第10ー3話月夜の実家での夜と音楽と

 昼間から夜にかけて、わたしは落ち着いた事もあって、楓ちゃんにオーソドックスなプログレの魅力を教える為にも、キング・クリムゾンだとかイエスだとか、あまり前衛的過ぎないでそれでもしっかり凝っているアルバムやアーティストを選択して、楓ちゃんと一緒に聴いていました。

 秋は、まだぼんやりしながら考えているので、そっとしておく事にした方がいいと楓ちゃんも言うので、そのように一人にしてあげました。


 それで王道的なアルバムを掛けたり脇に逸れたりしながら聴いていると、楓ちゃんはどうやら「ザ・デビルズ・トライアングル」なんて奇妙で怖い曲を好みましたので、どうだろうと思ったのですが、確かにこの曲はホルストの「火星」を下敷きにしていますし、面白い曲ではあるのです。

 それでわたしは調子に乗って、ピンク・フロイドの「ウマグマ」のスタジオサイドや、ケヴィン・エアーズ・アンド・ザ・ホール・ワールドの「月に撃つ」なんかを掛けてみると、見事に気に入ってくれると言う得がたい体験をしましたので、流石絵画をやっている芸術家肌の楓ちゃんは、おかしな音楽を受け入れる土壌もあるんだと嬉しくなって、よりわたしは楓ちゃんが好きになって懐いていったと思います。


 そこでそう言えば、前に淡雪さんがパブリック・イメージ・リミテッドとかを、わたしが病気の時に掛けていたと秋から聞いた件について尋ねてみると、


「ああ、ああ言う音楽ってどこで流行ってたのかしら。もっとあんな面白いのが流行ればいいのにね」


 なんて言うものですから、いや一部で根強く続いている先鋭的な音楽はあるのだけど、どこの国でもチャートを賑わすのはその手の音楽とは全く傾向の違う音楽で、そんな音楽が普通の人にも目に留まるとすれば、アルバムチャートでランクインした時くらいではないかと発言してみたのですが、そうするとレディオヘッドとかも聴かせたくなるのが人情ではありませんか、そう思わない人が多いのが不可思議なのがわたしの一貫した見解なのですが、どうなのでしょうか、わたしがおかしいんでしょうか。


 プログレから出発して、あっちこっち行く内に、ブルーフォードみたいなジャズ・ロックも聴けば、デイヴィッド・ボウイのベルリン三部作からその後の「スケアリー・モンスターズ」までとか、ご飯を食べてからも色々楓ちゃんには付き合って貰っていました。久しぶりにわたしが楓ちゃんを独占しても構わないですよね、淡雪さん。


 ちなみにやはり仲がいいのですね、わたしはとても楓ちゃんを信頼しているからか、お風呂も一緒に入ったので、その後に秋が入っている所に、母が乱入したりしたのは、何だかよく娘の恋人にそんなに急接近出来るなと医者だとか関係なく、距離を自然にグイグイ縮めていける母は羨ましく思いもしましたが、本当にわたしと親子だろうかと疑問に思ったものです。


 もしかして、社交力の高くて知性も水準以上の母と違って、研究するのが取り柄であまりコミュニケーションも多方面の人とは取らない父にわたしは似ているのではないかと考えて、うーんそれならわたしがそれほど社交的ではないのも頷けるのですが、それなら強がりを言って裏腹な事を言ったり、本当は心が弱っていても表面上は気丈に振る舞って強がるのは、誰の影響なのかとふと怪しい気持ちになりました。


 寝る時になって、部屋の関係もあるし、楓ちゃんが久しぶりに天女さんと寝たいなんて言うので、わたしはいつも通り秋と一緒に寝る事になりました。

 ・・・・・・まさか、楓ちゃんは何か事に及ぼうとしている訳ではないですよね。昔から母には凄く引っ付いていたとは思いますが、今ではちゃんと恋人もいるのですから。


 布団を引いて、わたしはもうそろそろこれが最後と言う事で、キング・クリムゾンの「ディシプリン」を聴いていました。

 このアルバムは、技術はなくても斬新なアイデアでと言うニューウェーヴへの、超絶技巧でその時代の音をやるなんてとんでもないアンチテーゼにもなっている様な回答って解釈でいいんでしょうか。

 彼らだけでなく、ボウイやイーノのアルバムやピーター・ゲイブリエルなんかには、豪華な演奏陣が参加していて、そう言う時代の実験的な取り組みをしているのに、テクニカルなメンバーを配置しているのが一つの特徴だと思っていますが、それは逆にある意味で贅沢なやり方ではないかと思うのです。


 そんなわたしをぼんやり見ながら、可愛いパジャマに身を包んでいる秋が、クスッと笑ってわたしをじっと凝視して来ます。

 お願いですから、そんなにキリリとした瞳で、じっくり眺めないでよと言いたいです。


「本当に、月夜は音楽が好きなんだね」


 何だか、そう言われると、普段聴いている音楽が偏っているのが、何とはなしに恥ずかしくなって来てしまいます。


「いや、でもただロックとか聴いてるだけだし。クラシックとか聴いてたら、もっと何か教養がありそうに思う人もいるんだろうけど」


「あ、でも昼間、エッグだっけ、聴いてたよね。バッハを下敷きにした曲があるでしょ」


 ああ、ぼーっとしてたようで、何気に曲目をチェックしてたのですか。そうか、この前わたしが秋の母親とやり合った時の一件を覚えていたのかもしれないですね。

 クラシックを下敷きにした曲は、先程クリムゾンについても言いましたが、色々とありますから、そう言う意味ではロック愛好家もクラシックを聴けば面白いだろうし、その延長ではなくわたしは小さい頃から子守唄代わりにですけど、クラシックを聴いていたので、全然組曲だとかインストの曲だとかに抵抗がないのかもしれません。偶に歌がないと聴けないって言う人を見るものですから。


 さて、寝ようかと電気を消して、布団に入ろうかと横を見ると、秋は少し震えているようですが、この時期だからまだ冷える事はあるかもしれませんが、流れからいって一連の自らの境遇や将来に不安が付きまとっているのでしょう。わたしはどうしたのと聞いてみます。


「うん、何だかぼんやりしてて、ヴィジョンが急に見えなくなったって言うか、本当にこれしか道がないのかなって思うと、段々怖くなって来ちゃって。援助を受けたからって、これから私はちゃんとやっていけるのかなって。どうなるんだろうってさ」


 わたしは秋の頭を抱えて、ぎゅっとわたしの小さい体を駆使して、抱き締めて安心出来るようにしてあげます。

 これで少し何とか和らげられればいいのですが、どう秋は思っているでしょうと思惟して、わたしは声を掛けます。


「大丈夫、駄目だったらいつでも立ち止まっていいし、休む時があってもいいのよ。走り続けていたら、絶対息切れしちゃうんだから。

だからわたしもいつも、頑張ろうとして足踏みしてるでしょう。人並みじゃなくてもいいのよ、自分のペースでしか出来ないんだから。

それにいつでもわたしは秋の隣にいるし、怖くなった時はこうしてあげてもいいし、話をしてもいい。

息抜きに将棋や囲碁をしてもいいわ。ルールがわからないんなら、教えてあげるから偶にやりましょう。

わたしは秋がいつでも側にいてくれるように、どんな場合どんな時でも秋の味方だし、支えになりたいって前にも言ってたでしょ」


 秋は震えながら、わたしに抱きついて来て、目を瞑っているようです。


「うん、月夜が一緒にいてくれて心強いよ。それに月夜のお母さんもすっごくいい人だし、私を実の娘みたいに扱ってくれるし。今までどうやって生きて来たのか、わからなくなるくらいに温かくて、自分の生き方がこれから母さんの呪縛から逃れられるんだって思うと、何だかぞわっとなって訳わかんなくなって来ちゃうんだよ」


 秋は相当自分の生き方を制限されて来たのに抑圧があったみたいで、それをスポーツで発散していたのが、わたしと出会ってしまったばかりに、覚醒したと言うか、変にわたしの影響を受けてしまったので、わたしが破滅させてしまったようなものかもしれないと、少しいい方に転がっているのに罪の意識を感じてしまっています。


 そう言えば、秋が最初にわたしに連れ出してくれる様な気がする、なんて言っていたのも暗示的になってしまいましたね。そう言う意味で、やはりわたしと秋は運命的に出会い、運命共同体になったのでしょう。


「そうだ、いつ一人でどこかに行ったりした時も不安じゃないように、お互いの写真を撮って持ち歩かない? 確か写真屋さんも近くにあったはずだから」


 パッと輝いたように、わたしの突然の提案に飛びつく秋。


「いいね、それ。月夜の写真欲しい。クラスがまた違ったら、休み時間とかあまり時間がない場合にいつまででも見ちゃいそうだよ」


「ま、まぁ。そんなにしょっちゅう眺めているもんでもないだろうけど。それより一緒にいる時は、わたしをちゃんと見てよ」


「うん、うん!」


 大分落ち着いて来たみたいなので、わたしはあろう事かわたしから秋の頭を撫でて、口づけを優しくしてから、布団に戻ります。


「じゃあ、おやすみなさい。ゆっくり休んで。ちゃんとわたしはここにいるからね」


 どうも恥ずかしい台詞を色々と喋ってしまったみたいですが、わたしはこの日は満ち足りた気分で、薬も何だかいつも以上に効いている気がするほど、翌朝までいえ結構遅くまで寝入ってしまったのです。



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