劉氏平安


「ミコ様、娘たちの為に、そんなに無理することはありません、まずいものはまずい」

「この子たちには、もう少し家事などを教え込まなくては……私の教育が悪うございました」


 ミコは笑いながら、

「月娘さん、確かにこの月餅はまずいですが、心は込められているようです」

「陳腐な言葉しか思いつきませんが、真心が良い味をだしています、それにまずいけど、食べられなくはないですよ、消化出来ますからね」


「真心がこもっても、どうしても食べれない料理もありますよね、毒薬料理って、聞いた事があるでしょう?」

「あの……ダフネ様の……」

「あれはさすがに危険ですね、それに比べればね、でもお料理は勉強した方がいいかも」


「そうそう、私も作ってきたのよ、今日は中秋節と聞きましたので、昔、姉が作ってくれたのを、真似ただけですけど、中国の方には味が淡泊かしら」

 ミコはそのようにいうと、虚空から三方を取り出しました。

 そこにはお月見団子、十五個が綺麗に盛られています。

 さらには小さい重箱が六つ……


「幾ついるのか、わからなかったので、とりあえず半ダース作ったのよ、私、基本的には日本人なの、だからお月見料理を詰めてきたのですが、食べていただける?」

「ミコ様がお作りに?」

「姉のを参考に、お料理本を見ながらですけどね」


 その重箱の中には、焼里芋、ウサギ卵、衣かつぎ、月見卵、イモきんとん……下には、ぎんなんの炊き込みご飯……

「本当は栗の渋皮煮や、栗おこわなのでしょうが、栗はマルスや小笠原でも、まだ貴重ですのでなかなか手に入らなくて、ごめんなさいね」


 劉家の者たちには、初めての日本のお月見料理です。

 芙蓉と志玲は、『イモきんとん』が気に入ったようですが、残りはあまり……


 ただ老人と月娘は、気に入ったようです。

 ミコと三人で盛り上がっています。

 ミコが『濁り酒』などを持ち出したものですから、優雅なお月見はどこへ行ったのか?

 いつの間にか、芙蓉と志玲も巻き込まれて、少々騒々しいお月見になってしまいました。


 ただ老人は、ミコが酔っていないと確信しています。

 老人は思い切って聞いてみました。

 今日招待したのは、このことを聞きたかったからです。

「一級になれるチャンスは、与えられるのですか?」


 ミコは老人の耳元で言ったのです。

「劉総統、何を悩んでいるのですか?」

「ロプノールの件は、私は何も受け取っていない、つまり私は責任を負っていない、アイハンさんはその後貰ったのよ」


「しかし劉一族からは、代価を受け取っている、分かるでしょう?見捨てはしない」

「私は盟約を必ず守る、それが私の値打、劉一族には、チャンスは常に身近にあると、断言しましょう」


「そして必ず、チャンスはつかめるでしょう、だから私は心配していない」


 老人はミコが持ってきた、月見団子に目をやりました。

 三方に綺麗に飾られた真っ白い団子、その横に餡子や黄粉が添えられています……


 三方の上には、真っ赤な『賀紙』がかけられていました。

 そこには、『劉氏平安』と書かれていたのです。


 老人には、意味がはっきりと判りました。

 いまより新しくなれ、古きを吹っ切れ、と……

 そして老人は、やっと確信したのです。


 ミコ様は、劉一族には好意を持たれている、はやく一級になれとおっしゃっている……

 劉一族はもともと麻薬組織、ミコ様は麻薬を許されない、それを一級とするには、誰もが納得する理由がいる……


 でも、東アジアを任せられた……

 なにか、ミコ様の為になる事をすれば、だれも反対はできない……

 芙蓉と志玲の為にも……ミコ様に奉仕する世界を……その時一級市民になれる……


 ウェイティングメイドの、上杉忍はいっていたではないか……


 ……うまく助けてくださいね、お礼にお菓子など差し上げますから……と……

 ミコ様の意を含んでいたのだ……


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