ、渡そうとすると、小さな手が恐る恐る伸びてきて、受け取ってくれた。
「お、お兄さん? 一人で何をしているの?」
「一人じゃないって。ここに妖精みたいな可愛い女の子が居るんだよ」
セシルが大丈夫? とでも言いたげに俺の顔を覗き込んで来る。
いや、違うんだ。本当に、妖精が居るんだって。
幻を見ている訳じゃないんだってば。
「……か、可愛いって、私の事?」
「え? うん、そうだよ。可愛い、妖精さん」
ほらほら、ついに喋ってくれたよ。
というか、言葉がちゃんと通じているんだね。
「お、お兄さん!? 今の声は何!? 随分と高い、女の子みたいな声だったけど、誰の声なの!?」
「……まぁ、普通はこっちのエルフさんみたいになるよね。ねぇ、そこの人間さん。どうして私の事が見えるの?」
「どうしてって聞かれても普通に見えるから……あっ! もしかして、あの目薬のせいかな? Aランクだったし、凄い効力があったのかも」
混乱するセシルの前で、妖精と俺が話をし始めたからか、アーニャと共に目を白黒させている。
しかし、あの目薬……暗い場所が見えるようになるだけじゃなくて、本来見えない物まで見えるようになっていたんだね。
「あ、お兄さん。そういえば、さっきの休憩中にお薬の部屋に籠ってたよね。何かポーションを作ったの?」
「え? あ、うん。暗くて歩きにくかったから、暗視効果がある目薬を作ったら、見えすぎちゃったみたいだ」
本当は滋養強壮なんかのポーションも作って飲んだんだけど、体力が無いと思われるのはちょっと嫌なので黙っておこう。
「待って! 人間さんは薬が作れるの? しかも、隠蔽魔法を使っている私の姿が見える程の強い効果がある薬が」
「え? まぁ、一応は」
「じゃあ、お願いがあるんだけど、ダメかしら? 私が集めていた、この『玉章の花粉』は肌を綺麗にする効果があるんだけど、これをもっと強い効果に出来ないかしら?」
「んー、多分出来ると思うけど……もう少し広い場所じゃないと、薬が作れないんだ」
「広い場所があれば作ってくれるの!? じゃあ、こっちこっち。ついて来て」
突然現れた妖精さんに薬を作ってくれとお願いされ、セシルとアーニャを連れてついて行く事にした。
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