第19話 文月栞、デート勝負に巻き込まれる。三日目【二ノ宮編】
「勝負と言われて参加したはいいが、ルールを説明してくれないか、
「そこからですか」
待ち合わせ場所で落ち合って、
今までのトークルームの会話を何だと思ってたんだ、この人……。
――夏休みデート勝負、三日目。今日のお相手は
私は銀城先輩にデート勝負の概要とルールを改めて説明する。
「デート勝負? よくわからんが肉を食いに行くぞ文月」
「銀城先輩のそういうワイルドなとこ、わりと好感持てます」
デートの概念すらよくわかってなさそうな感じがする。
しかしまあ、私もデートのことはよくわかっていないのでお互い様だ。
銀城先輩は「安い、
「
「
熱い肉の塊を、はふはふと口いっぱいに頬張る。
「肉のタンパク質は身体を作るために重要だ。文月は見たところ、デートも三日目とあって少し疲れているように見える。肉を食って英気を養ったほうがいい」
「銀城先輩……」
先輩なりに気を使ってくれてるんだな、と、少し嬉しい。
ステーキ屋でさんざん肉を食い散らかした。
「文月は意外と食うんだな」
「身体動かすとお腹すきますよね」
特にスポーツをしているわけではないが、喧嘩によって鍛えられた身体はエネルギーを求める。
でも、喧嘩はもう辞めたから、少し食べる量をセーブしないと太っちゃうかも……。
「自分は、よく食う女は好きだ」
「……ど、どうも……」
初対面の頃からこうだけど、銀城先輩ってどストレートに気持ちを伝えてくるよな。
「まあ、家計を圧迫するほど食うのは困るが、自分がそれ以上に稼げばいい話だしな」
「はあ……」
何の話をしているのか、わかってるけどわかりたくない。
「以前、結婚を前提に付き合ってほしい、という話をしたな」
「意味がわからなすぎてよく覚えてますよ」
あれも、初めて会った頃の話だ。初対面でプロポーズとか、意味不明すぎるので強烈に印象に残っている。
「前も言ったが、自分は強い女が好きだ。あの
「はあ……でも私、別に料理が得意ってわけじゃないですけど」
「それはこれから鍛えればいい話だ。野球選手と結婚してから料理を習い始めるアナウンサーとかよくいるだろう」
なんか、結婚を前提に話が進んでいる。この流れは良くない。
「結婚を前提にするなら私の好みにも歩み寄ってほしいんですが、先輩って本とか読みます?」
「…………」
銀城先輩は押し黙ってしまった。
「……読書は、鍛えられるものなのか……?」
「私も最初は絵本とか児童文学とかから始めてましたよ」
「子供向けからか……うむ……」
先輩は渋い顔をしている。銀城先輩は興味のないものにはとことん興味を示さない。
「別に、自分の興味のある分野の本でもいいんですよ? トレーニング法の本とか、いくらでも書店で売ってますし」
「本屋か……自分にはあまり縁のない場所だと思っていたが、そういうのもあるのか」
「じゃあ、ここ出たら本屋さんに寄ってみましょうよ」
私の提案に、銀城先輩は首を縦に振った。
「文月、君はいいやつだな。君となら、良い家庭を築けそうな気がする」
「そ、そういう話は学生にはまだ早いんじゃないですかね!?」
ああ、また結婚を前提にした流れに戻っている。
「いつか、資金が貯まったら、君と一緒に武者修行の旅に出たい」
「人の話聞いてます?」
意外とグイグイ来るなこの人!?
雑談しながらハンバーグとステーキを食べていたら、思っていたより時間が経過していた。
「は~、久々の満足感……やっぱり肉はいいですね」
クリームソーダをストローですすりながら、私は少し膨らんだお腹をさする。
「会計は自分のおごりだ、好きなだけ食え」
「武者修行のためにお金貯めてるんじゃないんですか?」
銀城先輩の言葉に、いいんですか? と疑問を差し挟む。
「……デート、なんだろう?」
すっかり忘れてたとか言えない。
ステーキ屋を出た私たちは、その足で近くの書店へ向かう。
慣れない場所に入った銀城先輩は、キョロキョロと挙動不審だ。
「運動とかトレーニング系ならこっちかな?」
見当をつけると、私が先導して本屋の中を歩いていく。銀城先輩はやはり立ち並ぶ本棚を覗き込んだり、キョロキョロとせわしない。
「先輩、こちらです」
目当てのコーナーを見つけて、銀城先輩をちょいちょいと手招きする。
「こ、こんなにあるものなのか……!?」
平積みにされた本の山を見て、先輩は
一言でトレーニング本とはいっても、世の中には何千何百冊もの本があるわけで。
トレーニングの種類にしたって、お手軽なダイエット用のメニュー本からガチ勢向きのボディビルでもするのか的な本まで様々だ。
「先輩は空手部だし、わりとガチでスポーツやるタイプだから、ここらへんとか多分オススメですね」
私は数冊、本をピックアップする。
「本屋の店員みたいだな、君は」
銀城先輩にそう言われて、思わず苦笑してしまった。
図書委員の仕事がなければ、本屋でアルバイトも良いかもなあ。
「ありがとう、文月。家に帰ったら早速読んでみる」
私がオススメした本をお買い上げになって、銀城先輩は商品の入った袋を手に提げる。
「精神論的な本も含まれてましたけど、銀城先輩は文字がズラッと並んだ本とか読めます?」
「……まあ、興味が湧けば大丈夫だろう……多分」
先輩は興味のないものにはとことん興味を示さない。
「今日はありがとう、文月。いろいろと勉強になった」
「私も、お肉ごちそうさまでした」
二人でぺこりと頭を下げて、私は家の中に入る。
私が玄関のドアを閉めたのを確認して、先輩は歩き去っていった。
「ねえ、栞。今のイケメン誰よ? お友達?」
窓から様子を見ていたらしい母が訊ねてくる。
「いや、二年の先輩」
「アンタの身の回り、イケメンばっかりねえ……。こないだも、高そうな車でイケメンが迎えに来てたし……」
見てたのか。多分
「ホント、なんでこんなことになったのやら……」
独りごちる私に、母は「?」という目を向けてきたのであった。
その夜、恒例のトークルーム。
『うーん、銀城先輩には八点くらいつけたいですね』
『は? 銀城肉食ってただけじゃん?』
『わたくしの案内したレストランのほうが美味しかったと思いますが?』
『フランス料理は肉……というか全体的に料理が小さすぎて満足感がないんですよね。私は庶民なので安く分厚くドカッと食べたいタイプです』
『これは誤算でしたね……』
『文月栞が
『ははは、
ここまでこき下ろされると、もはや怒る気にもなれない。
『しかし、これはちょっとわからなくなってきましたね……』神楽坂が独り言のようなメッセージを表示する。
『あと残ってんの俺と中島だろ? 俺なら栞ちゃんの好みはすべて把握してるから楽勝だね』
『ほう、大層なご自信で。では、せいぜい楽しみにしております』
私はそう書き残してトークルームを閉じた。
明日は曽根崎とのデートだ。
銀城先輩の気遣いと肉のおかげである程度回復したとはいえ、連日外出は流石に疲れる。
今日は早めに寝よう、と私はベッドに潜り込むのであった。
〈続く〉
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