弐:凪ぎの海に 渡り鳥:Ⅱ

 準備を整えた二人は、愛機としている水上フロート型脚部を装備したMFで出撃。依頼として請けた内容に従って構築した海上ルートを進んでいた。

 その途上、アンジェラとアナトリアは、依頼文の内容を精査していた。

「今回の標的は、犯罪者の掃討だったよね。罪状は?国際戦争管理機関から直接指名手配されているみたいだから、相当だと思うんだけど」

「罪状?えっと……」

 アナトリアは、仮想キーボードを叩きながら、依頼文に書かれている標的の名前を、国際戦争管理機関のデータベースに入力し、検索を掛ける。

 そして、数秒の間の後で獲得できた目的のデータを目で追いつつ、読み上げの準備を行う。

「罪状は、ML使用法違反と違法改造。国際戦争法違反多数と境界侵犯。まあ、典型的なテロリストというところ。例外的に、この戦闘区域内で殺害が認められるタイプのデフォルトヒューマンね」

「テロリスト、か。ん? 今、違法改造MLって言った?」

「ええ。何機いるか分からないけど、今回の依頼文を見る限り、あっちは持ち込んでるわね。場所的には、使うのはキラーヴァルの強化改造型かしら」

 そう言いながら、アナトリアは仮想キーボードを打ち、国際戦争管理機関のブラックリストに登録されている、これまでに確認された違法改造機体の性能一覧を表示する。そして、その中からMLキラーヴァルをベースにした違法改造機体の性能データを取得した。

 その際、データと同時に写真も取得したのだが、画像として表示された、辛うじて原型を残している状態のMLの惨状に、彼女は大きくため息を吐いた。

「あれ、たまにMFに近い性能をしているから厄介だよね。今回の武装なら大丈夫だと思うけど。ん?アナ、何してるの?」

 仮想キーボードを打つ音が聞こえ続けていることを不思議に感じたアンジェラが、機体制御の傍ら、質問を飛ばす。

「……うーん。何度見ても、気持ち悪い改造だって思って」

 アナトリアはそう言うと、先ほど取得した写真を含むデータと、元のデータとを見比べ、もう一度、残念そうに溜め息を吐いた。

「それはまあ、違法だからね。正規品のようなバランスを無視しているから、気持ち悪く感じるのかも知れない。それより、もうすぐ目的地だから、火器管制、宜しく頼むよ?」

 アンジェラがそう言うと同時に、戦術画面に、クラン保有の衛星から送られた標的の位置情報が表示された。その表示色は紫。所属不明機扱いだった。

「さあ、来たみたいだね。準備はいいかい?」

 装置に覆われた手足を動かして、機体の自動操縦を解除する。すると、本体の腕部や脚部がプログラムによる機械的な操作から、アンジェラの動作と連動した人間らしい柔軟な動きを見せ始める。

 次に彼女は頭を動かし、対応した各部のセンサーから周辺情報を取り込んでいく。

「そっちは?」

 アナトリアは、仮想キーボードを消して、頭部装置を装着してからの自動筆記に切り替える。さらに、周辺状況に合わせた機器の最適化を迅速に行い、次の状況に対応する準備を整えていく。

「いつでも大丈夫。アナ、初期武装は“レイピア”でお願いするよ」

「分かったわ」

 要望に合わせ、アナトリアが火器の情報を操作。腕部に装備されているライフル型武装に、別装備の補助アームによって専用のカートリッジが装填されていく。

「うん、“レイピア”の準備よし」

「分かった。MPS多目的動力源エンジン、フルドライブ!」

 アナトリアの報告を受けたアンジェラは、手元を操作して機体背部に装備されているメインブースターを露出。次いで、景色を飛ばし、白波を立てるほどのフルスロットルで、目的地へと急ぐのだった。


 その頃。同じ海域内にて。

 三隻の武装輸送船と、それを護衛するように展開している三機の強化改造型MLからなる船団が、海上を高速で前進していた。

 それら機体の装甲や、武装輸送船には『AHLF全人類解放戦線』と言う文字ペイントが施されており、それらの一群が一個の集団であることを物語っていた。

「もう少しだ。海域守備隊さえ撒いてしまえば、あとはここを突破するだけ。耐えてくれよ、みんな」

「ええ。この先にある、国際戦争管理機関の電送設備さえ破壊すれば、たとえ私たちがやられても、他の仲間たちが楽に入り込めるようになるからね」

「ああ。その為に大枚を叩いて情報と、MLを手に入れたんだ。無駄にしてなるかよ」

 互いに通信を送り、励まし合い、これまでの苦労や意気込みを語り合う。

 そこには確かな熱意が込められており、何があろうとも目的を貫徹するという鉄の意志を感じることが出来た。

 そうして、それぞれが持ち得る最大の速度で、目的に向けての邁進を続けていた。その時だった。


 船団のML部隊のコクピットに、敵影感知警報のビープ音が響き渡ると同時に、武装輸送船が密やかに取得している電子戦域図が、付近に一個の敵性体を補足したことを伝えた。


「え、敵?なんでこんなところに?この時間帯は、海域守備隊以外に何も巡回していないはずじゃないのか?」

「しかもコイツ、速い!まさか、MF……?」

「落ち着け!ML部隊は迎撃準備を急げ!輸送船団は、目的地を目指すんだ!」

 部隊のリーダー格と思われる男が、突然かつ予想外の警報に浮足立つ人々を一喝しつつ、自分のMLの背部に装備されている明らかに過積載と思われる大口径のキャノンと、本体腕部に装備されている中型盾を起動する。

 大口径キャノンは、起動と同時に、折り畳まれた砲身を前部に迫り出すように展開。

 盾は、砲身以外の本体を護るように展開すると、縦横の部品を自動的に四方へと伸ばし、固定した。

「す、すみません!すぐに!」

「くっそ!こうなったらやってやる!今更諦められるかよ!」

 他のMLパイロットもまた、リーダー格の動きに倣うように、自分の機体に装備されている大口径キャノンや、エネルギー系の弾体を使う武装を起動していく。

 それに合わせて、全MLの動力炉が運転を開始。重々しい音と共に、排熱・排気機関が盛大に熱気と蒸気を噴き出し始めた。

「砲撃用意!弾数が少ないから、確実に決めろ!」

 そう言うと、リーダー格の男は、目の前に投影された砲撃用の照準を睨みつけながら、その時を待つのだった。


 同時刻。

 標的を捕捉し、その場所へと急行していたアンジェラ達だったが、こちらも、突如流れ始めたロックオン警報のビープ音への対処を余儀なくされていた。

 彼女たちの見ている投影映像には、その警報の原因となる対象の情報と、何を使って狙われているのかの予想が表示されている。

「まだ射程圏外のはずだけど、ロックオンされたね。しかもこの文字化けしている武装表示。規格外イレギュラーパーツによる攻撃?」

 機体から示された情報を一瞥し、アンジェラは眼を鋭く細めた。

「ただ、射程距離から見て、対象の種別は大口径砲。避けるのは簡単だけど、万が一近接信管で爆発する弾頭とかだったら厄介ね。ともかく今は、回避に専念して。高速で移動していればまず当たらないわ」

 アナトリアは、自動書記は起動したままに、仮想キーボードも叩いて、アンジェラ用の回避ルートの情報を素早く纏め、飛ばし始める。

「分かった、任せてよ」

 アンジェラは、次々と更新されていく回避ルートの情報を読みつつ、標的を有効射程に収めるための最短距離を駆け抜けるよう操縦。機体もまたそれに応えるように、彼女の動きに正確に追従していく。

 そして、互いに緊張感の走る睨み合いの中、違法強化ML部隊による砲撃が始まった。


 砲弾の発射されるドンと言う低い音が聞こえたかと思うと、青く輝く弾頭が放電現象を起こしながら、目を見張るような速度でアンジェラ達のMFの直ぐ背後を通過していく。

 その少し後で、砲弾の威力を物語るような盛大な水飛沫が、離れた場所で上がった。

 二発、三発、四発と、狙い方を変え、狙う方向を変え、時間差を用いと、アンジェラ達への砲撃は続けられたが、その全てが、鯨の潮吹きのごとく盛大な水柱を上げるだけの結果に終わった。

 その間も、ML部隊とアンジェラ達のMFの距離は縮まり続け、七発目の砲撃が通過した頃には、あと一歩で、彼女らの有効射程圏内にML部隊を捉えられるほどに近付いていた。

「あと少しで“レイピア”の射程ね。砲撃は停止中。行けるわよ、アンジー」

「ん、流石に大回りし過ぎたね。それにしても、あのMLはアンバランスにも程があるね。多分、MPSの出力を強化改造して、無理矢理支えているんだろうけど……」

 徐々に視覚映像として見えてきた、大口径砲を装備したML達が、排気・排熱機関から盛大に熱気と蒸気を吐き出している様を見据え、アンジェラは目を細める。

「あの様子だと、オーバーヒートで満足に動けないだろうね」

そして、残念そうにため息を吐き、腕部武装の光学ライフル“レイピア”の照準を向けた。


 その一方で、船団のML部隊は阿鼻叫喚の状態となっていた。

「お、おい! これはどういうことだ!残弾はあるのに、武器が、それどころか機体が反応しねぇ!」

「まさか熱暴走? ウソ、カタログ情報だと、まだ耐えられるはずでしょ!?」

 搭載しているMPSエンジンの上げる唸り声と、悲鳴を上げ続ける戦術画面の表示を唖然とした表情で見据え、大慌てで、装置に覆われた手足をばたつかせている。しかし、その努力も空しく、機体は一向に動く気配がなかった。

(性能には問題なく、ここまでは普通に機能していた。予想以上に、大口径砲による負荷が高かったという事か?)

 リーダー格の男も、コクピット内に、警報と言う形で響き続ける無数の機械の悲鳴に耳を傾けながら、ここまでの行動を振り返っていた。

(しかし、あのMF。渡り鳥のエンブレムを付けているな。となると、あれに乗っているのはCCs創られた子ども達のアンジェラとアナトリアか)

 同時に、先ほどまで獲物として狙っていたMFが、自分に向けて照準を定めている様子を見据えながら、そのような事を考えてもいた。

(まさか、自分たちが最も助けたいと思っていたものから討たれるとは、何とも寂しく、因果なものだな)

 彼は最後にそう呟くと、MFの銃口が輝き、光によって視界が白く染まるまで、視覚映像を静かに見つめるのだった。


 それから少し後。

 アンジェラ達は、黒煙を吐き出しながら海の中へと沈んでいく三機の違法強化型MLの大破した姿を背景に、現場から逃走を図っていた武装輸送船三隻の追撃を行っていた。

「これで最後だね」

 “レイピア”から放たれた光学弾頭に貫かれ、爆発し、傾斜していく武装輸送船の姿を、アンジェラは記憶に刻み付けるように見つめている。

「終わってみれば、呆気無かったわね」

 アナトリアは、後方で仮想キーボードを叩き、依頼の完了を、依頼主である国際戦争管理機関へとメールで送信している。

「それにしても、あの船団は何処を目指していたんだろうね?この先には、国際戦争管理機関管轄の、砲撃陣地しかないはずだけど……」

 その間、アンジェラは彼女の代わりとして周辺海域の状況を収集しており、それで集めた情報を纏めた地図を見てみると、船団が目指していた方向には、確かに国際戦争管理機関が所有する砲撃陣地しかなく、これと言って重要度の高い設備は存在していなかった。

「分からないわね。重要な設備でもあると勘違いして、侵入を試みたとか?どちらにしても、報われない結果が待っていたような気がするわね。よし、報告完了。操作、引き継ぐわね」

 依頼完了報告書と、何があったかについて纏めたレポートを送信した彼女は、椅子に体重を預けるようにして体をリラックスさせながら、アンジェラが代わりに引き受けていた操作を自分の手元へと引き戻した。

 それによって、情報収集作業から解放されたアンジェラは、本来の機体制御に戻り、本体の状態を待機状態から、通常状態へと復帰させた。

「ん、それじゃあ戻ろうか。流石に少し疲れた」

 そうして、全ての作業を終えた二人は、最初に来た時と同じように、高速で戦闘海域を去っていくのだった。

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