玉砕大尉の異世界英雄伝

@suguro60

第1話大尉の最期

もう何日もほとんど何も食べていない。銃の弾も、気力も尽きかけていた…思考が回らない。


「大尉、準備が整いました。」


無精髭を生やした40半ばの男が、緊張した様子で姿をみせる。


「ああ、今行きます。」


指揮官の自分がこの様ではと、手放し掛けた思考を元に戻した。


部下達の待つ場所に向かう途中、自分を呼びに来たこの部下に娘がいたことを思い出し、声を掛ける。


「宮城曹長…本当に良いのですか?」


「もう決まったことですから」


静かではあるが強い意志が感じられる声であった。


(これ以上は言っても無駄か…)


「それよりも、大尉…最後くらいは敬語をやめていただけませんか?」


しばらくの沈黙の後、苦笑いしながら宮城さんが言う。


「それは難しいですね。」


自分が少尉に昇進した頃からの付き合いで、自分よりも経験豊富なこの下士官にやや苦手意識を持っていたことを思い出し、こちらも苦笑いで返す。


「宮城さんは命の恩人です。もし、宮城さんが部下でなかったら、自分はここまで生き残れなかった。」


「大げさですよ…それを言うのは自分の方です。大尉はいつも被害を最小限にして最大の成果を挙げようとしておられました。大尉の下なら命を無駄にせず戦える。隊最古参の私が言うのだから間違いありません。」


やや熱ぽく宮城さんは言った。


「はは…運が良かっただけですよ。」


笑いながら、自分が部下の命を無駄にせず戦ってきたことだけを少しだけ誇りに思う。


臆病者と言われようとも、部下たちに 玉砕、無謀な突撃は厳禁した。自害など以ての外だと伝えた。最初は一部の下士官の反発もあったが、結果を出すと反発もなくなった。


ただ…自分の考えは上層部からは臆病と断じられ、正当な評価は受けられなかった。それどころか、思想に問題ありと、出世も他の同期よりもずいぶん遅かった。


また、軍人である以上は命令には逆らえない。昨晩の作戦会議を思い出し、歯軋りをする……ギリッ……無能な上層部に怒りが湧いてくる。人材は宝だ…下士官だって、工兵だって、一人前になるのに何年掛かると思ってるんだ?


打つ手がないから死ねだと…ふざけた命令だ!くそ!くそ!


怒りで我を忘れかけるが、部下達のいる広場が近いことを思い出し、冷静さを取り戻す。この戦争はおそらく負けるだろう。我が国の補給路はすでに破局している。


そして、敵側の物量を見れば国力差は歴然だ。緒戦で我が国が優位に進められたのは、実戦経験が豊富で士気の高い兵がいたからに他ならない。


その優秀な人材達は無能な指揮官の命令で、そのほとんどが神様なってしまっている。資源も国力も負けている我が国が人材を大切にしないなら結果は明らかだろう。


負け戦にこれ以上の無駄な損害を出すよりは、戦後の復興に掛けるべきだと心から思う。


すでに数名の部下には玉砕前に隊を抜けて捕虜になっても良いと伝えていた。勝敗の決まった戦いで無駄死にする必要はないのだ。上官に伝わればただではすまないが、明日には死ぬ身だ関係ない。


ただ、誰一人として捕虜になることを選択した者はいなかった。そして、部下が一人でも玉砕を選ぶなら中隊長として責任を果たさないわけにはいかない。


部下達の待つ広場に着くと、横を歩いていた宮城さんが駆け出し、整列している部下の最右翼に立った。


「気をつけ〜〜!」


宮城さんの号令を聞きながら、ゆっくりと歩き、部下達の前に立つ。


もはや中隊と呼ぶには数が足りない…将校は自分一人…中尉も少尉も連日の爆撃と白兵戦で先に逝ってしまった。


下士官の数も半分以下で…総数は八十八名


一人一人の顔を見る…まだ死ぬには若すぎる。成人したばかりの者がいる。自分に子供や妻の写真を見せてきた者もいる。


この悲惨な時代でなければ、幸せに満ちた生活を送っていたかもしれない。


部下達の目を見る。こんな絶望的な戦場においても、部下達の目に宿るのは自分に対する信頼である。その信頼を感じながら、逃げ出したい気持ちを飲み込む。


「中隊長に対し、敬礼」


部下達の敬礼に返礼した。この愛すべき部下達に死ねと命令するためにーーー



ーーー気づくと、目の前には美しい夜空があった。(美しい…)と言おうとして、血が詰まって声が出ない事に気づく…


視線だけで周りを見渡すと、友軍と敵兵が重なり合う様に死んでいた。


敵の基地に夜襲を実施し、激しい白兵戦を行った事を思い出す。最初は銃で、弾が尽きたら軍刀を抜いて一人でも多く敵を道連れにしようとした。


「がはっ!…」


口の中に溜まった血を吐き出しながら、自分の身体を見る。右手に軍刀がしっかり握られているのが見える。左手は…肩口からなくなっていた。左足もない。


(死ぬのか…)


もうじき死ぬ…自分の死を感じながら、残してきた妻を思う。賢い彼女なら自分がいなくても大丈夫だろうと思いながら…


(すまない…桜智…帰れそうにない。)


そして、再び星空に視線を戻す。星が好きな妻が見たいと言っていた。故郷からは見えない星…南十字星が美しく輝いていた。


(…帰りた…い)口だけがそう動くと静かに瞳を閉じたーーーー

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