第20話 文月栞、デート勝負に巻き込まれる。四日目【曽根崎編】

 男五人による五日連続のデート勝負、四日目。

 今日、私――文月ふみづきしおりをエスコートしてくれるのは『学園一のイケメン』の呼び声が高い曽根崎そねざき逢瀬おうせである。

 好意を抱いている女の子なら夢のような話であろう。

 ただし、私は知っている。

 こいつは私にしか興味のないクソストーカー野郎であることを。

 いくらサラサラ黒髪の耽美たんびな雰囲気をまとわせた美少年にイメチェンしたところで、私が陥落するはずがない。ないんだ。

「今日は他の女の子とは行ったことない場所に連れてってあげるね! みんなには内緒だよ?」

「はあ、私別にそういうの気にしませんけど」

 唇に人差し指を当て、ウィンクする曽根崎に、私はそっけない返事をする。

 何を隠そうこの男、私をエスコートする練習のために他の女の子とデートを重ねてきたクソ野郎である。他の女子に謝れ。

「今回はデートだし、恋人繋ぎしてもいいよね?」

 私に確認するだけして、返事も聞かずに私の手に指を絡める。

 本日も私はTシャツにズボンと簡素な恰好なのだが、曽根崎もTシャツにズボンなのは意外だった。

 こいつがあの五人の中で一番気合い入れてそうなイメージだったのだが。

「栞ちゃんがTシャツにズボンで良かったよ。これから行くところ、汗かくからさ」

 汗をかく? 運動をするということだろうか。

 こいつのことだから即ホテルに連行とかないよな……?

 私は警戒心マックスだが、まあホテルなんて高校生同士では入れないし大丈夫だろうとは思うんだけど……。

 不信のまま曽根崎に手を引かれてたどり着いた場所はスポーツジムだった。

 かなり大型のスポーツジムだ。家に届いたチラシで見たことがある。

 トレーニング室には機材が充実、ホットヨガをする広いスペースや地下には二十五メートルのプールもあるとか。

「俺、このジムの会員なんだ。栞ちゃんは体験として入れるようにしてあるから」

 そう言って、曽根崎は私と手をつないだままジムに入っていく。

「おや、曽根崎くん、その子は?」

 受付の男性が曽根崎に声をかける。

「もしかして彼女かな?」

「ははは、そんなところですかね」

 私はほがらかに笑う曽根崎の足を踏んだ。

「この子、前言ってた体験希望の子なんですけど」

「ああ、体験希望ね。曽根崎くんがいるなら付き添いのトレーナーとかいらないよね? 貸し出しのジャージはこちら」

 トントン拍子に話が進んでいくのを、私はただ見つめている。

「栞ちゃん、ジャージに着替えておいで。更衣室はあっちだから」

「あ、はい」

 言われるがまま更衣室に入り、ジャージに着替える。

 更衣室にはそこそこ女性がいて、儲かってるジムなんだな、と思う。

 着替えて更衣室を出て、受付に戻ると曽根崎は先にジャージに着替えて待っていた。

「じゃ、こっち来て」

 曽根崎はまた恋人繋ぎをしてくる。ジムの中でまでやる必要ないだろ。

「ごゆっくり~」

 受付の男性はひらひら手を振って見送ってくれた。

 やってきた場所はボクシングルームのようだった。

 部屋の真ん中にロープに囲まれた試合用のリングがあり、その周りにはサンドバッグがぶら下がっていたりパンチングマシーンがあったり。

「小学校の時、栞ちゃんは俺を助けてくれて、『ナメられてんじゃねえよ、格闘技でも習え』って言ってくれたじゃん?」

「まったく身に覚えがないんですけどね」

 私がそう返すと、曽根崎はちょっと寂しそうな微苦笑をする。

「それでね、俺、その日から格闘技始めたんだ。ボクシング」

 シュッ、シュッ、と、曽根崎はパンチの真似をする。

 ――ああ、それでここに連れてきたかったのか。

「ボクシングって良いよね、運動にもなるし、ストレス解消にも良い。減量生活がちょっとしんどかったけど、おかげで痩せられたし」

 小学校の頃の曽根崎は、チビでデブだったという(自己申告)。

 ボクシングのおかげで背が伸びたのかは不明だが、まあ確かに痩せるにはいいんだろうな。

「栞ちゃんも連日のデートでストレス溜まってるでしょ? ここで軽くサンドバッグでも殴っていきなよ。俺とスパーリングでもいいし」

「えっ、曽根崎くん殴っても良いんですか?」

 そりゃ一番のストレス解消法だ。なにより日々のストレスの元凶はこの男である。

「……栞ちゃん、本気で殴ろうとしてるでしょ」

「スパーリングってそういうものじゃないんですか?」

「いくら俺でも栞ちゃんに本気で殴られたら多少は怪我するから手加減してね?」

 学園一のイケメン様のご尊顔に傷でもつけたら、それはそれで女子の恨みを買って厄介ではある。

 私は諦めて代わりにサンドバッグに犠牲になってもらうことにした。

 うん、しかしサンドバッグを思い切り殴っていると胸がスカっとする。今度部屋に置くために買おうかしら。

「栞ちゃん、これ終わったらボルダリングもやってみない?」

「ボルダリング?」

 なんか聞いたことがあるような無いような単語である。

「えっ、知らないの? 最近結構話題になってるでしょ、要は壁登りだよ。壁についた突起物を手や足に引っ掛けながら頂上まで登るんだ」

「落ちたら危なくないですか?」

「命綱つけるから大丈夫。初めてなら何でも挑戦してみないとね」

 曽根崎はウキウキとごきげんな様子で私の手を引く。

 ああ、コイツは私と一緒にいられるだけで、こんなにも幸福そうな顔をするのだな、と思う。

 曽根崎に愛されている自覚はある、というか、あれだけ好意を寄せられて気づかないほど私は鈍感ではない。

 しかし曽根崎の初恋は叶わない。私には他に好きな人がいるから。

 曽根崎の幸せそうな顔を見ると、ギュッと胸が締め付けられる思いがする。

 ……曽根崎なら、私を幸せにしてくれるだろうか? 私が本性を見せても、全然怯えないし……。

 ふと、そんな迷いが生じてしまう。

 しかし、それはそれで、私が本当に好きな人を裏切っているような気がして、いたたまれない。

「――どうしたの? どこか痛い?」

 ハッと気づくと、曽根崎が私の顔を覗き込んでいた。心の底から心配そうな表情をしている。

「いえ……ごめんなさい、ぼーっとしちゃって」

「運動したから水分不足かな? そこの自販機で何か買って、一旦休憩しようか」

 曽根崎はスポーツドリンクをおごってくれた。ちゃっかり自分も同じものを買っている。

 廊下のベンチに座って、なんとなくふたりとも黙ってドリンクを飲む。

「曽根崎くん」

「ん?」

「私なんかの、どこが良いんですか」

 私はかねてから抱いていた質問をぶつける。

 私は『猫かぶり暴力女』と呼ばれたことがあって、それは的を得ていると思う。

 普段はおとなしいふりをして、都合のいいときだけ本性を表す。そしてその本性を、曽根崎は既に知っている。

 女としての魅力なんて、かけらもないのに、どうしてこの男は私にこだわるのだろうか。

「え、知りたい? 俺の好きな栞ちゃんのいいところ。まず顔が良くて、スタイルも良くて、外見がとにかく好み」

「……」

 私は呆れて声も出ない。それでもお構いなしに曽根崎は話を続ける。

「そんな可愛い顔してるのに、強くてかっこよくて、俺の一生の憧れ。本音が出たときのニヤリとした顔つきも大好き」

「曽根崎くんは変人ですね」

 銀城先輩も「強い女は好きだ」と言っていたけれど、私の下卑げひた笑みが好きな男なんて曽根崎くらいだろう。

「栞ちゃんだから好きなんだよ。栞ちゃんの全部が大好き」

 曽根崎はそう言って、恥ずかしそうに満面の笑みを浮かべるのである。

「っ……、そ、そろそろボルダリングとやらに行きましょうか」

「もう休憩しなくて大丈夫?」

「はい、もう大丈夫です」

 これ以上、曽根崎の惚気のろけを聞いていたら、頭がおかしくなりそうだ。

 スポーツドリンクの飲み干したペットボトルをゴミ箱に捨てて、私たちは並んで廊下を歩いていった。


 スポーツジムを一通り楽しんで、シャワーを浴び、元のTシャツとズボンに着替えて、私たちは受付で落ち合った。

「体験どうだった? 興味持ったらまた来てね~」

 受付の男性に手を振られ、私と曽根崎はジムをあとにした。

「喧嘩以外で身体動かすの、気持ちよかったでしょ?」

 曽根崎は私に笑いかける。

「そうですね、たまには運動するのもいいものですね」

「よかったらでいいんだけどさ、一緒にジム入って、また一緒にこういうこと出来たら良いな~って」

「うーん……お金がなあ……」

 大型のジムだけあって、入会料やら年会費やらが結構かかる。

 曽根崎は多分、バイト代の中から捻出してるんだろうけど、私はバイトしてないしなあ……。

「お金なら俺が出すよ?」

「いえ、遠慮しておきます」

 私に金を使う前に、親御さんに留年した分の学費を返してあげてほしい。

 あと、コイツに借りを作るとのちのち面倒になりそうだ。

 ジムを出た後、「そろそろご飯にしようか」と曽根崎が連れてきたところは、ハンバーガーショップだった。

 私が先に席を取り、曽根崎が食べ物を注文しに行く。

「栞ちゃんのメニューは任せて」と言っていたけれど、私が食べられるやつ、ちゃんとわかってるのかな……。

 いや、ハンバーガーで特に好き嫌いはないけど。

「お待たせ」

 しばらくしてから、曽根崎がハンバーガーの乗ったプレートを両手に一枚ずつ乗せながら歩いてきた。

「や~、結構混んでるね。栞ちゃんに席取りしてもらってよかった」

 そう言いながら、私の目の前にプレートを置く。

「――こ、これは……!」

 きっと私の目は今すごく輝いていることだろう。

 私の大好物、ダブルチーズバーガー! しかも二個も!

「栞ちゃん、それ好きだったよね? お腹すいてるだろうし二個頼んどいたよ」

「な、なんで曽根崎くんが私の好物を知って……?」

「お義母かあさんから聞いた」

 だからその『お義母さん』という呼び方をやめろ!

 母も娘の個人情報を垂れ流し過ぎである。

「はい、これコーラね。デートにこういうところもどうなのかなって思ったけど、栞ちゃん堅苦しいとこより、こういうチープな店のほうが気楽でしょ?」

「よくわかってらっしゃる」

「ふふ、俺には栞ちゃんのことが何でもわかるんだよ」

 耽美な雰囲気によく似合うミステリアスな笑みを浮かべながら、食べ物とドリンクの配置を終えた曽根崎はやっと椅子に座る。

 二人がけのテーブルに私と曽根崎が向かい合って座る形だ。

 ハンバーガーを食べている間、ふたりとも無言だった。というかなんだ、私が食べている様子を自分も食べながらじーっと見つめている曽根崎の視線が落ち着かない。

「……あの、こっち見ないでください」

「照れてる?」

「ジロジロ見られると落ち着かねえっつってんだよ」

 私が威嚇いかくしても、なぜか曽根崎は嬉しそうな顔をする。変態か?

「ああ、今日初めてやっと見られた。栞ちゃんの本当の姿」

 変態だった。

 私は諦めて、もうさっさと食べ終えてデートも終わらせて帰ろうと、チーズバーガーにかぶりついた。

 家までの帰り道、また恋人繋ぎをさせられて、わざとらしくゆっくりと曽根崎が歩みを遅くしている。

 おそらくは名残惜しいのだろう。他の人間の邪魔が入らないデートなんてなかなかないチャンスではある。

 しかしそんな牛歩作戦もむなしく、やがて無情にも私の家の前に着く。

「それでは、本日はありがとうございました」

 機械的な口調で、ペコリと頭を下げる。

「……ああ、やっぱり帰したくないな……」

「ダメです」

「だよねえ」

 断固拒否すると、曽根崎は寂しそうな微苦笑を返す。

「じゃあせめて、思い出にこれだけもらっていこうかな」

 曽根崎のセリフに、私の頭が疑問符を浮かべている隙を突くように、奴の顔が近づく。

 ……サードキス、という言葉があるのかは知らないが、三度目のキスまで曽根崎に奪われてしまったのである。

「――テメェ!」

「おっと」

 横っ面を殴ろうとしたが、すんでのところでかわされる。

「コロス、ゼッタイコロス……」

「ふふ、怖い怖い。命が惜しいからさっさと退散しますかね」

 曽根崎は背を向けて駆け出した。

 住宅街で街灯があるとはいえ、外はすっかり暗い。奴を追いかけるのは難しいだろう。

 はぁぁぁ、と深い溜め息をついて、私は家の中に入った。


『曽根崎くんは十点満点中、一点です』

『一点!?』

『おやおや、これはひどい……』

 曽根崎の驚愕の表情と、神楽坂かぐらざかの嘲笑が目に見えるようだ。

『なんで!? ホワイ!? 完璧なデートプランだったよね!?』

『完璧すぎて気持ち悪いんですよ。いつの間に私のことあんなにリサーチしてたんですか』

『うわぁ、理不尽ん……』

『あと最後のキスで全部台無しです。お疲れさまでした』

『キス……だと?』

『なにわたくしの婚約者を汚してくれてるんですか曽根崎くん』

『誰がいつ婚約者になったんですか』

「キス」という単語が出た途端、他の男子は阿鼻叫喚である。

『実はコイツに三回唇を奪われています』

『おのれ逢瀬』

『生きて学校に来れると思わないことですね、曽根崎くん』

 銀城先輩と神楽坂先輩は殺意むき出しである。

『しかし緋月ひづき様、曽根崎逢瀬くんのおかげでビリは免れてよかったですね』

『それで慰めているつもりですか、桐生きりゅう?』

 神楽坂先輩はピリピリしている。なんか知らんけど桐生先輩に対する風当たり強いんだよな、この人。

 桐生先輩のほうが神楽坂先輩よりも点数が高いから、勝者の余裕と感じて余計に腹立たしいのかもしれない。

 ――さて。

 長かったデート勝負も、いよいよ明日が最終日である。

 ……正直、貴重な夏休みをこんなことに使いたくはなかったのだが、何にせよ明日ですべてが終わる。

 トークルームでギャイギャイ騒ぐ男どもを放置して、私は眠りについたのであった。


〈続く〉

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