第8話 文月栞、中島猫春と放課後デート。
四月のある日。
桜が散り始めた頃、私――
残念ながら、喧嘩三昧だった私は、料理はあまり得意ではない。恋人に手作り弁当を食べさせるという甘酸っぱいイベントが起こらないのは至極無念である。
とりあえず、練習として自分の分だけは作ってきたのだが、申し訳ないことに猫春にこれは……食べさせられない……自信がない……。
昼休み、ウキウキとした気分で弁当箱を持って待ち合わせ場所に向かう。
待ち合わせ場所は、校庭に生えている大きな桜の木の下。別にそこで告白すると両思いになれるとか、そういういわくはない。そもそもすでに恋人同士だし。
「猫春くーん! お待たせしま……した…………」
「し、栞さん……助けて……」
桜の木の下に水色のピクニックシートを敷いて、私を待っていたのは猫春だけではなかった。
「栞ちゃーん! こっちこっちー!」
「文月は手作り弁当か?」
「それは楽しみですね。わたくしにも手ずから食べさせていただけますか?」
「いけません緋月様。あの狂犬の作る弁当など、衛生状態が心配です。まず当方が毒味いたします」
セリフ順に、
「…………」
どうしよう。
あの四人に近づくとろくなことにならないのはわかりきっているのだが、しかし猫春を置いて逃げるわけにもいかない。奴らは私が猫春を見捨てられないことをわかっていて人質にしているのだ。卑怯極まりない。
「……あの、あなた方はお呼びしていないのですが」
「うん、呼ばれてないから勝手に来たよ」
私の硬い声音を一切気にしていない様子で、曽根崎は明るく返事する。
「というか……なんで私たちが待ち合わせしてたの、知ってるんですか?」
「なんでって……メッセージアプリで連絡、取ってたでしょ?」
いや、だからなんでメッセージアプリの情報が漏れてるんだよ。二人きりのグループ通話だったはずなのに。なにこれ怖い。
「自分は逢瀬の付き添いのつもりだったが、来てよかった。文月とこうして桜が見れて嬉しい」
おお、常に無表情の銀城先輩の口がかすかに笑ってる、気がする。日本人、桜好きだもんな。わかる、私も好き。でも銀城先輩を笑顔にできる桜、すごいな。
自分に好意が向けられていることは全部無視する。
「生徒会を
「緋月様、それは言ってはいけないトップシークレットです」
生徒会にどんな権限があってそんなことを……!?
生徒会、怖い組織だな。
「ね、猫春くん、移動しましょう。っていうか逃げましょう。私たち、恐ろしく目立ってます……!」
校庭に出ていた生徒たちの視線が集まっているのを感じる。そりゃ学園の有名人が四人も一箇所に集まってたら目立つよな。私だって見るわ。
猫春の手を引いて、全速力で駆け出す。猫春は足がもつれながらも、なんとかコケないようについてくる。
「あっ、栞ちゃん、待ってよー!」
「恐ろしい速さだな、あっという間に見えなくなった」
「やはり素晴らしい肉体の持ち主ですね。桐生、至急監視カメラを調べなさい」
「かしこまりました」
――こんな感じで、私、文月栞は学園のイケメン四人に目をつけられる羽目になったのである。
「ぜぇ、ぜぇ……」
「し、しおりさ、も、だめ……」
私と猫春は膝に手を当てて肩で息をする。猫春には
「奴らが来る前に急いでお昼を済ませましょう」
私たちは屋上へと続く階段に座ってお弁当を食べることにした。屋上は鍵がかかって閉鎖されている。ここいらにカメラがあるかはわからないが、さっきいた校庭からだいぶ離れたから、奴らが場所を特定してこちらに来るまでには時間がかかるはずだ。
「ふぅ……」
階段に腰掛けて、二人で一息つく。
「あの、栞さん。僕もお弁当作ってきたんですけど、よかったらオカズ交換しませんか?」
「いいんですか?」
猫春も弁当を手作りしていたのは予想外だった。しかも開けられた弁当は、私にとっては光り輝くような綺麗な盛りつけに見えた。
……私の弁当、見せるの恥ずかしいな。
「あの……猫春くん。私、実はお弁当作ったの初めてで……お口に合うか分からないんですけど……」
「えっ……僕のために初めて作ってくれたんですか……?」
どうやら猫春のために初めて料理をしたという事実が嬉しいらしく。
ぱぁっと大きな目を輝かせる猫春は、本当に、可愛い。
私の、料理本を片手に四苦八苦して作った、ちょっと焦げたタコさんウィンナーと、猫春のとろけるような甘さの玉子焼きが、果たして等価交換になったかは分からない。
それでも、私も猫春も幸せな笑顔を浮かべて、お弁当を平らげたのである。
「それにしても、栞さんってすごい人なんですね。学園の有名人と、あんなに親しげに話してて……」
親しげ、だったか……?
どうやら猫春の目にはそう見えていたらしい。
「私はすごくないですよ。まあ、あの人達もすごいのかイマイチわからないですけど……」
少なくとも、曽根崎と神楽坂はすごい変態ではある。
「え、だって、『学園一のイケメン』に『二番の男』、『学園の王様』とその従者ですよ? 僕なんか、周りに座られるだけで圧倒されちゃいました……」
なんか僕、情けないですね、と恥ずかしそうにうつむく猫春に、「そんなことないですよ」と私は微笑みかける。
「学園一のイケメンだか王様だか知りませんけど、私は猫春くんが一番大好きですからね! そこは忘れないでください」
「……!」
猫春は熱でもあるんじゃないかと思うくらいカーッと顔を赤くする。それを見て私も恥ずかしいこと言ったな、と顔に熱が集まる。
なんとなく二人で無言でうつむいていると、
「栞さん、みーつけた」
「ゲッ」
階段の下の方から、神楽坂の声がする。
「栞ちゃん探してたら昼休み終わっちゃいそうだよ。一緒に教室戻ろ? 俺たちは同じクラスだもんね~! どうだザマァ見ろ!」
曽根崎は謎の自慢で他の男達にマウントを取る。
「じゃあ、猫春くん、またあとで」
「あ、はい」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、私たちは解散する。――いや、私と曽根崎は行き先が一緒だった。
「栞ちゃんは、中島とホント仲いいよね~。俺、嫉妬しちゃうなあ」
「言っとくが、猫春に手ェ出したら容赦しねえぞ」
「ふふ、その口調、久しぶりに聞いた」
なんでか知らんが、曽根崎は私が乱暴な態度を取ると嬉しそうにする。
――そんなに、昔の私に恩義を感じているのか。
私は奇妙な気分になりながら、教室に戻った。
私にとっては、学園の有名人どもは私につきまとってくるただの変人集団なのだが、他の生徒にとっては
当然、つきまとわれている私の正体は何者なんだ? と話題になってしまう。
学園のイケメン集団に囲まれ、蝶よ花よと尽くされる地味で冴えない文学少女。周囲から見ればそんな感じだろう。
目立たないようにしようとすればするほど、私の存在は際立っていく。
生徒会の後ろ盾がついていると思われているのか、いじめの対象にならなかったのはせめてもの幸運と言えるだろう。その代わり、イケメンとお近づきになりたいミーハーな女子たちが「彼らを紹介してくれ」と迫ってくるのには参った。このポジションを譲れるものなら譲りたいが、あいつらなら女子たちを手酷く振るのが目に見えている。やりかねないのが怖い。そしてその場合怒りの矛先が私に向く可能性大である。女子怖いなあ。
それはそれとして、今日は図書委員の当番ではないので、猫春と放課後にデートする約束をしている。
校門前で待ち合わせ、なのだが。
「栞ちゃんまだかなあ。やっぱり一緒に来ればよかった」
「逢瀬、他の生徒の邪魔になるから横並びはやめろ」
「ところで中島くん、栞さんと随分親しげですが、どういうご関係で……?」
「ご存知のことをわざわざご本人に訊ねるとは、緋月様もお人が悪い」
「ひ、ひえぇ……」
――デジャブ。
「……」
私は無言で五人に近づく。
「あっ、栞ちゃん!」
「ちょっと、そこの四人。そう、猫春くん以外。ちょっと
猫春に校門前で待つように伝えて、それ以外の四人を後ろに従え、体育館裏へ行く。
さながらその姿は他の生徒にはイケメンを
――体育館裏。
「お前ら、いい加減にしろよ? そこに座れ。正座だ」
「貴様、緋月様に命令するなど――」
私に噛み付く桐生だったが、
「ああ、わたくしに命令できる人間など親と栞さんくらいですね。桐生、敷物を」
「はい、緋月様」
桐生はどこからか敷物を取り出して地面に敷き、その上に神楽坂が綺麗な姿勢で正座する。
そうして、正座した四人の前に、私は仁王立ちする。
「お前らは嫌がらせがしたいのか? すっげえ迷惑なんですけど」
「嫌がらせというか、妨害はしたいよね」
「あんなひょろひょろのもやしみたいなやつに文月は任せられん」
「特別顔がいいというわけでもなく、財力もなく、体力もない――でしたよね、桐生?」
「はい、調べたので間違いありません、緋月様」
言いたい放題言ってくれる。
「はぁ、そうですか。でも私はあなた方より猫春くんのほうがずっと魅力を感じます」
「え? なんで?」
曽根崎が意味がわからないという顔をしている。顔がいい自覚のあるイケメンって厄介だな。
「優しいし、ちっちゃくて可愛いし、何事にもひたむきで一所懸命で――って言わせんなバカ、恥ずかしい」
「それは
「私を飼おうとしてる人に言われたくないですけどね?」
神楽坂のツッコミに私は黒い笑顔を返す。
「とにかく、もうこれ以上邪魔しないでください。あとつきまとってくるのも
「デート!?」
「あの頼りなさそうなカイワレ大根と!?」
「わたくしのほうがもっとマシなデートプランをご用意できますよ?」
「プランの内容も言及されていないのに流石の自信でございます、緋月様」
変人集団が口々に騒ぎ出す。
「私、もっと普通の男子高生と恋がしたいです……」
私が一言そう漏らすと、ハイスペックイケメン集団は黙るほかなく。
「それじゃ」
私は正座したまま固まる四人に
「お待たせしました。行きましょう、猫春くん」
「あの人達は……?」
「今日はもう邪魔してこないと思いますよ」
そう言って、私は猫春と手を繋ぐ。
――恋人繋ぎは、流石にまだ早い。
そして私と猫春は、放課後デートを楽しんだ。
ゲームセンターで爆音の中、UFOキャッチャーやリズムゲームをしたり。
本屋さんで本を見て回って、お互い気になる本を購入したり。
最後にはカフェに入って、パンケーキを食べながら本について話に花を咲かせたり。
(ああ、やっぱり猫春と一緒にいると落ち着く……)
普通である、ということの、なんと尊いことか。
こうやってまったり趣味の話ができて、優しくて、楽しい時間を過ごせれば、それでもう言うことはない。
猫春はイケメンではない、との評ではあったが、特別
クリクリとした大きな目に、丸いメガネがよく似合う。猫春という名にふさわしく、ふわふわの猫っ毛だ。
あーもう、私の彼氏可愛い。
――それは愛玩動物に対する感情ですよね?
神楽坂のセリフが脳内に蘇ったが、あえて無視をした。
猫春は愛玩動物なんかじゃない。私はそんなふうに思ってない。
そう言い聞かせるように、私は残りのパンケーキを噛み締めた。
放課後デートは、まあまあ普通に楽しかった。
猫春に家まで送ってもらい、家の前で別れた。
玄関に入ると、
「おかえり~。遅かったね、栞ちゃん」
曽根崎がいた。
「ヒィィッ!? なんでいるの!?」
「いや~、なんか栞ちゃんの家の前を通ったらお義母さんにお茶でもどうかって」
私の母の注意をひくために、家の前を何度も通る曽根崎の姿が目に浮かぶようだ。
それにしても、コイツ着実に外堀埋めてやがる。
「ね、栞ちゃん」
背の高い曽根崎は、私の前にぬっと立ちはだかる。
「中島に、どこ触られた?」
「……手をつないだだけだよ」
「じゃあ、おうちに帰ったらお手々を洗わないとね」
小さい子供に言い聞かせるように、曽根崎は私の手を引いて洗面所に連れていき、手を洗わせる。
「で、最後に消毒液塗らないとね~」
私の手にポンプ式の消毒液を吹きかけ、自分の両手で包み込むように消毒液を揉み込む。
……曽根崎は嫉妬しているとき、スキンシップが過剰になる。
この四月で私が学んだことのひとつである。
「アタシを諦める気は、ないのか」
「ないね」
消毒液を塗り込んでいた手は、いつの間にか私と指を絡ませている。
恋人繋ぎのようだ、と思った。
今日は猫春と出来なかった、恋人繋ぎ。
「俺が何年、栞ちゃんのことを想い続けてきたと思ってるの。ぽっと出の奴らなんかに邪魔はさせないよ」
「初恋は叶わない、ってよく言うぜ」
「さて、それはどうかな」
曽根崎はムカつくほど、余裕の笑みを浮かべている。
その後、曽根崎は図々しくも夕飯までごちそうになって帰っていったのであった。
〈続く〉
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