ワールド・ブラインド

宝の飴

プロローグ 生きていた理由

 大切な友人を助けたかった。

 命をかけるのに躊躇はないし、命を捨ててでも構わない。


 ――あの子だけは助けてあげたい。


 それは、逃亡した敵を追う二人の魔術師が共有する思いだった。

 敵は『町』に潜伏し続けた諜報員。住人として十年以上を過ごし、そこで妻子すらも得ている。

 それに気づいた機関が襲撃をかけた際、その妻は戦闘に巻き込まれて命を落としていたが、一人娘についてはその居所が知れなくなっていたのである。

 敵が連れて行った可能性が高いという不確かな情報だけが、その二人へと伝わっていた。


「どうして……? よりによって、あの子の――」


 姿を消した敵を追跡する、何もない大地を走る一台の魔動車両。その後部座席で、ユーリア・ヴァイスは悲痛な面持ちで外の景色を睨み続けている。黒々としたサングラスの下、少しもその表情は隠せていない。外気に晒された屋根もない車内で、肩口で切りそろえた亜麻色の髪がなびいている。


 ユーリアと敵の娘――トリカ・クラポットにはささやかな交流があった。


 つい数日前にも相手をしてやった、九歳になったばかりの女の子。九つも離れた自身を姉のようにしたってくれるトリカに対し、ユーリアもまた妹に似た感情を向け始めていた。

 ユーリアが守りたいと思える人間の数は、実のところとても少ない。

 あの町に住む人間種のほぼすべて、彼女は嫌いだったから。

 トリカの存在は例外中の例外。彼女に笑顔を向けられている間は、怒りと憎しみで凝り固まってしまった心が緩められていく自覚があった。

 傍にいるだけで、失った幸せを思い出していくことができた。

 

「――お前、集中しろよ。一番の頼りなのはお前なんだからな」

「分かってるわよ、ベリル。当然でしょう」

 

 トリカばかりに気を張っているわけにもいかない――と、そんな指摘が運転席の同僚から飛ばされる。思わず、それに言い返すユーリアの口調が尖ってしまう。いつもの調子と変わらずに、だ。

 ユーリアたちの属する『町』、ラックブリック。 

 人間の世界から迫害された、多様な種族の者たちが流れ着いた、隔離された町。世界のすべてと敵対しているような自分たちにとって、諜報員に町の情報を漏らされるのはとても看過できるものではない。

 最悪、一つの町が、最後の居場所が、滅ぼされる未来にも繋がってしまう。

 逃すわけにはいかなかった。





「――見つけたわ」


 そうしている内に、やがてユーリアは敵の潜伏先を割り出していた。

 魔動車がとめられ、二人の魔術師が外へ立ち並ぶ。男と女、青年と少女。ベリルの体躯はユーリアよりも二回りは大きく、短い黒髪が視界に溶け込んでいた。

 ユーリアはおもむろにサングラスを外し、乗っていた座席へと放り投げる。

 間もなく、日も沈む。


「待てよ。一人で行く気か、お前」


 踏み出しかけたユーリアの足を引き留める、諫めるようなベリルの言葉。 

 その忠告も仲間の存在も内心では邪魔に思いつつ、それを極力態度に出さぬよう、ユーリアは言葉を選んで投げ返していった。


「その方が都合がいいのよ。案内、ご苦労様」


 一人で戦うのが常であったし、それを通すほどの実力がユーリアにはある。それはベリルも分かっているはずだ。彼女一人に任せても問題ないという事実を、疑っているとも思えない。

 だがベリルは「そうもいかねぇんだ……」と要領を得ないことを口ごもり、しばし言い淀む素振りを見せたかと思えば、それからはっきりと言い放った。


「頼みがある、奴と話をさせて欲しい」


 一瞬、誰を指して『奴』と言っているのかさえ判断に遅れ、


「……はぁ?」

「少しでいい」


 ――何を言い出すかと思えば。

 

 思いがけない悠長な言葉に、ユーリアは思わず振り返り顔を正面から見てしまった。困惑の視線から逃れるように、ベリルはバツの悪そうな顔で、その場で軽く頭を下げ出している。


「頼む。奴とは……付き合いが長かったんだ。最後に本心だけ聞いておきたい。……娘さんの場所だって、聞いておかなきゃならないだろうがよ」

「論外よ」


 後半はともかく――。

 

「私には関係のない話だわ」

 

 トリカの居所を聞き出すより、まず何よりも優先して敵を殺害する必要がある。町の警戒が続けば、無関係であるのが明らかであろうと、トリカは見つけられ次第他の仲間に殺されてしまう恐れがある。

 敵の娘だという理由だけで。

 そんなことを疑ってしまうほど、ユーリアは自分の組織を、町を信用していない。アルバーが娘を連れて行ったのも、それを警戒してのことだろう。現に妻が殺されているのだ。

 事さえ終わってしまえば、誰にも手を出させないよう徹底させられるだけの権限がユーリアにはある。

 だから、今ここですべてを終わらせる。

 トリカはその後、全力をもって保護しよう。

 それに比べれば友人として望む対話など、優先順位としては最底辺に位置している。

 悠長な時間など、なかったのだ。


「お前ッ――! そんなんだからいつもいつも――」


 口調が荒げられようとも、願いを切った判断は合理的であるはずだ。

 いつも――。そこから何が言いたいのかは察しがついたが、ユーリアは最後まで聞かなかった。そのまま、ベリルを置いて走り出してしまう。背に怒声が続いたのだろうが、文字通り彼女の耳には響かない。

 


 敵が逃げ込んだ洞窟内、その反応を外から観測していたユーリアは迷うことなく入り組んだ内部を疾走し、確実に敵へと近づいていく。 

 接近はとうに気づかれ、警戒されているだろう。

 だが、そんなことは気にも留めない。相手がどんな魔術師であろうとも、町の中では知り得ない能力を有していようとも、真正面から打ち破るだけの自信がある。

 やがて、敵の姿を己の眼球で捕捉する。

 酷い手負いの状態だった。ろくな反撃があるとも思えない。

 上下左右に制限のある、一方通行の狭い間合い。攻撃手段がサバイバルナイフによる近接にしかないユーリアの接近に、敵の攻撃が合わせられるのは必然に思える。


「――ッ」


 アルバーから有無を言わせず撃ちだされた、閃光のような一筋の魔力光が暗闇を照らす。『射撃魔術』、その一種。光は指向性のある魔力灯と同じように、射出と同時に着弾点までの線を空に引く。

 それが、立て続けに三射。

 しかしそのことごとくを、ユーリアは回避できた。

 視認できない攻撃すら、それに優るとも劣らない速度で走り抜けられる彼女に当たることはない。それ以前に、狙いを定めることすら困難である疾走の速度であった。

 そのまま、減速することなく敵に迫り、文字通り一瞬でその間合いを詰めにかかる。ユーリアの体と共に、右手に握るナイフが空を切り裂き喉元へと迫る。

 それで終わるかに思えた、戦闘と呼ぶには短い殺意の交錯。

 しかしそれは、不意に足を止めたユーリアによって引き延ばされることになる


「――ッ!?」

 

 減速もなく、反動もない。態勢を崩すことさえなかった。

 音速を優に超える疾走が、時でも止められたかのように、彼女自身の意思で制止する。それを可能にした砂煙のように舞う排魔力の結晶が、周囲を華々しく照らしながら世界へと溶けていった。


「…………」


 攻撃を止めるほど警戒させてくる、目の前に広がる時空の歪み。

 男の周囲を囲うように、不可思議に空間が揺らめいている。何もないはずの空間が、そこだけ深い霧が張られたように濁っていた。


 ――なるほど、罠ってことね。

 

 眼球に己の魔力を込め、空間の魔力探知の制度を上げて確信する。さながら、でたらめに張り巡らされた不可視の有刺鉄線であった。何も知らないまま突っ込んでいれば、手傷を負っていただろう。

 一瞬生まれた小休止。

 そこへ、


「アルバーッ!」


 静寂を破るように、敵の名を叫ぶ声が洞窟の中へ響き渡っていた。

 その呼びかけに反応し、敵は顔をあげていた。ベリルを視界に認め、その表情は驚愕に染まっていた。友人だったとベリルが自分で言った通り、そこには言い表せない感傷が含まれているようにも見えた。


「クソ……!」

「ま、待っ――そこは……ッ」


 罠を纏う敵の元へ、何も知らず走り出していくベリル。

 素通りされたユーリアの腕力では、それを引き留めることはできなかった。元より、高速で動くタイプの魔術師なのはベリルも同じ。口頭での支持は間に合わない。

 しかし、躊躇うことなく突っ込んでいくベリルの身をとっさに案じてしまったのは、ユーリアだけではなかった。

 罠に触れる瞬間、空間に蓄積された魔力が霧散していく。結果的に、ベリルは傷一つ負うことなくアルバーのそばに降り立つこととなる。


「ど、どうして……?」


 二人の男は、そこで何事も言わず、しばし向かい合っていた。

 敵が自ら罠を解除したのも、互いに攻撃に移らないのも、ユーリアには不可解に思う。

 理解できないわけではなく、都合が悪い。自分には関心のない他人の感傷、速やかな事態の収束に対する障害でしかなかった。

 軽く首を振り、混乱から立ち直る。

 言うまでもない好機だった。


「――待て」


 べリルはそれを察知すると、あろうことか敵に背を向けだしていた。

 そして、黙ってユーリアを見据えている。敵と交わされる視線の間に、その体を収めながら。

 それはまるで、立ちふさがろうとしているかのようで。

 思わず、足を動かすのも忘れていた。


「……どういうつもり?」

 

 目を細め、当たり前の問いを投げる。

 敵に背を向けるなど、正気の沙汰ではない。友人である相手を信用している――などと、まともな理由だとは言えない。自分たちは互いに相手の全てを奪おうとしているのだ。

 敵は町そのものを。

 町は敵の命を、その家族ごと。


「俺は……確かめたいだけだ。こいつがどんな思いで生きてきたのか。今でも本当に俺たちを滅ぼそうとなんてしているのか、ってな」


 ベリルにとって。アルバーと過ごした友人としての日々が打算の上に成り立っていたなどと、リスクを負ってでも否定したいことであり。

 いわばそれは身勝手で、どうにもならない問いだった。

 さすがに、その感傷を無価値だと切り捨てるつもりはユーリアにもなかった。

 しかし、彼女は焦っていた。

 アルバーの手の内や思考など何も分からない以上、すぐにでも絶命させる必要がある。現に敵は彼女の知らない魔術を披露してみせたのだ。戦力差も定かではない。

 そして、危険なのは未知の技による奇襲だけではない。敵がこの閉鎖的な空間すべてを爆破し、道ずれにする最期を選ばないとも限らないのだ。

 ユーリア一人なら、その状況下でも生き残ることはできる。

 だがベリルは死ぬだろう。

 それはさすがに、後味が悪いというものだ。


「――認められるわけないでしょう?」

「少しでいいんだぜ? 殺す前の、ほんの一瞬だ……」

 

 思わず、ため息がもれた。

 ユーリアが人と意見が対立した時、その議論の果てに何かを得たことなど一度もない。

 だから何も言うことなく、一瞬で体を加速させていた。

 そのまま、男を無視して敵の命を断とうと距離を詰める。殺意をこめた本気の疾走。一足で、一太刀で敵を絶命させるつもりだった。

 それが、間合いに届かずして止められる。彼女が片手に握るナイフで受け止めたのは、味方であるはずの――ベリルの大剣。


「――なっ、何を」


 予想だにしていない凶行に、思わず声がうわずってしまう。

 期しくも、戦闘スタイルは同じ。同系統の魔術師だ。同条件での実力差は勝負にならないほどユーリアの優位に傾いている。

 だが戦闘力では圧倒しているとはいえ、体格と筋力では到底かなわない。性差と身長差もある上に、ユーリアは兵士とは思えぬほどの細身でもある。単純な鍔迫り合いを続けることも困難で、勢いを受け流しつつ彼女は冷静に距離をとった。


「分からねぇのかよ!」


 ベリルは、ユーリアが己の行動を疑問視していること自体が気に入らないようであった。睨み、吐き捨てるようにぶつけてくるのは、もはや敵意に変わりつつあるようで、


「……無理ねぇか、友達一人いねぇお前にはな」


 あざけるようなその顔に、一瞬、他の誰かのことを言っているのかとさえ思った。


「馬鹿言わないでよこんなときに。それに、友達くらい――」


 山のようにいる、とは言わない。ユーリアと町の人間種との確執は抜きにしても、自身の性格に難があるのは自覚している。

 しかし、それにしても発言の意図が掴めないのだ。

 ベリルはその様子に目を細めたかと思えば、嘲あざけるような、憐れむような表情を向けている。


「亜人か、妖精か……ならって話だろ? ――馬鹿が、そりゃちげぇだろうが」

「……なに、喧嘩売られているの?」


 少しだけ、状況も忘れて熱くなりかけそうになる。反対に思考は冷え切って、獲物を握る手の指の力が増していく。

 これだから、人間が嫌いなのだ。

 差別主義。こんな町に隔離されてまで、なお少数派を迫害したくてたまらないらしい。

 だが、睨むユーリアに「勘違いしてんな」とベリルは首を振り、それから続きを言い放っていく。


「お前が友情のつもりであいつらに肩入れしてんのは、つまりは俺たちへの当てつけだろう……って話だよ、てめぇ」


 ベリルは攻撃を止め、距離を取り睨んでいる。その剣戟けんげきで勝負は見えていた。

 ユーリアには、いつでもベリルを殺せる余裕があった。

 それでも、彼女に殺意はなかった。

 理解不能な行動も、その言葉も無視してしまおう。

 ベリルの言葉は、その意図はわかるものよ全く見当違いで勝手な理屈だとしか感じない。雑音のように不快な、ただ気分を萎えさせるようなものでしかなかった。

 何をそんなに熱くなっているのかと、不思議にすら思う。

 こんなことをしている場合ではなく、敵を前に隙を晒しているというのに。


「……分からねぇわな、どこの誰の気持ちだろうが。いつまでも昔のこと引きずって、駄々こねて当たり散らしてるだけのガキなんだからよお――!」


 誰の口からも聞きたくはない言葉。それでも、不思議と心は動じなかった。

 あまりに感情的で、逆に、妙に冷静にさせられてしまう。


「そうね、だからあなたの言葉もうるさいだけ」


 瞬時、背後に回り込んだ。ベリルは、目で追うことさえできていなかった。

 そのまま後頭部に一撃を叩きこみ、会話にすらならなかった何かを強引に断ち切る。ナイフの柄による打撃は、しばらくの間意識を奪ってくれるだろう。

 ほんの数秒で十分だった。敵さえ殺してしまえば、この男が血迷う理由もないはずなのだから。

 ベリルが地に伏せるのも待たず、再度敵に向かって行く。

 敵から打ち出された魔術攻撃はどれも殺傷力に欠けたものだった。速度と、手数に欠けている。死に体の攻撃。

 最後の一撃を躱したところで、敵が血を吐いた。魔術の行使による魂の過負荷、反動現象である。

 その隙を見流すことはなく、一瞬で射程に捉える。伏せた相手の首を狙い、上段に構えた刃をためらうことなく振り下ろしていた。

 抵抗はなかった。

 この距離で、彼女を止められるものなど存在しない。

 それで、やっと。

 すべてが終わるはずだった。

 

「えっ……?」

 

 刃が、空中で制止している。

 男の首から僅か、人の頭部一つほど手前の空間。見えない何かが障害となってその一撃を阻んでいる。

 手に残ったのは、柔らかい肉でも貫いたかのような手ごたえで。

 刃が何かに埋まり、抜けずにつっかえているような感覚がある。

 その意味を理解する間もなく、何もないはずの空間から、『それ』が噴き出していくのを目にしてしまった。

 噴水のような、赤い液体。

 それを、ユーリアは全身で浴びている。それが人間の血液であることなど、考えるまでもなく分かってしまう。

 自分は今、何を刺したというのか――。

 その答えを開示するかのように、目の前の空間が澱んでいく。動植物の擬態が解けるように、そこにあったのが『何者』か、衆目の元に晒されて、


「嘘――」


 子供の背中だった。

 その背を、握りこんだ刃が柄まで沈みこんでいる。

 疑いようもない致命傷。

 呆然と、握りしめていた武器ごと手を離す。崩れ落ちた体はすでに死体。それが、目の前に位置する敵の男の方へともたれかかる。

 当然のように、見覚えのある姿だった。

 肩の上で切りそろえられた、ユーリアとおそろいの髪型。目が吸い込まれるような、深く濃い青色の髪。

 彼女が好きそうな、真っ白だったワンピース。それを着ていたのも見たことがあるし、隣を歩いていたこともあったのだ。


 ――そして、なぜここにいるのかもにも覚えがあった。


 敵である男の顔は、少女の亡骸で見えない。彼はろくに動かせないはずの両腕で少女を抱きしめると、そのまま石造のように動かなくなる。


「トリカ……?」


 無意識の内に、少女の名を口にしていた。自分が先ほどまで助けたいと思っていた、行方が知れなくなっていた敵の娘の名を。どうあれ自分が保護しなければ、殺されてしまうと案じていた相手。

 それが、親と共に絶命している――それに気づいたとき、ユーリアの心臓は早鐘のように鼓動していった。

 胸が痛い。

 物理的な痛覚など、身体の制御魔術で残らず消去しているはずなのに。

 肉体、思考、制御魔術。あらゆる機能がうまく働かず、現実と受け止めることもできそうになかった。


 不意に、魂が許容不可能な痛覚を訴える。


 目を落とせば、ユーリアの腹の内から長々とした刃が生えているのが分かった。手のひらほどの幅はある大剣が、肉と血管、臓器を破壊し風穴を開けている。

 目の前のトリカと、ちょうど似たような傷だ。

 その刀身が誰のものなのか、その正体を理解したところで思考能力はその機能を急速に低下させていった。刃が引き抜かれ、力も入らない自分の身体が地面に倒れ込む。

 希薄化していく意識と、受け入れがたい現実感。

 思考と五感、それから感情。

 自身の持つ世界のそのすべて、壊れたように一転していた。


「同情するけどな……お前やっぱ、目に余ったよ」


 視力は保てず、耳にした声も脳を素通りしていく。

 ほとんど反射的に、何も動かせなくなった頭が己の魔力のすべてを全力でかき集め、生存を果たすべく傷の対処を試みる。

 だが、そんなものは僅かながらの延命にしかならない。

 助かる見込みはなかった。

 消去もできない痛覚に耐え続けるよりも、大人しく死んでいた方が遥かに希望のある状況で、それほどまでに酷い気分だった。

 どのみち、いまにも意識を手放しそうで。


 ――ベリ、ル……。


 何も見えず、何も感じない。

 それでも自分を刺したベリルが、トリカの亡骸を抱いているのが気配で分かった。

 蘇生を試みようとしているのだろう。こちらを気にする余裕などなく、どこへともなく駆け出していた。

 自分と同じく致命傷なのは、誰の目にも明らかなはずなのに。


 ――あぁ、……なによ。


 最期に、ユーリアの意識を捉えていたのは無数の幻聴。自分を非難するあらゆる言葉が、他でもない自分の声で反響し続けていた。


 ――それを言うのは、いつだって私の方だったはずなのに……。

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