第4話アンハッピー&ラッキー

 俺、安藤拓未は幸運の持ち主だ。

 幸運の女神に愛されている。


 少し昔話をしよう。


 かけっこで勝ちたいと願ったら、自分より足の速い子が転んだ。

 テスト中悩んでいると、はっと思い出せる。

 欲しいおもちゃをくじ引きで当たったり。

 

 でも、幸運の女神でも、俺でもどうしようもないものがある。


 それは心だ。


 少し望めば叶ってしまう俺は冷めた奴だった。

 子どもは得体のしれない力には敏感で、大人以上に不快で不可解に感じる。

 何を考えているかわからない上に、得体の知らない力を持っていそうな奴がいたらどうなるだろうか。

 

 始めは様子を見る。

 話しかけて自分と合う仲間なのかを探る。

 そして、仲間でないと判断すると仲間内で俺の話をする。


「ちょっと、あいつ運が良すぎじゃね」

「そうだよね、あいつちょっとずるいよね」


 おわかりだろうか。最初は『ちょっと』なのだ。

 最初は『ちょっと』羨ましがり、仲間はどう思っているのか『ちょっと』探りを入れて、『ちょっと』ずつ悪意が事実をすり替える。


 あぁ、安藤のことは悪口を言ってもいいんだ、と。


「ほんと、安藤だよな」

「なぁ、むかつくよな」


 そして、なんの意味がない場面、何もしていない場面でも笑う言葉として使われるようになる。


「あいつ、また席替えでさくらちゃんの隣だぜ」

「八百長してんじゃねえの、安藤だし」

 自ら発した言霊に自身の心を穢していく。

 

 俺は自分のことをしっかりしていると思っている。

 でも、そんな奴がちょっと隙を見せたとき、仕打ちはひどいものだ。


「おい、あいつ掃除当番なのにいねーじゃん」

「おい、あいつマジで最低だな。」

「はぁ?あいつの分までやんなきゃなんねーのかよ…ふざけんな」


 ある日、爆発したがっていたダイナマイトは、火がなくても、火の煙だけで自ら爆発する。


「おい、安藤」

「ん?なに健太郎君」

「昨日、お前掃除当番だったろ?なんでやってかないんだよ」

「あっ…ごめん。忘れてた。本当にごめんなさい」


「わざとだろ、お前」

「そんなわけないだろ」

「でもそのせいで、俺らだけで掃除することになったんだから、今日お前ひとりで掃除しろよ」

「えっ、それはひどいよ健太郎君。前に一馬君だって忘れて帰っちゃったことあるじゃん」

「一馬はいいんだよ」

「なんでさ?」


「一馬は…」

「一馬はこの前家で遊ばしてくれたんだよ」

 春樹が代わりに言う。

「そうだよ、一馬は家で遊ばしてくれたからいいんだよ」

 俺は大きなため息をついた。

「なんだよ…それ。別に僕は遊びに行ってないし関係ないじゃん。それでも、次の日掃除をしたよ僕は」


「いいんだよ!!一馬は友達だから!!」

 

 大声を出して、理不尽な理由を通そうとする。

 それを睨んでいたら、殴られた。一馬と健太郎と春樹の3人がかりで。

 でも、先生には言わなかった。

 それは、掃除を忘れた後ろめたさだと当時は思っていた。


 しかし、今思うと「友達だから」で許せる関係、そういった絆への羨望と自分がその「友達」がいないことが寂しくなったのだ。


 それからは表立って虐められるようになった。

 最初は無視してればいいと思っていた。


 いや、もしかしたらショックを受けて対抗する気力がなかったのかもしれない。

 一人でいられる強さ、それが誇りでもあった。

 周りはそんな俺に声を掛けなかった。

 

 誰も一言も声を掛けてはくれない。いてもいなくてもいい存在。いじめられたから辛いのではない。辛くはないが、楽しくはなかった。

 

 自分は生きていて楽しくない。

 クラスにいる意味がない。

 ならば死んでもいいのではないかと思った。

 

 こいつといると楽しい。

 こいつといると癒される。

 こいつを助けてやりたい。


 そういった損得の世界なのかもしれない「情」。


 親や女神からの条件なしで与えられた「愛」。

 一人よがりな生き方をして急に「愛」だけで物足りず、我が儘に「情」が欲しいと思ってしまった。


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