小春日和


ふかふかしたものが

おれを殺すのだと思う

平日の客の少ない午後に

喫茶店で男はそう呟いて

ティーカップを持ち上げた

「じゅるり」

わたしは窓ぎわに座っていて

わたしとはけして目を合わせようとしないその男を眺めていた

クリームがぼとりと落ちた飲み物だか食べ物だかに匙を突っ込んだ

「それ、おいしいですか?」

男が尋ねて来た

わたしは言った

「だからあなたは駄目なんですよ、一番、大切なことがわかっていない、わたしたちに必要なものは情報、しかもとびっきり新しいやつ、あなたを殺すふかふかした奴はわたしですよ」

男は黙ってティーカップをテーブルに置いた

そして通りに目をやった

春の日射しは暖かく誰かがくしゃみをする挙動が見えた

もちろん映像だけで音は無い

わたしは立ち上がりレジで領収書を受け取った

「連れの方は帰られたのですか?」

店員はにっこり微笑みそう言った

「さあ………始めはいましたが気がついたらいなくなっていました、もしかしたら死んだのかもしれませんね」

外へ出るためには扉を抜けるため必ず店員の前を通らなくてはならなかった

だが店員は何も言わなかった

面倒くさいと思っただけだ

取り敢えず尋ねただけ

取り敢えず興味も無いけれど訊いてみただけ客が死んだと言うのならもしかしたら死んだのかもしれない

死因は酸素の吸い過ぎ

自分だって終始、店内に目を行き渡らせていたわけではない

退屈なほとんど客もこないような古ぼけた喫茶店の入口でただうたた寝するように座っていただけではないか

こんな奴はこのまま放り出してしまえばいい

面倒なことだけは御免だ

何も知らなかった

そうだ

誰かに何か訊かれたらそう答えればいい

「何も知らなかった」

それになんだ目の前のこいつは?

にこにこ、ふかふかとしているようだが

瞳の奥に尋常ではない狂気を秘めている

おれにはわかる

おれは今でこそ落ちぶれたが

研ぎ澄まされた感覚だけは失っていないつもりだ

こいつは一体、何なんだ?

まるで悪そのものではないか

それで今日この世界にとって大切な何かを一つ壊したのだ


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る