第31話 エンディング02【桐生END】

「貴様の考えることは当方にはまったく理解できません、文月ふみづきしおり

 少し機嫌が悪そうに、桐生きりゅう京介きょうすけ先輩はじろりと私――文月栞を睨む。

 ここは夏休みのデートにも利用したスイーツバイキング。クリスマスということもあって、サンタクロースの形をした砂糖菓子が乗った小さなホールケーキもある。

 ――そう。私は桐生先輩をクリスマスデートに誘ったのだ。

「でも、先輩はデート、断らずに来てくれましたよね」

「それは……」

 桐生先輩は答えに窮したのか、言い淀む。

「ほら、先輩の大好きないちごパフェですよ」

「馬鹿にしないでください。当方がモグ、こんなものにモグ、屈するわけが美味しい……」

 即落ちである。

「貴様は何も分かっていません。緋月ひづき様を敵に回すということがどんなに恐ろしいことか……」

「パフェを頬張りながら言われても説得力ないんだよなあ」

 先輩の頬についたクリームを指ですくってペロリと舐めると、先輩はピタッと動きを止める。表情に変化はないが、耳がほんのり赤い。

「――ッ、とにかく、当方は貴様を緋月様に献上します」

「は? なんでそうなるんですか」

「当方は神楽坂かぐらざか家の執事の息子です。いずれは執事を継ぐことになる。そのときには緋月様は神楽坂家の当主です。執事は当主にすべてを捧げなければいけません」

 桐生先輩の所有物はすべて神楽坂先輩の所有物、というわけか。

「桐生先輩は、神楽坂先輩にも絶対に譲りたくないものとか、ないんですか?」

「……ありません。当方のすべては緋月様のものです」

 しかしその台詞を言う時、桐生先輩の目は泳いでいた。

「――私は、桐生先輩が好きです」

「なッ!?」

 キッパリと言い切る私に、先輩はおそらく初めて驚愕、のような表情を見せた。

「神楽坂邸に監禁された私を助けてくれたあの日から、多分好きでした」

「……やめてください。それは錯覚です」

 いつも無表情な桐生先輩が、オロオロしているのがなんだかおかしくて、思わず笑みがこぼれる。

「先輩は私のこと、嫌いですか?」

「……その訊き方は卑怯です、文月栞」

 今度は耳だけでなく、顔もわずかに赤らんでいるのが見て取れた。

「――わかりました。文月栞、パスポートはお持ちですか?」

「へ? パスポート? 家に帰ればあると思いますけど……」

 おばあちゃんが認知症になる前に、一度だけ母とおばあちゃんと私の三人でヨーロッパへ旅行に行ったことがある。

 しかし、なぜ今パスポートの話を……?

「即刻ここを出て、貴様の家に直行。パスポートを持って、海外へ出国します」

「え? ええ!? なんで!? 学校は!?」

「神楽坂グループの捜査網に引っかかれば、貴様はまた地下室に監禁されかねません。なぜなら、緋月様ではなく、当方に愛を誓ってしまった」

 だから海外へ高飛びしなければいけない、と。

 桐生先輩はそう説明した。

 しかも神楽坂グループは世界中にネットワークを展開している。捜査網に引っかかる前に移動し続けなければならない。

 そんな恐ろしい話を聞かされたら、とんでもなさすぎて笑えてきてしまう。

「笑っている場合ではありません、文月栞」

「だって、あまりに面白すぎて! 先輩との逃避行、悪くないですね」

「……当方に告白したこと、後悔しても知りませんよ」

「もし捕まっちゃったら、また助けに来てくださいね」

「やれやれ……」

 急いでスイーツバイキングの店を出た私達は、ひとまず私のパスポートを探しに夜の道を走るのであった。


【桐生ルート END】

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