第30話 文月栞と修学旅行。【最終日】

 末吉高校の修学旅行も、いよいよ今日が最終日だ。

 列車で新千歳空港に向かい、朝イチの飛行機に乗っておみくじ町へ帰る。

 昼までには学校に着いて、そこで解散予定。

「あっという間だったね~。楽しかった~」

 飛行機の席は偶然にも曽根崎そねざきだった。まあ、多分他の男子と搭乗券交換したんだろうけど。

 私――文月ふみづきしおりは、窓際の席で雲海を眺めている。既に飛行機は離陸し、雲よりも上を飛んでいるのだ。

 曽根崎が何やら話しかけるが、私は考え事をしていた。

 ――クリスマス。

 そう、クリスマスだ。クリスマスまでには五人の男の中から本命を決める。

 そして、私からデートを申し込む。最終的に、告白する。

 告白……こ、告白……。

 その二文字を頭に浮かべただけで、緊張で心臓がバクバクする。

 できれば断ってほしいが、今までの経緯から察するに、私の告白を断る男はいないと考えていいだろう。

 つまり、あの中の誰かと付き合うことになるわけで――。

「――栞ちゃん? 話聞いてる?」

「あっ!? ああ、すみません、聞いてませんでした」

「も~……俺の相手してくれないと、寂しいな?」

「飛行機のラジオでも聞いてればいいでしょう」

 飛行機の各席にはイヤホンとその差込口がセットされていて、飛行機に乗っている間の暇つぶしとしてラジオが聞けるようになっている。番組表のおまけ付きだ。

「私もラジオ聞いて少し寝ようかな」

 と、イヤホンを座席のポケットから取り出そうとするが、

「あー……それは、やめといたほうがいいかも」

 と、曽根崎が申し訳無さそうな顔をする。

「? 何故ですか?」

「栞ちゃんが寝顔見せてきたら、キスしない自信ない……飛行機の座席だったら他の席から見づらいし……」

「は、はあ?」

 何いってんだコイツ。

 しかし、その熱っぽい視線は、コイツが本気であることを示していた。馬鹿なの?

 早起きしたのに眠ってはいけないというのは軽く地獄である。

 おみくじ町近くの空港に着くまで、私は乗務員にコーヒーを頼んだりラジオを聞いたりと絶対に寝ないように必死に努力したのである。


 おみくじ町・末吉高校。

「や……やっと帰ってこれた……」

「なんか、お疲れだね?」

「誰のせいだと……」

 私が睨んでも効果がないのはどうせわかりきっているんだけど、曽根崎の澄ました顔を一度ぶん殴りたい。

「おかえりなさいませ、栞さん」

「あ、神楽坂かぐらざか先輩」

 バスを降りると、二年生と三年生も旅行から帰ってきたところのようだった。

「ハワイ、どうでした?」

「暖かくて過ごしやすい気候でしたよ。まあわたくしはいい加減何度も行ってるので飽きてるんですが」

 ならなんで三年生の行き先をハワイにしたんだろう……。

「こちら、お土産のマカダミアナッツです。栞さんに買って帰りたくてハワイにしたんですよ」

「公私混同も甚だしいですね。それはそれとしてありがとうございます」

 神楽坂先輩からお土産を受け取ろうとすると、突然先輩に抱きつかれた。

「わっ、な、なんですか」

「ただのハグですが? 挨拶です挨拶」

 そう言いつつ、先輩が鼻で大きく息を吸っている音が聞こえる。

「ああ、久方ぶりの栞さんの香り……」

「神楽坂センパイ、そろそろ離れないと栞ちゃんに殴られるしその前に俺が殴るよ?」

 曽根崎は既にジャブの構えである。

「おお、怖い怖い」

 神楽坂先輩は笑いながら私を腕から解放する。

逢瀬おうせ……聞いてくれ、酷い目に遭った」

 銀城ぎんじょう先輩が曽根崎の姿を確認して歩み寄ってくる。

「自分の班の他の奴らがいつも自分を置き去りにするんだ……嫌われてるんだろうか……」

「ちげぇよ、お前が方向音痴だからはぐれてるんだよそれは。それはそれとして俺以外に友達を作る気がないなら嫌われてんじゃねえの?」

 曽根崎は歯に衣着せぬ言葉を浴びせる。容赦なく聞こえるが、友人ゆえの距離の近さだろう。

「自分と同等か自分より強いやつしか友人とは認めない」

「そういうとこだぞお前……」

 つまり曽根崎はそのくらいボクシングが強いのか。ちょっと驚いた。

「文月栞、北海道旅行はいかがでしたか」

桐生きりゅう先輩が私に興味を示すの珍しいですね?」

「別にあなたに興味はありませんが。緋月様が企画した修学旅行が成功したか確認したいだけです」

「それはもう、大成功でしたよ」

「……そうですか」

 私の笑顔を見て、桐生先輩はそっと目をそらす。

 ……正直なところ、いい思い出ばかりというわけでもないが、卒業していく桐生先輩に余計な心配をかけるのも心苦しい。

「栞さん、また明日――は休みだから、また来週、学校で」

 猫春ねこはるの言葉が合図だったかのように、みんな帰り支度を始める。

「――待って」

 私がそう言うと、五人全員が振り返った。

 私の言葉を、待っている。

 私はそのうちの一人の前に立って、勇気を振り絞り言葉を紡ぐ。

「……その、クリスマス、一緒にデートしてほしいんですけど――」


 〈エンディングに続く〉

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