第7話 文月栞、『学園の王様』と対面する。

 私――文月ふみづきしおりが末吉高校に入学して、二、三週間ほど経った頃であろうか。

『一年A組の文月栞さん、一年A組の文月栞さん、至急生徒会室までお越しください』

 私が相変わらず教室の隅で読書にふけっていると、そんな校内放送が鳴り響いたのである。

「なに、文月さん、何かやらかしたの?」隣の席の女子が冗談交じりに話しかけてくる。

「さあ……それなら普通は生徒指導室に呼び出されると思いますけど」

 生徒会に呼び出されるような心当たりはない。

 とりあえず行ってみなければ話は進まないし、私が来るまでこのアナウンスが鳴り止まないようだし、うるさくて仕方ない。

『一年A組の文月栞さん、一年A組の文月栞さん――』

「あーもう、しつけーな! なんなんだ、ったく……」

 誰もいない廊下を、私はイライラしながらぼやきつつ、早足で生徒会室まで向かう。

 生徒会室のドアを、コンコンとノックし、

「一年A組、文月栞、入ります」

 ガラガラと引き戸を開けた。

「ああ、ようやくおいでくださいましたね、文月さん」

 生徒会室の奥で、机に座った男子高生がニッコリと笑いかけた。

 ようやくって、結構急いできたんですけど。

 ――この男は生徒会長、神楽坂かぐらざか緋月ひづき。入学式の生徒会長挨拶で見た覚えがある。

「私に、何か御用でしょうか」

 きっと今の私は胡散臭うさんくさいものを見る目をしていることだろう。

 実際、この男は信用していい男なのかイマイチ測りかねる。

 顔はかなりいい。私も認めよう、イケメンである。だからこそ、知り合いにろくでもないイケメンがいる私にとって、コイツは『大丈夫なイケメン』なのだろうか、と不安になるのは当然のことで。

 私の中では女にモテるイケメンほど信用ならない、という図式ができあがってしまっていた。

「文月さん……」

 神楽坂は席から立ち上がり、ゆっくりと歩み寄ってくる。思わず後ずさりすると、トン、と何かにぶつかった。

 見上げると、もうひとり男が立っていて、無感情な目でこちらを見つめている。

 ――このアタシが、気配に気づかなかった……!?

 そんなバトル漫画のような思考に至りながら、私はバッと見知らぬ男から距離を取ろうとする――が、両肩をつかまれてしまい、身動きが取れなくなる。

 その間に、神楽坂は私の間近まぢかに歩み寄っていて、もうひとりの男は私の肩に力を入れて無理やり神楽坂のほうを向かせる。

「わたくしに、飼われてみる気はありませんか?」

 やっぱり、ろくでもないイケメンだ、この人。

「セレブの間では、人間をペットにするのが流行ってるんですか?」

 私は、そんな皮肉を口にする。

 そう、神楽坂緋月という男は、大企業『神楽坂グループ』の御曹司である。

 コイツの親の寄付で、運動部ひとつひとつに練習場が建設されているというのだから、その財力は恐るべきものである。

「文月栞、緋月様に失礼な口を利くのは許しません」

 無感情な男が私の肩に指を食い込ませる。

「――!」

 痛みに思わず顔が歪む。

桐生きりゅう、およしなさい」

「はい、緋月様」

 桐生と呼ばれた男はサッと肩から手を離す。

「――ハッ、もうペットがいるみたいですね? いえ、ペットというよりロボットですか?」

「貴様――」

「桐生」

 私の減らず口に桐生はわずかに怒りの感情を顔に浮かべるが、神楽坂にいさめられる。

「……文月栞さん。あなたは狂犬のような本性を隠していますね?」

「!」

 いきなり核心を突かれて、私は神楽坂をにらみつける。

「わたくし、人を見る目には自信があるんですよ」

 そう言って、神楽坂は場違いなほど優雅に笑う。

「ひと目見たときから、この子は危険な人間だ、と思いました。あなた、だいぶ喧嘩慣れしていますよね?」

「……だったら、なんだっていうんですか」

 退学でもさせる気か? それをまぬがれる交換条件として、ペットになれと?

 しかし、私はまだこの学校では問題を起こしていない。退学になりようがないのだ。

「いえ、素晴らしい肉体だと思います。ほどよく引き締まっていて、美味しそうです」

「……!?」

 何言ってんのかよくわかんないけど、怖い。

 思わず自分の体を抱きしめるようなポーズになってしまった。

「しかし、誰かが首輪をつけてぎょしなければ、いつかあなたは暴走してしまうでしょう。ですから、わたくしが飼って差し上げると言っているのです」

 神楽坂の、私の気持ちを考えない言い草にむかっ腹が立つが、言いたいことはわかる。

 私の凶暴な本性は、なにかをきっかけにまた暴力に走ってしまうかもしれない、そういった危険なものだ。

 だから、誰かが制御しなければいけない、ということだろう。

 しかし、目の前の線が細そうなイケメンに私を制御できるのか? という疑問が湧かないでもないが、そのへんはさっきのロボット男――桐生とかいうやつがなんとかしてくれるのだろう。

 だが――

「私は、誰にも飼われる気はありません」

 私は毅然きぜんとした態度でハッキリ言い切ってやった。

「よく言った、栞ちゃん!」

「!?」

 突然生徒会室の引き戸がガラッと開いて、曽根崎そねざき銀城ぎんじょう先輩がなだれ込むように入ってきた。

「栞ちゃんは暴走なんかしないよ。ちゃんと自分を制御しようとしてる。誰かに飼われる必要なんかない」

「そ、曽根崎くん!? 銀城先輩まで!? なんで!?」

「栞ちゃんが生徒会に呼び出されてるの聞いて、心配になって様子を見に来たんだよ」

「自分は『念の為、戦う状況になったら助けてほしい』と逢瀬おうせに頼まれてな……」

 ――曽根崎と銀城先輩、心配してくれたのか。

 私は孤立無援の状態でいたせいか、その気持ちだけでホッとした気分になる。

「おや、ごきげんよう、『学園一のイケメン』さんに『学園で二番目のイケメン』さん」

「よう、元『学園一のイケメン』先輩」

「元……?」

 神楽坂と曽根崎のやり取りに、疑問を差し挟む。

「神楽坂先輩は、俺と銀城が入学するまでは『学園一のイケメン』の名をほしいままにしていた。今は『学園の王様』って呼ばれてるみたいだけどね。そのことで嫌がらせに栞ちゃんを呼び出したのかと思ってたけど、そういうわけでもないみたいだな?」

「ええ、わたくし、そういう肩書にはあまり興味がないもので」

 神楽坂は本当に興味がなさそうに、つまらなそうな顔で自分の爪を見ている。

「わたくしが興味を持っているのは文月栞さんだけです。外野はお引取り願えませんか?」

 その言葉とほぼ同時に、桐生が曽根崎と銀城先輩の前に立ち塞がる。

「当方は生徒会副会長、桐生きりゅう京介きょうすけと申します。二ノ宮にのみや銀城ぎんじょうくん、君も彼女に興味があるとは意外ですね」

 桐生が構えながら無機質な口調で銀城先輩に話しかける。一人称が『当方』っていう人初めて見た。

「自分は強い女が好みでな。戦うというのなら相手になるが、桐生先輩なら不足はなさそうだ」

 そうして、生徒会室の中で激しい格闘戦が始まった。ドカーン、ガシャーンとひどい音がする。

「いいぞー! やっちまえ銀城ー!」

「桐生、本気を出しても構いませんよ」

 曽根崎と神楽坂が野次を飛ばす。

「あの……生徒会室で暴れて大丈夫なんですか……?」

 大丈夫じゃなかった。

 私の心配通り、生徒会室の騒音を聞きつけて生徒指導の教員が駆けつけ、私たち五人は生徒指導室で仲良く説教されることになったのであった。


〈続く〉

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