お散歩


 二人の命婦(みょうぶ)さんが本音トークしている頃、タバサちゃんとファリニシュちゃんは、キャッスルベイの海岸をお散歩中です。

 今日は風も無く、厳冬の二月にしては暖かいほうの日、それでもこんな日にお散歩するのは、元気が余っている子供だけかも知れません。


 タバサちゃんは五年生というのに、まだ妖精を信じています。

 こうしてお散歩していると、出会えると思っているのです。


「ねえ、ファリニシュちゃん、こうして歩いていると、妖精さんに会えるのよ♪」


 マン島にも妖精など、いるにはいますが、大体は悪い方の妖精が有名です。

 しかしタバサちゃんには、よほどのことが無い限り、寄ってはこないのです。


 タバサちゃんの首に輝く、チョーカーが怖いのです。

 不可視にしていても、見えるものには見えます。

 チョーカーの威力を馬鹿にした、いくつかの妖精がチョッカイを出しましたが、その代償は高くついています。


 一度カーヴァル・ウシュタという馬の妖精が、タバサちゃんに悪さをしようとしたことがあるのです。


 このカーヴァル・ウシュタという妖精は女好きで、綺麗な女性のスカートの裾など掴んで、その女性を虜にするという、女性の敵という魔物。

 それが学校帰りの途中の、タバサちゃんのスカートの裾を掴んだのです。


 タバサちゃんがスカートを見ると、木の小枝に裾が引っかかっていました。

「もう!」と、タバサちゃんが小枝を取ろうとすると、ボキッと折れちゃいました。


 パタパタ……タバサちゃんが裾を払うと、何か埃のような物が飛び散ります。


 カーヴァル・ウシュタは手がへし折れ、その後、全身を鈍器で殴られ、血まみれで死んでしまったのです。

 見るも無残な死でしたが、見えるのは妖精仲間だけ、タバサちゃんは知りません。


 さらにフェアリーブリッジの一件は、マン島の妖精たちを、決定的に怯えさすことになりました。

 その一件とは、タバサちゃんが遠足でフェアリーブリッジを渡った時です。


 ダグラスからキャッスルタウンへ向かうA5号線沿いにある、とても小さく、パッと見はわからないような橋があります。


 その橋はフェアリーブリッジで、道路のガードレールと間違いそうな橋ですが、その奥の広場の木に、モインジャー・ヴェガ、『ちいさい人たち』と呼ばれる妖精が住んでいるのです。


 モインジャー・ヴェガに挨拶せずに、この橋を渡ると、かなり悪質ないたずらをされるのです。


 タバサちゃんはアメリカ生まれ、そんなマン島のいい伝えなど知りません。

 ずんずんと、橋を渡っちゃったのですね。


 クラスメートが、「タバサちゃん、大丈夫?」と、聞いてくれましたが、何事もなかったのです。

 少なくとも、タバサちゃんには。


 モインジャー・ヴェガたちは、タバサちゃんを転ばそうとしました。

 すると……モインジャー・ヴェガたちは、突き飛ばされて転んだのです。

 しかも全員親指を骨折しました。


 二三名のモインジャー・ヴェガが激怒して、スリング――歩兵用の投石器、ダビデがゴリアテを打倒した時の武器――で、小石を投げたのですが、その小石は弧を描いて、自らの眉間を砕いたのです。

 しかも大事な住家である木の太い枝が、突然にへし折れたのです。


 以来、妖精たちはタバサちゃんを見ると、一目散で逃げてしまうのです。


 しかも今日は、ファリニシュちゃんが側にいます。

 ファリニシュちゃんは、他の魔犬ほどはエネルギーを吸い取るようなことはありませんが、必要十分にそのようなものを食べちゃいます。


 溶融犬との二つ名があるファリニシュちゃん、その戦闘力はすさまじく、すべての物を溶かすことが出来ます。

 ファリニシュちゃんが戦うと、生物の溶けた雨が降る……危険この上ない犬なのです。


 お散歩も、そろそろ終わりにしなければなりません、雪がチラチラ舞い始めたのです。

 タバサちゃんとファリニシュちゃんも、マンクス・レディス・ハウスへ……


 と、ファリニシュちゃんが唸り声をあげて、タバサちゃんの前に出ました。

 見ると帰り道に、大きなおじさんが、大きめのスパニエルほどの黒い巻き毛の犬を連れて、立っていました。


 そのおじさんは、ファリニシュちゃんが唸り声をあげると、犬を置いて逃げていきます。

 逃げながらタバサちゃんへ振り向くと、犬を指差し「ヘルプ!」と叫びました。


 タバサちゃんは「ヘルプ!」と、指差された犬を見に行きます。

 その犬はぐったりとしていたのです。


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