永久圏外


弱酸性のお前らがのさばるこの街

わたしはそこをすり抜けるようにして歩く

耳にイヤホンを突っ込み

最寄りの駅まで向かう途中には

日本一うまいラーメン屋

と名乗る店が三軒あった

そのことについて

わたしは特に何も思うことは無い

無いね

ああ無いよ

何故ならこの世界はめちゃくちゃだから

理路整然としているように見えて

実際はそうではないから

だからわたしはイヤホンを突っ込んで

この世界を遮断する

だが周囲では

狂い始めた歯車が止まることはなかった

有線放送のスピーカーからは

毛細血管という単語がやたら登場した

それはわたしのイヤホンをすり抜け飛び込んで来た

………落ち着け

わたしはきっと大丈夫

歩調を緩め

目を閉じて

深呼吸をして

再びこの世界を見渡した

「………」

そこは一体、何処だったのだろう?

数秒前と何も変わっていない筈なのに

今までの景色と何もかもが変容してしまっていた

近くで誰かが叫び出した

「風上へ逃げろ!」

それが合図だったのか

交差点にいた人々は大きなうねりと化し

ある一方向へと駆け始めた

わたしは呆然と立ち尽くした

マウンテンゴリラを乗せた人力車が登場した

「自分の星を探す旅の途中です」

荷台のゴリラはそう言うと直後、電信柱に頭をぶつけて脳を出した

人力車を引いていた男は人間で

アスファルトに散らばったゴリラ脳をごそごそと素手で掻き集めた

それをコンビニのごみ袋に無造作に突っ込んだ

ねじり鉢巻をぎゅっと締め下半身には何も着用していない

わたしは黙り込む

木の葉が風に揺れ

遠くでマフィアが大きなくしゃみをした

気付けば季節外れの真夏の日射しが降り注がれていた

オフィス街のど真ん中で子供たちはレディオ体操を開始

「うでをおおきくまわしい、がむをかみかみい」

真横で傾くビル

いつそれが崩れ落ち子供たちをぺしゃんこにしてもおかしくはない

見つめる一級土木建築士

区役所の人間に怒鳴られていた

「あんたな! よくもこんな欠陥構造物を作ってくれたな!」

だが建築士はそのずさんな工事を「ワイルド」と言い切った

わたしは駆けた

早く学校に行かなくては

信じられるものなんて何も無い

最後の記憶を頼りに行動をするしかない

「六時三十四分の快速急行に遅れちゃう」

息を切らし到着した駅前

冬眠から覚めたクマさんたちが大挙していた

「ここどこ?」

隣のクマさんに問い掛けていた

「えき」

「なにえき?」

「ひとえき」

はあはあっ

わたしは肩を揺らしその光景を見つめていた

聞いたこともない私鉄を使って街まで降りて来たのだろう

クマさんたちの手のひらには各々カードがセロテープでぐるぐる巻きに貼り付けてあった

改札を通る時に鉄道職員は何も言わなかったのだろうか?

わたしがホームへと向かう途中

ぞろぞろとやって来るクマさんたちとすれ違った

鉄道職員はやや俯き加減で

両手を臍の辺りに置き無言だった

クマさんが自動改札をくぐり抜ける時のマニュアルが無かったからだ

わたしはケータイを見た

『永久圏外』

もう

学校には間に合わないことを知った

わたしは歩を緩め引き返すことにした

再びロータリーへと続く階段を歩いて行った

見上げた空は眩しく澄み渡っていた

わたしは何だか愉快な気持ちになってきた

空からうどんが降って来たのだ


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