弐:依頼『軍事拠点防衛戦:Act.2』

 警報が発せられてからの、基地防衛部隊の対応は速かった。

 展開しているMLヴェナンディは、砲身を収納すると、四本の脚を生かして、数機は壁を蹴り上がり、数機は谷の足場を跳躍して、必要とされる持ち場を変えていく。

 その移動の間にできる迎撃の隙間は、拠点各所に配置されている別のMLや、中・短距離防衛用ミサイル砲台によって埋め合わされ、進攻の暇を与えない采配も行われていた。


 アリオとクィンのMFは、無限軌道型の脚部を生かし、悪路も関係なく縫うように移動。MFを迎撃するのに適した砲撃位置を確保するために急ぐ。

「そう言えば、敵のMFのデータはある? アリオ」

 クィンは、手足と連結している操縦機構を、地形に合わせて、前後に左右にと忙しなく動かしている。そして、段差を無理矢理に越えるたび、受ける振動が二人の視界を揺らす。

「ちょっと待ってね。もう少しで照会が終わるから……。あ、来た来た! 直ぐにそっちにも回すね」

 アリオは、警報を受けてから今まで仮想キーボードを打ち続けて、収集できる情報をひたすらに掻き集めており、その中でも、より重要度の高い情報を纏めた一覧を作成していた。

「これはまた、弾薬費の掛かりそうな構築の機体が来たね」

 その作業の末に送られてきた画像と情報を見て、クィンが笑う。

「マシンガン一体型の腕に、肩部グレネードランチャー二門装備の重二脚。もう片方は、ライフル二挺と肩部ミサイルランチャー装備の逆間接脚部か。弾幕張ってきそう」

「うん。武装を見ると、頭を押さえながら相手を仕留めるタイプかも知れないね。近距離戦は不利だろうから、それなりに距離を取って戦おう」

「そうしよっか。まあ、そのための準備もしてきたし、折角だから、砲台のアレを試してみようよ」

「もう一つの攻撃形態? 良いと思うけど、ぶっつけ本番だよ? 大丈夫?」

「さっきのバスターパイル弾頭の電磁射出見てた感じだと、大丈夫。私の操縦と、アリオの火器管制支援が合わされば万全でしょ。頼りにしてるからね?」

 そう言って、クィンは笑って見せた。

「はー……。本当、クィンはズルいんだからさ。取り敢えず、友軍とのデータリンク、始めるね」

 アリオもまた笑みで返すと、手元の仮想キーボードへ猛烈な勢いで入力を始め、最大限の戦闘支援を行う態勢を整え始めるのだった。


 その頃、進攻を開始した二機の敵性MFは、互いに通信を送り合いつつ、拠点防衛部隊からの迎撃を掻い潜り、比較的順調に前進していた。

「やっぱり攻撃は激しいね。しかもこの奥に、さっきの砲撃を打ち込んできたMFが待ち構えてるんでしょ?」

 その内の一機。重二脚のMFを駆る若い女性のライダーが、緊張した面持ちで呟く。その声音とは裏腹に、狙撃やミサイル攻撃の回避は的確で、迷いが無い。

「だが、名を売るには良い機会だぞ。この拠点を攻略し、尚且つMFを撃退できたとなれば、俺も、君も、ライダーとして一気に箔が付く」

 その後方で、火器管制担当と見られる若い男性のライダーが、願望も含めた意見を述べる。

「そりゃまあ、そうなんだけどね。でも絶対手ごわいよ? そのMF」

「なに、その為の二機編成、かつ、この機体構築だ。いかに頑丈な重量級のMFと言えども、手数で押し切れば問題ない」

「……だと良いんだけど」

「さあ、そろそろ本格的に危険地帯ホットゾーンに入るぞ。不安は分かるが、気を引き締めておけ」

「分かってるよ。砲撃が、補給で緩くなってきた今が、最大の侵入チャンスだしね」

 自信に満ち溢れた男性のライダーと違い、女性のライダーは何処までも自信なさげに答えるのだった。


 危険地帯ホットゾーン。通常は、戦場における交戦区域の事を指す言葉だが、ここでは、アリオとクィンの駆るMFが有する、と他人が推測している、仮想の視認領域に踏み込むことを意味している。

 砲撃用に性能が調整されたMFのライダーは、ある程度の距離を保ったままでも、直接照準で、高速機動中の目標を撃墜し得る動体視力を持っている場合があり、その域内に踏み込むという事は、いつ致命的な砲撃が飛んでくるか分からないという事を意味していた。

 そして、二機のMFは、それぞれが持ちうる火力を、最適かつ集中的に叩きつける準備を完了しつつ、その領域の入口に向けて突入していった。


 一方、アリオとクィンも、迎撃の準備を完了していた。

 装備している砲塔は、その砲口を縦横に開けており、先端に三つ爪を持つアームの様な形状に変形している。その内側では、中央に固定された太めのショットシェルを中心に、絶えず微弱な放電現象が起こっていた。

「電磁バースト発生用弾頭、準備完了。事後使用する、砲塔内部の光学式キャノンのエネルギー充填も、98パーセントに到達」

 それらの状態を、視覚映像と電子情報で確認したアリオが、クィンに向けて、発射後の予測計算を飛ばす。

「オッケー。こっちも探知範囲内に敵MF二機を確認したわ。予測通り、二機とも真っ直ぐに進入して谷を突っ切る感じね」

「それは好都合。友軍も、こっちの動きに合わせて距離を取ったみたいだし、仕掛け時かも知れない」

「なら、始めましょうか。せいぜい、驚いてもらいましょう」

 そう言うと、クィンは手元の操縦機構を動かして、肩部砲塔へと動作を入力した。

 すると、先程まで微弱だった放電現象が局所的に強まり、三本爪の先端に集束。そこから、電磁レールによる仮想ライフリングを形成した。

「仮想ライフリング、弾頭の回転誘導を開始。脚部アンカー、最終確認終了。保護フィルター、展開完了。弾頭の調定、最終調整良し」

 二人の視界に照準及び予測射線と、射撃準備完了の文字が表示された。

「電磁バースト発生弾頭“ブランダンデ”……発射!」

 クィンは、躊躇い無くトリガーを引いた。

 電磁レールに包まれ、仮想ライフリングによって誘導された弾頭が、猛烈な加速と共に射出される。高速体の通過により、空気が甲高い音を立てて破裂音を響かせた。


 同時刻。

 その砲撃を感知した二機のMF内部では、警戒警報によるビープ音が鳴り響いていた。

「警告。前方から高エネルギー反応を検知した。目で見る限り、恐らく粒子加速砲による砲撃だ。回避に専念しろ」

「了解だよ。でもやっぱり、とんでもない射角を持ってたね」

「ああ。まさか谷の入口に差し掛かった瞬間に撃ってくるとはな。ともかく避けろ。あれだけの高エネルギーだ、連射は利くまい」

 重二脚型MFが、直線的に向かってくる無誘導弾を避けるための機動に入る。

 それは僚機の逆間接型MFも同じだった。二機ともが、数秒後には、避ける前に居た位置を弾頭が通過していくと確信していた。

 だが攻撃は、“来なかった”。


 発射された弾頭は、予測飛翔距離の半分程度で炸裂反応を見せ、消失した。弾頭は、二機のMFのどちらにも向かってこなかったのだ。

 その代わり、一瞬の閃光を迸らせた後で、二機の行く手を遮るように、まるでオーロラの様な、青紫色の光粒子の雲を広げた。


「え?」

 その現象に、呆気に取られる操縦担当のライダー達。

 しかし。

「これは!? しまった! そう言う“絡繰り”か! 回避が間に合わない!」

 情報分析担当のライダーたちは、光粒子の雲へと突入していく各々の機体の中で、焦りを全面に出した声を上げていた。

「いったい、どういう……ぐっ!?」

 その様子に、疑問の言葉を口にしようとした瞬間。突如として、二機の推進装置の噴射が狂い、それによる猛烈な振動が機体を襲った。

 同時に、機体のモニターやセンサー類にノイズが走り、戦域図などの電子表示が、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような状態に陥ってしまう。

「こ、これは……。まさか電磁パルス!?」

「戦域に悪影響が出るからと、こう言うものは使わないと踏んでいたが、甘かった!」

 噴射装置の異常で急激に速度と高度を落とし、地面に着地しようとしている機体の中で、各々が、舌打ちないし驚愕の言葉を発していた。


「電磁バースト発生弾頭は、正常に作動。MFは、二機とも電磁バーストの領域に突っ込んだみたいだ。これは大成功と言っても良いね」

 僅かにノイズの走るモニターを覗きつつ、アリオが、攻撃の効果についての評価を下し、会心の笑みを浮かべた。

「まあ、それでも一分強の足止めくらいにしかならないけど。砲塔内部のエネルギー充填は、どうなってる?」

 ただ、クィンは表情を変えることなく、次の動作入力に移っていく。

 それに合わせて、アリオは仮想キーボードを叩いた。

「電磁レールのエネルギーは、そのまま弾体にも使えるから、あと十五秒で完了するよ。狙いはどっちに付ける?」

「逆間接の方にしようかな。異常は出ていると思うけど、脅威度はそっちの方が高いからね」

「了解したよ。ん、ちょうどエネルギー充填が終わったみたいだね。砲塔の冷却はまだ完全じゃないけど、一発撃つだけなら問題ないね」

 そう言いながらも、アリオは手元の仮想キーボードで照準の調整を行う。電磁バーストの影響で紛れ込んでいたノイズが、調整によって修正されていく。

「砲塔内部の電磁レールを、エネルギー弾体へ再成形。光学式貫通砲弾“グングニル”……準備完了っと」

 クィンは、調整された照準を動かしながら、武装管理システムから送信される視覚情報を確認していく。砲塔内部には、長大な槍の形に成形されたエネルギー弾が見える。

「ターゲット、ロック。目標はまだ機動力を回復していない模様。トリガーのタイミングはクィンに任せるよ」

「分かった。仮想ライフリング、弾体の回転誘導を開始」

 言葉に合わせるように、槍型エネルギー弾の周辺で光の螺旋が回転を始めた。

「誘導完了。“グングニル”……発射!」


 そして、仮想ライフリングの回転数が最適値に達した瞬間。その神器の名を与えられた光の槍は、戦場の空へと放たれた。

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