11. 銭湯にて

「えっ、ヤエちゃん?」


 みんなの視線が俺に集まった。

 俺の背筋は一瞬凍りそうになる。が、前回あった予兆ともいえる地震はない。

 おそらく、皆の中に確信がないのだろう。

 常識ではあり得ない事だからだ。


「もう、またともかちゃんと間違えたわね、なつきちゃん!」


 俺は笑いの混ざった大きな声を上げ、なつきの頬を軽く両手で挟みこんだ。

 ここは堂々と躊躇なく、だ。


「え?」


 混乱した表情のなつきに、みんなからは見えない右目でウインクする。

 そして同じく動揺している、浴槽近くのその他大勢にクルッと反転。

 俺の全身を見せる。

 いや、見せつける。


 ひとみちゃんには敵わないが、とん吉ヤスコのいない世界。

 同世代で俺に太刀打ちできるプロポーションなど、そうそう現れはしまい。


「「「!!」」」


 よし!

 全員息を飲む。

 これで俺を俺と認識する事は出来ないだろう。


「皆さん、はじめまして。

 なつきのお友達……と、先生? ですよね」


「ええ、平爪の教諭の古賀です。

 なつきさんの……?」


従姉妹いとこの高橋カツミです。

 山口中学の2年です」


「という事はともかちゃんとも?」


「はい! そっくりでしょう?

 従姉妹なのに姉弟きょうだいと間違えられますよ」


 あははははは。

 大きく笑うと釣られてみんなの頬も緩む。


「そっくりなのは明るい性格も、みたいね」


「カツミさん!」


 コミュ力の高い平川が話し掛けて来た。


「ヤエなんかよりずっと綺麗ですよ。

 それと……スゴくスタイルいいです」


 言いながら、ちょっとホッペを赤らめている。

 ムムム、そうか。

 向こうでBLキャラって事は、こっちじゃGLキャラなのか。

 おおっとと、平川は同性好きって訳じゃなかったか。

 チラと国立を見ると、あからさまにブスッとしている。


「そんなあ。

 貴女あなただって素敵なボディラインよ」


 アネゴ平川はスラリ長身で引き締まった身体の美人。

 それは前から知っている。

 だが一糸纏わぬ姿を見てみると、小6ながら、ちゃんと出る所は出ていたのだ。

 しかもツンと上向きのいい形。


「それとこちらの貴女だって……」


 国立に目を移す。

 ギロリと睨む目つきは置いといて。

 一見細身ながら、程よい肉付きで柔らかい女の子って感じ。

 まだ幼さの残る中、胸だけ他よりちょっとだけ成長しててアンバランス。

 

「すっごく可愛いわあ。

 あと数年経ったら絶対美人になるわよ」


「え!? 私?

 そ、そんな事……ない、ですよ……」


 途端にモジモジ照れる国立。

 自分に振って来るとは思っていなかったのだろう。


「私は? 私は?」


 やすみが待ってられないとばかりに聞いてきた。

 特に成長著しいわけでもない癖に、コイツは本当に自意識過剰だ。

 とは言え黙っていれば美形だし、人一倍華がある。


「貴女はまた、えらく美人さんね。

 女優になった方がいいんじゃない?」


「おおーっ! やっぱりー!」


 お姉さん分かってる~、とおおはしゃぎ。

 まあ、お前はそう言っとけば喜ぶだろうよ。


 発育具合はミチとそう変わらんが、立端たっぱがある分スラリとして見える。

 高校の時は普通にそこそこ出てたのでこれからなのだろう。

 直に見てないので何とも言えんが。


 そして、残るひとりに目を移す。

 この人はもう間違いない。

 大人のオンナ、ひとみ先生だ。

 さっき振り返ってからも、チラチラ思わず目が行ってしまう。


「でも、なんと言っても」


 そう。なんと言ってもこのエロボディー。

 ひとみ先生の全裸は、存在だけで公序良俗に反する。

 まあ、全裸出した時点で誰でも反するのだが。


「先生のお体は、私、見惚れてしまいます」


「もう、高橋さん、そんなに見詰めないで」


 言いながら、軽く手で胸を隠す仕草。

 もちろん、そんなもんじゃあ隠れません。

 こんな、ちょっと恥じらう様な先生、見たことない。

 い、い、色っぺえええええ~。


「ん、んんーんっ!」

 後ろから咳払い。


 おっと、こんな事している場合じゃなかった。

 さっさとこの場をズラカラなくては。

 振り返りなつきに向き合う。


 さっきはドキドキしたなつきの裸も、他のを見終えた後だと、その、なんと言うか、その、残念。


「…………ズルイ」


 なつきは俺の身体を恨めしそうに見詰めて、そう呟いた。



 ーーーーーーーーーーーー



 女性陣に別れを告げて、なつきを伴い脱衣場へ。

 バックからサラシを取りだし、胸を締め上げる。

 なつきはサラシを引っ張りながらも、


「ズルイ……絶対ズルイ」


 と何度も口にする。


「気にするなよ。

 まだ小6なんだからさ、お前やミチ位が普通なの」


「………………ほんと?」


「当たり前だろ。

 平川は特別、俺のは異常!」

 

「……そっか。そうだよね」


 少し機嫌が良くなった。


 だがスマン。

 俺の知る限り。

 そう、少なくとも中学の3年間。


 お前の胸が豊かになる事はない。


 母の上着とタオルをバックにしまい、元のジャージ姿に戻った俺は、なつきに礼を言い無事銭湯の外に出た。

 地球の破壊を回避する為とはいえ、俺にずっと全裸を晒し続けてくれたなつき。

 胸なんか、人を量る基準になろうはずがない。

 もっと大切な物をお前は持っている。


 それはおそらく、お前の本質。

 相手を思いやる気持ち。

 それは今の俺にであり、全人類にでもあり。

 お前の優しさが今日、地球を救ったんだぞ。


 表でみんなを待ちながら、ギリギリ綱渡りで危機を脱した事に胸を撫で下ろす。

 まだ暑い秋の陽を受け、真っ青に晴れ渡る空を見上げた。

 白い雲がゆっくりと流れる。

 

 

 なつきの全裸かあ。


 ほんの気持ち膨らんだ胸がもう一度頭に浮かぶ。

 当時の俺だったら、今夜目が冴えて眠れねえな。

 何だかんだでいい1日だったのかも。



 そこまで考えてしまってから--


「我ながら情けない!」


 両手で顔を覆いしゃがみ込む。

 今回の総括がこれかと、猛省する俺なのであった。

 

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