参:恐怖と罪業の狩人 Ⅰ

 その地は『灰の降る丘』と呼ばれていた。

 国際戦争管理機関が定める公認戦闘地域の中心地として、幾度となく戦火に見舞われた場所であることから、そう呼ばれている。焼かれた土地の上に、数多くの兵器の残骸や空薬莢が転がっており、今もなお回収作業は終わっていない。

 ある日。ヤヨイとコルドゥラの二人は、愛用のMFを駆って、この『灰の降る丘』に向かっていた。

「灰の降る丘……。激戦区として知られる土地かぁ」

「どうした? 今更怖くなったか?」

「まさか! でも気が重いのは確かね。だって今回は協力者ありで、しかも……」

 機器に覆われた頭を動かし、ヤヨイは行き先の光景に目を向ける。

 するとそこには、真っ黒い塗装を施された細身の二脚型MFが佇んでいる様子が見えた。頭部は、まるでジャッカルのような形をしており、背部には翼を形作るように複数枚の装甲版が付属している。その偉容が、周囲に独特の威圧感を放っていた。

 その様子に、ヤヨイが軽くため息を吐いた。

「あの『殲滅者ヘルンヴォータ』と協力するとなったら、緊張するなっていう方が無理だと思うんだけど」

「……ああ、そうだな。そうかも知れないな」

 苦笑を含んだ笑い声をあげるヤヨイに、コルドゥラは他の誰からも見えない機器の中で、何処か寂しそうな笑みを浮かべるのだった。


 黒いMFの横に、ヤヨイ達のMFが着地する。

「お待たせしました」

 短距離通信を介して、ヤヨイの声が黒いMFのフレームライダーに届けられる。

「こちら、戦争管理機関所属のヤヨイです。初めまして」

『初めまして? ああ、そう言う事か。そうだな。初めまして『狩人イェーガー』。それと、私は別に待ってはいない。謝る必要性は感じないが』

 返すように、黒いMFからも、若いながら威厳のある女性のこえが聞こえた。彼女は最初、何かを疑問に思うような声を出したが、直ぐに一般的な対応へと変わった。

「そう言って頂けると助かります。えっと、貴方の事は『鴉羽レイヴン』とお呼びすれば良いでしょうか? それとも『殲滅者ヘルンヴォータ』とお呼びすれば……?」

 どこか恐々とした雰囲気で尋ねるヤヨイに、黒いMFのライダーは数秒沈黙すると。

『出来れば鴉羽レイヴンの方でお願いしたいですが、そちらが呼びやすい方で構いませんよ?』

 最初の声とは違う、母性や慈愛と言ったものが感じられる柔らかな声が応じた。

「あ、はい! 分かりました。では早速、作戦の確認を取りたいのですが、宜しいでしょうか?」

 その優しげな声に安心したヤヨイは、話を進めるべく準備を始める。

『ああ、構わない。基本線は承知しているが、確認は必要だ』

「分かりました。コルドゥラ、宜しくね」

「ああ、了解だ。さて、まずはこれを見てくれ」

 ヤヨイから話を振られたコルドゥラは、手元の仮想キーボードに指を走らせ、それぞれの視界を補助しているディスプレイに、戦場の状況や任務内容を電子情報として飛ばす。

 すると、自分のこなすべき仕事が、任務の内容と戦況に合わせた形に最適化された状態で、それぞれの視界に表示されていく。

「今回の任務は、鴉羽レイヴンによる戦場の制圧と、私達による犯罪者の粛清だ」

 コルドゥラが口にした言葉が、それぞれの視界に表示されていく。

「まず、鴉羽レイヴン側の任務だが、今回介入する企業間抗争で、ある事情で“敗北が決定づけられている”側の企業を勝利に導くことが目的となる。その原因はこちらの任務に関わるので、その時に同時に説明するぞ」

『分かった。いつも通りの仕事内容だ。しかし内容を聞く限りでは、穏やかな話ではなさそうだが?』

「ああ。こちらの今回の任務は、二重契約を結んで一方に情報を流しているフレームライダーの抹殺だ。要するに、契約傭兵としての綱紀粛正だな」

『なるほどね。そのおいたをした子が、戦場を操作しているのね?』

 淡々と語るコルドゥラと、対照的に柔らかい声の鴉羽レイヴンの片翼。

「はい、そう言う事です。そもそも二重契約自体が違反ですし、スパイ行為ともなればなおさら。罪状の裏も取れていますので、今回の任務が発行されたわけです」

『その違反者は、そちらに任せて良いのだな?』

「はい。私とコルドゥラで、責任を持って仕留めます。鴉羽レイヴンは、戦場の支援に集中してください」

『了解した。お前もそれで大丈夫か?』

『ええ、大丈夫。いつも通りに任せてちょうだい。必要なら貴方に委ねるから』

『ああ、そうしてくれ』

 そして、その声が止むタイミングで、コルドゥラが軽く咳払いをする。

「以上が、今回の任務内容の大まかな説明となる。何か質問は?」

 沈黙。何事も触れられない意思表示の時間。

 その間に、二度頷くコルドゥラ。

「よし。では各員、配置につけ。作戦開始は、当該戦場の開戦予定時間と同時刻とする!」

 そうして、その声と同時に『狩人』と『鴉羽』の二機が、灰の降る丘へと解き放たれたのだった。

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